第三章80 『神の槍』
大きく手を広げた後ーーーパァン と身体の正面で、勢いよく柏手のように音を鳴らした巨人。
その瞬間、巨人の背後の石畳が隆起して巨大な石の巨人が出現した。
「ーーーっ!?」
ズドドンッ!! と闘技場に姿を現した岩の巨人。上半身だけの見た目だが、その大きさは巨人の優に2倍はある。
「《岩山王》!!」
この岩の巨人は、先ほど闘技場が岩山で埋め尽くされた時に出現していたモノだ。
つまりーーー、
「くそ! また、あの広範囲攻撃が来るのか・・・っ」
闘技場全体を吹き飛ばす程の巨大な岩山が、再び出現するという事だ。
「・・・くっ」
加藤は、ちらり と自分の足に目を向ける。
何度も石を打ちつけられた足はボロボロだった。
骨は折れては いないだろうが、裂けて破れたズボンの隙間からは、鬱血して出来た青アザが、マダラのようになっているのが見えた。
(・・・この足で、あの大規模攻撃を躱せるか・・・)
正直、立っているのが やっとなくらいだが、巨人が手心を加えてくれる訳がない。
次の瞬間、巨人は左腕を高々と掲げた。同じように、背後の岩の巨人も左腕を空に伸ばす。
「やべぇ・・・」
加藤は《部分強化》で両足を強化する。
闘技場を埋め尽くす岩山が出現するならば、逃げ道は ただ1つだ。
「ーーーむぅん!!!」
巨人は、どら声を張り上げて掲げた左拳を石畳に叩きつけた。
それを合図に、背後の岩の巨人も地面に向かって岩山のような拳を振り下ろす。
「ちっ、、、くしょ!!!」
闘技場を埋め尽くす広範囲攻撃が来る!! そう確信した加藤は地を蹴り、上空へと逃げる。
優に2、30メートルは跳び上がっただろう。
ここまで来れば、巨人の岩山は届かない。
「ーーーくそ、、、イッテェ・・・」
ボロボロの足で無理をしたのが祟ったのか、まるで無数の針で突き刺されたかの様な痛みが足全体に走る。
「けど、、、この高さまで跳べば・・・ひとまずは大丈ーーーぶ?」
地上に目を向けた加藤は、違和感を覚える。
闘技場に変化が無いのだ。
巨人の攻撃は、とっくに始まっているはずだ。だが、一向に岩山が出現しない。
「ーーーなっ!?」
ここで加藤は、ようやく自分が巨人に騙された事を悟る。
「岩山を出現させるんじゃないのかっ!?」
先ほどと同じモーションだったので、攻撃方法も同じだと思い込んでいた。
「・・・愚か也。《岩山王》は、我が術の威力を高めるために呼び出しているだけよ・・・無数の岩山を出す術ではない」
だかしかし、巨人は先ほどとは全く異なる攻撃を繰り出そうとしていたのだ。
まずい・・・っ! と加藤は自分の愚かさを呪う。
「だったら動きが自由にとれない空中に逃げたのは・・・」
「そう・・・愚策 也!」
ズァッ!! と 闘技場の石畳が渦を巻き出した。
「ーーーっ!!?」
その時、加藤は渦の中心に得体の知れない“何か”を感じた。
「やばい・・・あれは、、、やばいっ!!」
ドグンッ!!! と、痛いくらい激しく心臓が高鳴った。
加藤は、この現象を知っている。
自らの命に危険が迫った時に、危機を知らせるための警鐘だ。
「逃げねぇと、、、」
願うように口から漏れた言葉だが、それを叶える術は、今の加藤にはない。
「身動きが取れぬ状況で、強化された我が必殺を喰らうがよい!!!!」
渦を巻いた闘技場の中心から、巨大な1本の槍が出現した。
まるで、硬い大地を突き破って出て来たような槍だ。
「ーーー《神の槍》!!!!」
巨人が呪文を唱えた瞬間、槍は空中の加藤に向かって高速で放たれた。
「ーーーっ!!!?」
思考より早く、加藤の《部分強化》が反応した。
佐伯の日本刀に能力を《付与》して、飛来して来た槍を防ぐ。
ボッ、、、、キュンーーーッッッ!!! と空にヒビが入りそうな程の轟音が槍の穂先と白刃の間で巻き起こった。
「ぐ、、、がぁぁぁあーーーーーーっ!!!」
巨人の《神の槍》を一身で受けた加藤。
その衝撃だけで、身体がボロボロになりそうなくらい強力な一撃だ。
無論、その強力な一撃が受け止めただけで終わる訳がない。
「っ!!?」
がくん と加藤の身体が大きく揺れた。
巨人の槍が加藤を貫こうとしているのだ。
「ぐっ・・・」
必死に強化した日本刀で防ぐがーーー、不意に日本刀から小さな音が聞こえてきた。
ヒュィィィィー・・・という風が漏れ出るような微細な音。
不思議と、加藤は この音の正体に気がついた。
(やばいーーー折れる!!?)
日本刀が折れる前兆だと察した加藤。
きっと、あと数秒も鍔迫り合いを続けようものならば、白刃はへし折れて、加藤は貫かれてしまうだろう。
(やばい、やばいやばいやばいやばいやばいやばいっ!!! このままじゃ、死ーーー・・・)
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「・・・ーーー死んでしまう・・・このままでは・・・」
口の中で言葉を転がすほど、小さく米倉は呟いた。
現在、シャノンに首根っこを掴まれたまま自分の境遇を嘆いていた米倉。
どうすれば死なずに済むか、無事生還できるかを必死で考える。
(ーーーどうするどうするどうする・・・っ? 泣いて謝るか? それとも一か八かで逃げ出すか?)
無論、シャノンは米倉を殺すつもりは無いため、米倉の心配は杞憂でしかないのだが・・・、
(ダメだっ! どうあっても殺されそうだ、、、怖くて・・・動けんっ!!)
刃物で脅してきた相手に拉致されて、恐怖を抱かない人間などいない。
(ーーーくそッ! そもそも、なんで私がこんな目に!? 私が何をしたというのだ!? ただ可愛い子供たちを奴隷にして、楽しく暮らしていただけなのに・・・いったい何処で間違えた!?)
泣き言を心の中で叫ぶ米倉は不意にーーー、
「むっ?」
足元に落ちた1枚の紙きれに目を止めた。
先ほど、自分の奴隷であるナノデスがシャノンに投げ渡したモノだ。
その時、2人は何か話しあっていたが、米倉は極度の緊張と恐怖で聞いていなかった。何かメモの様なモノを渡したのだろうか。
そう思った米倉だったが、彼は その紙に見覚えがあった。
そう、あの紙はメモなどではない。
「アレは・・・」
次の瞬間、米倉の頭の中で、何かのパーツがハマる音がした。
そしてーーー、
「そういう事か・・・」
合点がいったように、米倉は口を開く。
「あン? さっきからなんだお前?」
先ほどから ぶつぶつと呟いている米倉が気になったシャノン。首根っこを捕まえて、押さえつけている たまごの様な男に目を落とす。
その瞬間ーーー、
「そういう事かぁーーー!!!」
「のワ!!?」
ガバッ と身体を引き起こした米倉にバランスを崩されたシャノン。
不覚にも、その瞬間、米倉の首から手を離してしまった。
晴れて自由の身となった米倉。
何やら喚きながら、足元にあった加藤の《烙印》の簡易魔導書を拾い上げる。
「アッ! こいツ!!」
咄嗟に、シャノンは加藤の《烙印》を奪い返そうと手を伸ばしたがーーー、
「うひゃぁぁぁあ!!!」
半狂乱となった米倉に躱されてしまう。
米倉は、そのまま加藤の《烙印》を盾に、シャノンのナノデスの前に立ちはだかった。
「おま、、おま、、、お前ら、そういう事かぁぉぁあーーーっ!!! そうだ!! よく考えてみれば、そうだったんだぁ!!!」
「ハァ!?」
「な、なんなのです!?」
叫び声を上げる米倉に、苛立ちを覚えたシャノンと半ば怯えた様子のナノデス。
だが、米倉の錯乱は終わる事はなかった。
「私に おかしな事が起こり出したのは、コイツを奴隷にしてからだったぁ!!! 妙な殺人事件が起こったり、《獣人種》に脅されたりぃ!!! つまり、、つまり、、、これはぁーーー、あの《覚醒者》が、私を暗殺するために仕組んだ事なんだなぁーーー!!!」
「へ?」
「え、、どういう事なのですか?」
恐怖と緊張のあまり、まったく見当違いの考えに至った米倉。
「なら、、ならならならぁ、、、あの《覚醒者》を殺せば、私は助かるという事ーーーっ!!!」
「ナッ!? ちょっと待テ、お前 まさカーーーッ!?」
「ご主人様!? 何をするのです!? やめてくださいのです!!!」
シャノンとナノデスの静止を無視して、米倉は手に持った紙をーーー、
「死ねぇーーーーーーッ!!!!」
破り捨てる。
次の瞬間、幾何学模様とラテン語のような文字が空中に浮かび上がり、簡易魔導書に封じ込められていた《烙印》が発動した。