第三章109 『向けられた疑惑の目』
飛空艇の甲板の一角。
慌ただしく走り回る研究員たちから離れた場所に、久留本 美優の姿はあった。
腰まで流した流麗な黒髪を上空の風に靡かせながら、空中に投影された立体映像を見ている。
「・・・」
立体映像には瓦礫の山が映し出されている。
円形の闘技場の輪郭だけが残る その瓦礫の山は、《魔導騎兵》フェーズ2 の空爆によって倒壊した闘技場ドームだ。
もはや、見る影もない闘技場を映し出している立体映像を見て「ふぅ・・・」と嘆息を 1つ漏らした美優。
「どうかされたんですか? ミユ様」
「ーーーっ!!?」
突如、背後から投げかけられた言葉に肩を震わせて振り返った美優。視線の先には、燃えるような赤髪が特徴的な魔道士ーーーマウロが立っていた。
「・・・マウロ殿」
「外は寒いでしょう。船内に入られては?」
言いながら、マウロは美優の隣に立つ。
無遠慮に距離を詰めてくるマウロに対して、訝しむ目を向ける美優。
「・・・あなた。先ほどから少し無礼ではないですか? 淑女の部屋に押し入ったり・・・」
「闘技場での事は申し訳ございません。ですが、あの時は緊急事態でしたので」
マウロは、にこり と柔和な笑みを顔に貼り付けて言葉を返した。
魅力・・・と言ってしまえば それだけだが、この男は、どこか人の警戒心を解く術に長けているように感じる。
《魅力》の魔法でも使っているのか と疑いたくもなるが、それならば美優の魔力感知が反応するはずだ。
(・・・数分も話せば、私は この男に気を許してしまうだろう。だからこそ、この男は信用におけない)
悟られないように、スッ と心の距離を置いた美優。
しかし、マウロは構わずに距離を詰めてくる。
「闘技場の映像ですか?」
「・・・えぇ」
「皆が《魔導騎兵》フェーズ2を注視する中、なぜ今更 闘技場などを見てらっしゃるので?」
「・・・」
まるで尋問だ。
じりじりと言葉を詰めてくるように話すマウロ。
「・・・別に、特に意味はありませんよ。強いて言えば、《巨人族》が珍しいので見ていただけです」
立体映像に映し出された闘技場の跡地には、優に7メートルを越す巨大な人間ーーー《巨人族》が佇んでいる。
「あー・・・、確かに《巨人族》は珍しいですからね。先の戦争で、ほとんどの部族が絶滅したと言われていますから」
「えぇ。アルフレッド様から聞いていたのですが、ああも巨大な人間が存在しているなんて 驚きです」
「そうですかー・・・巨人を見てらした・・・私はてっきり、巨人と共にいる劣等人種を気にかけているのかと思いましたよ」
「ーーーっ!!?」
にたり と目尻を下げたマウロ。その左右で色が異なる双眸には、巨人の足元で慌ただしく動き回る2人の少年少女が映っていた。
後頭部で無造作に束ねた長髪が特徴的な少年と男モノのジャンパーを着たセミロングの少女の2人だ。
話し合いながら、何やら準備の様なものを進めている。
「・・・この2人。地下深部に侵入してきた2人組ですよね?」
「・・・」
「確か、アルフレッド殿が始末されたと記憶しているのですが、、、なぜ まだ生きているのでしょうか?」
「・・・」
マウロの言葉を黙って聞いていた美優。
どうやら、地下深部に侵入してきた2人の少年少女を逃したのがバレているようだ。
(まさか、日本人の顔を見分ける有魔人種がいるとは・・・計算外だったわ)
心の内で煩わしそうに舌打ちを繰り出した美優。
「ーーーまさか、ミユ様が逃した訳ではないですよ、、、ね?」
「・・・」
マウロは、するり と核心に触れるように迫ってきた。
対して美優は、マウロに対抗する言葉を持っていない。
だからーーー、
「はぁ?」
惚ける事にした。
「すみません。マウロ殿が仰っている意味がよく分からないのですが・・・?」
「え? いや、、、この2人組ですよ。」
「申し訳ありませんが、劣等人種の顔は よく見分けがつかなくて・・・」
「いや、ですがミユ様も元々はーーー」
と言いかけて、ハッ と口をつぐんだマウロ。
「ん? 何か?」
「・・・いえ。何でもありません・・・」
「そうですか」
にこり と笑った美優。
これで、この会話は終了する。
マウロも これ以上追求する事は無かったし、美優も完全にマウロとの間に壁を作った。
「・・・」
マウロは心の中だけで、嘆息を1つ吐く。
ここまで完全に惚けられてしまった以上、この先 美優から情報を引き出すのは無理と判断したのだ。
(・・・《怪物闘技》の途中からミユ様の様子がおかしかったら探りを入れてみたが、上手くはいかなかったな。正直、我が国に着くまでミユ様には大人しくして貰いたいのだが・・・いかんせん勝手な行動が多すぎる・・・ん?)
と その時、ふと、立体映像を見ている美優に目が止まったマウロ。
なんて事ない美少女の横顔だが、マウロは強い違和感を覚えた。
いつもはクールビューティーの美優。もっと言ってしまえば無表情の美優の顔が綻んでいたのだ。
たった一瞬だが。
しかしマウロは、まるで愛おしいモノを心配する様な 美優の顔を見逃さなかった。
「・・・?」
気になったマウロは、美優の視線の先に目を向ける。
そこには、1人の少年が立体映像に映し出されていた。
先ほどの長髪が特徴的な少年ではない。
確か、《怪物闘技》で 巨人と互角の戦いを見せた少年だ。
「・・・彼は」
再び、美優に目を戻したマウロ。
すでに、美優の顔は いつもの無表情に戻っていたが・・・、
(ふーん・・・)
マウロの心の内に浮かび上がった疑惑は無くならなかった。