第三章59 『地下実験場での戦い・アゲハ ⑤』
薄暗い円形の地下実験場が鈍色に光り輝く。
その光源は、天井に無数に張り巡らされた電流だ。まるで、地中に蔓延った雑草の根のごとく、枝分かれ、交わりながら地下実験場の天井を覆っている。
不意に、天井の一箇所が強く光出した。
その刹那、爆音が響き渡り、巨大な稲妻が落ちる。
その威力たるや、本物の落雷と変わらない。
鉄板の床が飴細工のように ひしゃげているほどだ。
まさか、地下深くでこれほど巨大な落雷に見舞われようとは思いもしなかったアゲハ。ただただ、稲妻の威力に驚嘆するしかない。
「正直、大したモノね」
だから素直に、目の前に立つアルバートンに賞賛の声を送った。
この落雷は、彼が人為的に作り出したモノであり、覚悟の表れなのだ。
「へっ! 別に大した事ねぇよ。俺は、ただ純粋に殺し合いをしてぇだけだ」
アルバートンは腰を下ろしながら前傾姿勢をとる。そのまま槍を構えた。
まるで獲物に狙いを定めて、飛び出す寸前のライオンのごとき見てくれだ。
「さて。テメェの《第六感》は、この落雷の中、俺の鍛え抜いた槍術をどこまで捌ける?」
次の瞬間、アルバートンが仕掛けた。
フォンッ、、、と風切り音が聞こえた気と思ったら、アゲハの腹部に三又の穂先が迫る。
「ーーーとっ!」
それを難なく躱したアゲハ。彼女の研ぎ澄まされた直感力を持ってすれば、一流の武芸者が放つ必殺の一撃も回避するのは容易い。
だがーーー、
「えっ!?」
アルバートンが腹を突いてきたと思った刹那、今度はアゲハの頭部に穂先が迫ってきた。
「あぶ、、、っ!」
アゲハは、ギリギリで三又の穂先を躱す。その際、頬が数センチほど裂けて、赤い液体がどろり と流れる。
「ーーーっ!」
咄嗟に、アゲハはアルバートンに向かって発砲するが、破れかぶれに放った弾丸など当たりはしない。
だがしかし、牽制の効果はあったようだ。
アルバートンが一瞬、攻撃の手を緩めた。その隙にアゲハは床を蹴り、距離を取る。
「・・・あぶね〜、、、っ!!!」
言いながら、アゲハは頬の傷を指先だけで確認する。パックリ切れているが、戦闘不能に陥るほどの傷ではない。
だがしかしーーー、
「なろ〜っ! 乙女の顔に傷つけやがって、、、万死に値すんぞ」
顔に傷をつけられて、心中穏やかな女はいない。
沸々と湧き上がる怒りを必死で抑えながら、アゲハは今のアルバートンの攻撃について考える。
(・・・お腹に突きが来たらと思ったら、ほぼ同時に、顔を突かれた。どうやったんだよ・・・?)
当然だが、槍を突いたら、一度引かなくては再び突くことは出来ない。
つまり、1本の槍で腹部と頭部を同時に突き刺す事は出来ないわけだが、アルバートンは その不可能をやってのけた。
(何? どう言う事なの? これも、コイツが発生させてる雷みたいに、魔法とかの類なの!?)
一瞬、そう思ったアゲハだが、彼女の《第六感》が違う事を告げる。
(、、、いや違う。これは、コイツが言ってた槍術の類だ)
曰く、洗練された武芸は、それを知らない者にとって摩訶不思議な現象に映るものだ。
突いた槍を高速で戻して、再び突く。
並外れた筋力がなせる技か、はたまた、体捌きによる錯覚がなせる技か。それとも、もっと他の技術が用いられているのか。
到底、アゲハには分からない。
だが、分からないとはいえ、思考を放棄するわけにはいかない。
(ーーーなんとかして動きを見切らないと、、、今度こそ串刺しになるーーーっ!!!)
次の瞬間、アゲハの《第六感》が警鐘を鳴らす。弾かれるように床を蹴り、横へ飛んだアゲハ。
天井から雷撃が降り注いだのは、その刹那だ。
爆音が轟き、衝撃波が辺りに撒き散らされる。
「、、、ヤベェ〜、、、死ぬかと思った」
ギリギリの所で落雷の直撃は回避できたアゲハだが、安心する暇はない。再び、槍を構えたアルバートンが迫ってきていたからだ。
「せっ、、、りゃ!!!」
「ーーーっ!!」
フォォ、、、ンッ と歪な風切り音がアゲハの耳を撫ぜる。アルバートンが槍で突いてきたのだ。
「くっ、、、」
アゲハは《第六感》を発動して、槍の軌道を読む。穂先が胸元に伸びて来るのを感じ取ったアゲハ。身体を捻り、最小限の動きでアルバートンの攻撃を回避しようとするがーーー、
「あめぇ!!」
次の瞬間、槍が ぐにゃり と曲がったーーーかのように見えた。
「は?」
斬! と三又の穂先がアゲハの腕の肉を抉り取る。
「づーーーっ!!」
腕が吹き飛んだかと思える衝撃のあと、鋭い痛みが腕全体に広がる。
パタタ・・・と床に血が滴った。
「いっ、、、たい」
傷の程度を確かめたいが、アルバートンの強襲が、それを許さない。
再び、フォァァァ、、、ン という歪な風切り音がアゲハの耳に届く。
次の瞬間、まるで槍の穂先が無数に枝分かれした様な、突きの嵐がアゲハを襲う。
「っ! いっ! 、、、くぅ! がっ!!」
胸、首、頭、手首、太物、くるぶし、胴、胸、頭、爪先、脇腹、太物、首、膝下、頭ーーー次々と迫り来る猛攻を、寸前のところで躱していくアゲハ。
「ーーーち、、、くしょっ!!!」
躱している と言ったが、完全に躱しきれていない。
曲がったように見える槍のせいで、打点がいまいち読めない。これもアルバートンの言うところの槍術がなせる技なのだろうか。
パタ・・・パタタ・・・とアゲハの身体から血が滴っていく。
今のところ大した傷ではないが、このままアルバートンの猛攻を受け続けると、小柄なアゲハが2回りほど小さくなった上で死んでしまうだろう。
否。
その前にーーー、
「! やばっ!」
アゲハの意識が天井に向かう。
そのせいだろう、アルバートンの槍がアゲハの脇腹を抉った。
斬! と男モノのジャケットが裂けて、じわぁ と血が滲む。
アゲハの身体に激痛が走る。だが、そんな事を気にしている暇などない。
ビカッ! とアゲハとアルバートンの頭上が光った。
咄嗟に、アゲハはアルバートンの腹部を押し蹴り、2者は弾かれるように距離をとった。
その刹那、轟音を伴った落雷が2者の間に落ちる。
「づーーーっ!!」
「がぁーーー!!」
吹き飛ばされたアゲハとアルバートン。だが、やはり筋肉の鎧を着込んでいるアルバートンは、吹き飛ばされながらも、瞬時に身を立て直す事に成功した。
それに引き換えアゲハは、まるでゴム毬のごとく床を跳ね回る。
ぐるぐる と回る視界の端に、さまざまな物が映った。鉄板の床、端に置かれたコンテナ、あの吊るされているのはリフトか何かだろうか。
詰まるところ、どっちが上かも分からない状態だ。
だが、そんな状況下でも、アゲハの《第六感》は正常に機能する。
アゲハは無造作に銃を向ける。そして弾丸を放った。
たとえ視覚が頼りなくとも、聴覚が意味をなさなくても、アゲハの直感は的確に敵の居場所を彼女に伝える。
「ーーーづぁ!」
苦痛に塗れたアルバートンの声がした。
それだけで、アゲハの弾丸がアルバートンの肩を的確に撃ち抜いた事が分かる。
「づーーーぁあっ!!」
「くっ!」
咄嗟に床を殴るアゲハ。転がる衝撃を殺して、ふわり と上に飛び跳ねた。
次の瞬間、寸前までアゲハが転がっていた場所に、槍が横凪に振り払われる。
ザクンッ と鉄板でできた床を、まるで紙のごとく切り裂いたアルバートンの槍。
ゾッ とする光景だが、当たらなければ、いくら切れ味のよい武器とはいえ無いのと同じだ。
「っ! チャンスっ!」
着地したアゲハは、大きく空振りをした隙だらけのアルバートンに突っ込む。
「なっ!?」
そして目の前で飛び跳ねて、アルバートンの顔面に膝蹴りを放った。
体格差はあっても、助走をつけた一撃だ。
ぐらり とアルバートンの巨体が仰け反った。
その隙を見逃さずに、アゲハは二丁拳銃でアルバートンの腕と肩に弾丸を放つ。
「かぁ!!」
至近距離からの銃撃で、アルバートンが大きく後ろに吹き飛んだ。
「おっと!」
アゲハの《第六感》が反応した。
軽いステップで後退したアゲハ。その1秒後、寸前までアゲハが居た場所に雷が落ちた。
ドカァァァァァ、、、、ン と爆音を轟かせた落雷。
何度も落雷にあったからか、地下実験場の一部の床が、メキメキメキメキ、、、と悲鳴を上げながら階下に崩落しだした。
「あぶ、、、床抜けてんじゃん・・・っ!」
その光景を目にしたアゲハ。その瞬間、ふと《第六感》が彼女に囁いた。
「ぁ・・・さっきのアレ、使えんじゃ、、、」
アゲハが奇策に閃いた時、アルバートンは焦りを感じていた。
「まじぃ・・・この下には《魔導騎兵》のコアがある・・・万が一でもアレが傷つきでもしたら、、、アルフレッド様の長年の研究が・・・っ!」
そこで、ハッとしたアルバートン。
「ちょっと待て・・・今何時だ? そろそろ上の《怪物闘技》が終わるんじゃねぇか? つーことは、コアへの供給がもう済むって事か・・・」
険しい顔つきになったアルバートン。
直前までの、戦いを楽しんでいた自分を猛省する。
「チィ!」
舌打ちをひとつ。
三又槍を掲げて、天井に放電した雷を吸収する。
「!」
瞬く間に《雷音》が解除されて、先ほどまでの静寂な地下実験場へと戻った。
「何? もう雷は終わり?」
「あぁ。もう遊びは終わりだ」
「私は遊んでるつもりはないっつーの」
アルバートンは荒れた息を整える。そしてーーー、
「そろそろ俺の主人が、ここへ戻って来る時間でな」
「主人?」
アルバートンは、静かに槍を構え直した。
「悪いが、次の一撃で終わらせるぜ」