第三章114 『待ち受ける未来』
ゴォォォォオオオ!! と 荒れ狂う上空の風を全身で受けながら、地上へと落ちていく加藤。
不意に、朧げながら地上が見えて来た。
空から見る《魔導騎兵》フェーズ2 に破壊された街は、まるで 舗装されていない砂利道のようだ。
「ーーーっ!?」
突如、加藤の視界の端に大きな影が見えた。
クラゲのような影だ。
揺ら揺らと空中を揺蕩う このクラゲは、ナノデスが使役するモンスターの1体だ。
そして、地上からの迎えでもある。
(あれがナノデスが言ってたモンスターか!?)
空に浮くクラゲ型のモンスターも 加藤の姿を見咎めた。
『ぷるぷるぷる』
ふわりふわり と加藤に向かって上昇してくるクラゲ。
そして、加藤が近くを落下した瞬間ーーー、
『ぷるるんーーーっ!!』
ぎゅん と触覚を伸ばして、加藤をキャッチする。
大蛇のごとき触覚を巻き付けて、加藤を引き寄せたクラゲ。
まるで捕食シーンのようだが 違う。
「ーーーおわっ!?」
クラゲは傘の下に加藤の体を持ってくると、まるでパラシュートのように、ふわりふわり と地上まで緩やかに落下していく。
「おぉ・・・一瞬、喰われるかと思った・・・」
崩壊した街を眺めながら、加藤は緩やかに地上へと帰還していった。
***************
「ーーーまだ帰ってこないのか?」
空を見上げながら、島田は不安気に呟いた。
つい2、3分ほど前に、上空で何かが爆発したと思ったら、《魔導騎兵》フェーズ2 の空爆が ピタリ と止んだ。
つまり、加藤が《魔導騎兵》を倒した訳だがーーー、
「ーーーっ! 早く戻ってこい、加藤」
一向に、加藤が戻ってこない。
爆発が起こる前、《魔導騎兵》の攻撃らしき 彩りどりの光りで空が照らされたが、まさか、それで加藤は殺されたのか。
などという不安に駆られる島田。
だがーーー、
「大丈夫だよ、マサル」
そんな島田にアゲハは優しく声をかけた。
「私の勘じゃ 兵庫は死んでない。ほら」
アゲハは空を指し示した。
つられて島田がアゲハの指の先に目を向けると、空を ふわりふわり と降下してくる影が見えた。
無論、その影はーーー、
「加藤!!」
空から帰還した加藤 兵庫だ。
巨大なクラゲをパラシュートのように利用して、緩やかに降りて来た加藤。数秒ほどして、ザザっと仲間が待つ地上に足をつけた。
「よう、ただいま」
何の気もなく仲間に声をかけた加藤。
次の瞬間、ワッ とアゲハとナノデスが加藤に飛びついて来た。
2人の美少女に押し倒されて、もみくちゃにされた加藤。
「遅いよ、兵庫!」
「そうなのです! さっさと一直線に落ちて戻ってこいのです!!」
「ナノデス先輩。それ死ねって事? 落下して死ねって事だよね? つーか、あのクラゲ選んだのナノデス先輩だよね?」
美少女に押し倒されるなど男冥利に尽きるが、流石に今は休ませてほしいのが本音だ。
そう思いながらも、加藤は抱きついてくる美少女2人を押し除けようとはしなかった。
そんな加藤に頭上から声がかけられる。
「心配したぞ加藤」
「島田!」
「その感じだと、《魔導騎兵》は倒せたんだな」
島田の問いに小さな嘆息を返した加藤は、親指を立てた。
「もち。お前が考えた作戦を俺が実行したんだ。倒せたに決まってんだろ」
「っ! そうか!」
顔が綻んだ島田。
彼もまた、自分が考えた作戦に仲間の命が かかっている事を不安に思っていたのだろう。
もしかしたら、加藤が無事に帰って来たのを 1番喜んでいるのは島田かもしれない。
静かに、ホッ と胸を撫で下ろした島田。
「アゲハ、ナノデス。もういいだろ。加藤は疲れてるんだ。もう、その“幸せの形”を押し付けるのをやめてやれ」
島田は、加藤に抱きついていたアゲハとナノデスに 離れるように促した。彼女たちは、一瞬 渋る顔を見せたが、素直に従ってくれる。
どうやら、空高くで死闘を演じた仲間を もみくちゃにするのは、流石に気が引けるようだ。
2人の美少女のマウンティングから解放された加藤。
「ありがとな、島田」(・・・なんだ“幸せの形”って?)
心の中で小さく首を傾げながら立ち上がる。
「・・・ん!」
立ち上がって、加藤は自分の身体がボロボロである事を 改めて理解した。
足にまったく力が入らないし、腕が重くて持ち上がらない。
なんなら、ただ立っているだけで息が上がるほどだ。
(ーーーこれ・・・今すぐぶっ倒れてもおかしくないな)
加藤は、皮肉を込めた笑みを密かに溢した。
「ーーーどうやら、不安をひっくり返せた様だな」
「!」
不意に、頭上から声が聞こえて顔を上げた加藤。
視線の先に居たのは、もちろん巨人だ。
「顔が 晴れ渡っておるわい」
「巨人のオッサン」
「貴殿が欲していたモノが無事に手に入って、何よりだ」
巨人は そう言いながら、朗らかに笑う。
「あぁ。でもそれは、巨大のオッサンのお陰でもあるよ。ありがとな」
「ぬぅ・・・」
加藤の礼を受けた巨人は、なぜだかムゥ とした顔になる。
何か気に障ることでも言ったのか と不安になった加藤。
「ぁ、、、悪い。なんか気に障ること言ったか?」
「ぬぅ。先ほどから気になっておったのだが、貴殿・・・」
巨人は、ずいっ と加藤の眼前に指を差し出した。
「我の事を“オッサン”と呼ぶが、我はまだ そんな歳ではない」
「ーーーは?」
「えっ、そうなんだ!? 結構、老け顔に見えるけど、巨人のオジサンって、実は巨人のお兄さんだったんだ!!」
巨人の意外な指摘に、加藤もアゲハも、なんなら島田も驚いた。
シャノンとナノデスは驚いていない所を見ると、《巨人族》という種族を知っている者にとっては、巨人の年齢の指摘は普通の事なのかもしれない。
「いくつなの?」
だが、アゲハの問いに「ぬぅ、、、我は・・・」と口ごもって答えるのを渋る所を見るあたり、意外と年齢を気にする歳なのかもしれない。
「・・・まだ218歳じゃわい」
(じじい じゃねぇか)
(じじい だな)
「おじいちゃん じゃん」
「「言うな!!」」
アゲハに対して、2人分のツッコミが炸裂した。
「じじい ではないわい。それに、名前もオッサスという立派なモノがある」
(オッサンじゃねぇか)
(オッサン だな)
「オッサンじゃん」
「「「オッサン言うな!! オッサスだ!!!」」」
今度は3人分のツッコミが炸裂する。
「まぁ、、、我の真名を名乗ったのは、貴殿ーーーカトウと言ったな。カトウを真の戦士と見込んだからだ」
「俺を?」
「あぁ。我を倒し、古代超兵器と名高い《魔導騎兵》を斬り伏せたカトウは、紛う事なき戦士と言ってよい」
「・・・おぉ、ありがとう。まぁ、俺は別に戦士じゃ無いんだが・・・」
照れ臭くなって、加藤は徐に頭を掻いた。
「否。貴殿は戦士だ。今回は我の敗北で終わったが・・・」
「ーーー!」
巨人は、加藤の目の前に残った左腕を差し出した。
一瞬、差し出された左手の意味が分からなかった加藤。首を傾げながら巨人の左手を見ていると、島田から「握手だろ」と指摘を受けて、加藤は ようやく巨人の意図を理解した。
「お、おう」
加藤は、巨人の左手に自分の左手を添える。手の大きさが違いすぎて、一見 握手には見えないが、ぐっ と加藤と巨人は手を繋ぎ合わせた。
「・・・敗北で終わったが、、、」
「ん?」
「次こそは、我が貴殿に勝ってみせる」
「リターンマッチ宣言かよ。まぁ、いいぜ。何百年後か、俺の身体が健康だったら受けてやるよ」
「ぬぅ、約束だぞ。カトウよ」
「おう。オッサーーー」
その刹那、眩い閃光が迸り、巨人は頭蓋を撃ち抜かれた。