第三章90 『どちらか選べ』
「《空間転移》?」
加藤はシャノンの言葉に首を傾げる。
「あァ。空間を切り取って、別の場所に転移させる失われた魔法の一種ダ。それで逃げル」
「すげ・・・。つぅか、そんなんあるなら さっさと使えよ」
「バァカ! そんな簡単な魔法じゃねぇんだヨ。・・・使用する場合、いろいろと制約があんダ」
言いながら、シャノンは鋭い犬歯で自らの人差し指を噛み切る。次の瞬間、ブシュ と赤い血が吹き出した。
「まずマーキングした場所にしか飛べネェ。それニ、、、マァ 術者の力量にもよるガ、遠すぎる場所も無理ダ」
シャノンは その場に蹲み込み、足元に血で幾何学模様を描いていく。
「あト、高度な魔法円を描かなきゃならんから発動までにやたら時間を食うシ、高い集中力を必要とすル」
瞬く間に、シャノンの足元に複雑な魔法円が出来上がっていく。
「ーーーマサル! 外側の魔法円を頼ム!」
「おし!」
島田は、バックパックから取り出したチョークでシャノンの周りに複雑怪奇な魔法円を描いていく。
流れるような描き捌きを見るところ、島田はシャノンの意図を よく理解しているしているようだ。
おそらく、当初の予定も、この《空間転移》と言う魔法で闘技場から脱出する手筈だったのだろう。
「んデ、カトウとアゲハにハ、オイラが術を発動するまでの時間を稼いでほしいんダ」
「・・・そりゃ、まぁ 分かったけど、、、時間って どれくらいだよ?」
「10分くらいダ」
「10分!!? 長すぎだろ!!? 普通に逃げた方がよくないか!?」
「このドームは既に半壊していル。ここから外部に出るまで道が通じてるとは思えんヨ。それニーーー」
シャノンは、縦に裂けた瞳孔で《魔導騎兵》を睨みつけた。
闘技場を一瞬で地獄絵図に変えた巨人ロボットは、何やら機械音を発しながら立ち尽くしている。
加藤の斬撃が効いたのか、それとも別の理由があって動かないのかは不明だが、静かに佇んでいるのは好都合だ。
だが、逆に不気味とも思える。
「あの化け物ガ、やすやすと逃してくれる訳がなイ」
「・・・まぁ、確かに」
「ーーート、そうダ」
思い出したように、振り返ったシャノン。彼女の視線の先には、瓦礫の影に隠れたメイド少女ーーーナノデスがいた。
「そこの《混血種》。お前も手伝エ」
「あっ! ナノデスちゃん」
「ーーーなっ!? ナノデスに気安く指図するな なのです!」
肩を震わせて驚いたナノデスは、シャノンの申し出を 断固拒否する。
だがーーー、
「うるセー。そんな所で縮こまっててモ、いずれは死ぬゼ。生き残りたかったら手を貸セ」
シャノンは聞く猫耳を持たない。
「ぐ・・・ふん! それでも薄汚い半獣の言う事など聞く気はないのです。ナノデスはあんな化け物とは戦わないのです」
ぷい と顔を背けるナノデスに、「チッ」と シャノンは小さく舌打ちを返す。
「そうだよシャノン。ナノデスちゃんみたいな子供を危険な場所に引っ張り出すなんて 私も反対」
「黙っていろアゲハ。コイツは低級の《手獣兵》ダ。下級のモンスターなら数を使役できル。今は少しでも手数がいるんだヨ」
シャノンは割って入ったアゲハを押し除けてナノデスに詰め寄る。
瞬間、ナノデスの肩が ビクゥ と震えた。
手を出されると思ったのだろうが、シャノンは子供を殴ったりはしない。
その代わり、ある物をナノデスの前に突き出した。
「マァ、どうしてもってんなら仕方がネェ。呪いで死ぬだけダ」
ぴらり とナノデスの眼前に出したのは、ラテン語のような赤字が書かれた1枚の紙。
「・・・っ! それはーーー!」
そう、奴隷ナノデスを縛る見えない鎖、《烙印》の簡易魔導書だ。
シャノンが米倉を拉致した時に拝借しておいたモノだ。
「死にたくなかったら協力しナ」
言いながら、ひひひっ と笑みを浮かべたシャノン。
「うぐ・・・卑怯なのですよ!」
「卑怯もクソもあるカ。お前は奴隷でオイラは今のお前の主人。だったラ、お前はオイラの指示に従うしかなイ。嫌なら死ネ」
卑劣な手段でナノデスを従わせるシャノン。
その行為に、激怒したのはアゲハだ。
「ちょっとシャノン!! そんなのナノデスちゃんは従うしかないじゃない!! この娘の意見もちゃんと聞くべきじゃんっ!」
「聞いているヨ。従うか死ぬかをナ」
「そんな理不尽な2択、選べる訳なーーー」
「選べるサ。いヤ、選ばないといけなイ」
アゲハの言葉を遮ったシャノンは、そのままナノデスに語りかける。
「ナノデス。お前は今、理不尽な2択を迫られてると思っているガ、それは仕方がない事ダ」
シャノンの言葉に柳眉を寄せるナノデス。
「・・・っ! それはナノデスが奴隷だからなのですか? それとも、ナノデスが差別の対象だからなのですか?」
「どっちも違ウ。いいかナノデス。そリャ、この世に お前より恵まれた奴は大勢いるだろうナ。お前より選択肢が豊富にある奴も・・・明るい未来を約束された奴もダ・・・。だがナ、そんな奴らとお前ハ、その実 大した差なんてないんだヨ」
「・・・?」
シャノンの言っている事が よく分からず、怪訝な顔を浮かべるナノデス。
だが、シャノンは構わず言葉を続けた。
「いいカ? どんなに選択肢が豊富にある恵まれた奴でモ、突き詰めれば所詮2通りの道しかないんダ」
シャノンは、ナノデスの目の前で指を2本立てる。
「それハーーー“諦めて死ぬ”か“全力で生き抜く”かの2つダ。この世で生きている以上、結局その2通りの選択肢しかなイ。死にたくなければ生き抜くしかなイ。欲しい未来がらあるなら生き抜くしかなイ。強固な幸せが欲しいならーーー生き抜くしかないんダ!」
シャノンは そう言うと、ナノデスから目を離して《魔導騎兵》に向き直った。
「選択肢は用意してやっタ。後はお前がどちらか選べ」
シャノンの背中を睨みつけたナノデス。「うぬぬー〜っ!」と唸りながら、筒状の笛を取り出した。
「お前・・・シャノンとか言ったな、、、ロクな死に方しないのですよ!」
吐き捨てたナノデスは、笛を吹いて使役するモンスターたちを召喚する。瞬く間に、小さな鳥やネズミの群れが半壊した闘技場に姿を現した。
それを確認したシャノンは小さく呟く。
「ハッ、生き抜こうとしている人間ガ、死に方の心配なんざするかヨ」