第三章78 『少女は、こうして“幸せ”を逃す』
「わっけ分かんねぇナー。嵌めた相手の無事を祈るとハ」
「ーーーっ!!?」
突如、通路の奥から少女の声が聞こえてきた。
ナノデスは声がした方を、じっ と見る。
すると通路の奥に広がる闇から、ふっ と1人の少女が姿を現した。
銀髪猫耳の美少女ーーー、
「オメェ・・・いったい何がしてぇのヨ?」
そう、シャノンだ。
「お前は・・・さっきの《獣人種》なのですか? 捕まったと聞いていたのですが、どうやって闘技場1階へ?」
ナノデスの問いに、シャノンは不適な笑みを返す。その際、彼女の縦に裂けた瞳孔がナノデスを射抜いた。
ビクッと肩を震わせるナノデス。
「マー・・・どうやってって言われてモ・・・普通に来ただけだゼ。コイツに案内してもらってナ」
シャノンの背後の闇から米倉が姿を現した。
「ーーーっ! ご主人様!?」
米倉は、シャノンに首根っこを掴まれて ぐったり としている。
一見、“死んでいるのか”と思えるほど 顔に血の気がなかった。だが、「ゼェー、ヒュー」と小さく息を繰り返している所を見る限り、ギリギリで生きている様だ。
「なぜ、米倉様を連れているのですか?」
「なぜッテ・・・ほラ、オイラって部外者だロ。自由に このドームを歩き回れる許可証が欲しかったんだよナー」
「・・・」
「何だヨ? 主人 引っ張り回されて怒ったのカ?」
「ーーーいえ。低俗な半獣を相手にするのは疲れる と思っただけなのです」
「その半獣より格下の“混ざりモン”に言われたくねーナ」
「・・・っ」
シャノンの言葉が琴線に触れたナノデス。
キッ とシャノンを睨むがーーー、
「んだヨ?」
「ーーー!」
犬歯を覗かせる様に、ニタリ と笑みを浮かべたシャノンに恐怖して、目を逸らしてしまった。
そんなナノデスを見て「ハッ!」と小さく笑い声を発したシャノン。
「マー・・・、変な啀み合いはヨソうゼ。《獣人種》と《混血種》の けなし合いなんか犬も食わねぇヨ。そんな事より・・・」
シャノンは笑みを伏せて、今度は鋭い双眸をナノデスに向けた。
「お前、なんであんな嘘ついタ?」
「何なのですか、あんな嘘とは?」
「カトウの《烙印》の簡易魔導書を、米倉が持ってるつぅ嘘ダ。お前の主人の米倉がゲロったゼ。簡易魔導書はお前が持ってるってナ」
「・・・」
ちらり と米倉に目を向けたナノデス。
相変わらず、息を荒くして、ガタブルと震えている。
そんな主人の情けない姿を見たからか は分からないが、嘆息をひとつ吐いたナノデス。
「なんダ? オイラたちを上手く嵌めれなかったのガ、そんなに不満カ?」
「・・・別に、アナタたちを嵌めようなんて思ってはいなかったのです」
「ハァ?」
「確かに、ヒョーゴの《烙印》は、米倉様が持っていると嘘をついたのは事実なのです。ですが、それはヒョーゴを助けたい一心でついた嘘なのです」
「・・・?」
ナノデスが言った事が理解できずに、シャノンは首を傾げる。
「意味ガ・・・分からねぇんだガ・・・? カトウを助けたいならオイラたちがお前に接触した時に、カトウの《烙印》を素直に渡しゃよかったんじゃねぇカ?」
「・・・そんな事じゃ・・・」
「あン?」
「そんな事じゃ・・・そんな簡単に手に入れた幸せなんて、簡単に奪われてしまうのですよ!!!」
「ーーーっ!?」
突如、声を荒らげたナノデスに驚き、半歩ほど後ろに下がったシャノン。
だが、ナノデスは気にせずにシャノンに言葉を投げつける。
「ナノデスと同じく、差別と迫害の対象となっていたアナタたち《獣人種》には分かると思うのです!! ナノデスの様な者たちーーー奴隷にとって、仲間や居場所など、一生賭けても、手に入るか分からない“幸せ”の象徴なのです!!」
「・・・?」
「ヒョーゴは、それを手に入れかけた!! ナノデスだって、かわいい後輩を仲間の元へ送り出してやりたいのです!!!」
「いヤ・・・だったラ・・・っ!」
「ですが!!!」
ピシャリ!! とシャノンの言葉をナノデスは遮る。
「簡単に手に入る“幸せ”など、簡単に奪われてしまうのですよ」
そう言ったナノデスの目は据わっている。
「ナノデスは、いっつも そうでした・・・。ナノデスな事を、“かわいい”とか“可哀そう”とか言って近づいて来る人たちは、みんな直ぐに何処かへ行ってしまうのです。でも、それは当然な事だったのです。ナノデスは、周りから ただ与えられていた“幸せ”を手に入れてた だけなのですから・・・」
「・・・結局、どうなんダ? お前はカトウを助けてぇのカ、助けたくねぇのカ?」
「助けたいに決まってるのです。だからヒョーゴには、こうして《怪物闘技》に出場させて、苦労を味合わせてるのです」
「ハァ?」
意味が分からんとばかりに、再び首を傾げるシャノン。
「ただ、与えられるだけの“幸せ”など、すぐ奪われてしまうのです。なぜなら、“幸せ”とは、苦労や苦痛を乗り越えて自ら手にするモノなのだからなのです。だからこそナノデスはーーー、」
ナノデスは、ゲート横に投影された立体映像に目を向ける。
そこには、竜巻に捕らわれて、飛び交う砂利や礫にズタボロにされている加藤が映し出されていた。
「ヒョーゴに最大級の苦痛と苦労を味合わせた上で、誰にも奪えない強固な“幸せ”を与えたいのです!」
「・・・」
ナノデスの語る持論を、黙って聞いていたシャノンは彼女の言う事に幾許かの納得をしていた。
(・・・なるほどナ・・・何となくだが分かったゼ。この娘・・・“幸せ”つぅのを奪われるのがトラウマになってんだナ。要ハ、挫折を繰り返した人間が、失敗の理由を探している様なもノ。自分が幸せになれないのハ、努力や苦労、苦しみが足りないからだと、無理やり理由をつけて納得したいんダ・・・。そしテ、それを他人にも強要していル)
「フゥ・・・」と、小さく息を吐いたシャノン。
(マ、分かる気がするゼ。オイラも、今の環境を手に入れるのニ、だいぶ裏切られたりしてきたからナー・・・。正直、この娘ーーーナノデスの気持ちが分かるのハ、同じ境遇のオイラくらいカ・・・?)
不意に、シャノンはアゲハが言っていた事を思い出した。
ーーーだったらさ、あの娘も一緒に連れて行かない?
「・・・ナァ、ナノデス。お前がよかったらなんだガ・・・っ!」
と その時、ぱさり とシャノンの足元に1枚の紙きれが落ちた。それは、ナノデスが放り投げたモノだ。
「ヒョーゴの《烙印》なのです。欲しけりゃクレてやるのです」
「ーーーっ!?」
「もうヒョーゴは、闘技場内に入ったのです。入った以上、戦いに勝たない限り、生きて闘技場を出る事は叶わないのです。だから、もう その紙きれは用済みなのです」
「・・・マァ、そうだナ。今、カトウを解放したところデ、闘技場から逃げる事は不可能ダ」
「そう言う事なのです」
そう言ったナノデスは、プイ とシャノンから顔を背けて、ゲート横に投影された立体映像に目に向けた。
そんなナノデスを真っ直ぐ見ていたシャノンは、ある事が気になって少女の横顔に言葉を投げかける。
「ナァ。一応、聞いておいていいカ?」
「何なのですか?」
「お前は、カトウが《怪物闘技》で死ぬとは思わないのカ?」
「・・・」
シャノンの問いに、しばし沈黙を返したナノデス。少女の答えが帰って来たのは、数秒ほど間を置いた後だ。
「思わないのです。ナノデスは、ヒョーゴは必ず生き抜けると信じているのです!」
「そうかヨ」
ならば、これ以上 何も聞くまい。
シャノンは、そう思ってナノデスと同じように立体映像に目を向けて、加藤 兵庫の行く末を見守った。
そんな少女2人に囲まれていた米倉は、落ち着いてきた頭で、ナノデスとシャノンの話を噛み砕いていた。
そしてーーー、
「アレは・・・」
米倉の瞳に、床に放り投げられた加藤 兵庫の《烙印》の簡易魔導書が写り込んだ。