第三章58 『地下実験場での戦い・アゲハ ④』
「千攻ーーー突きっ!!」
アルバートンの三又槍の穂先が光りだした。次の瞬間、千にも思える五月雨突きがアゲハを襲う。
だがーーー、
「ーーーぐっ!!」
アゲハは、アルバートンの突きを容易く躱しきった。
まるで攻撃が来る場所が、事前に分かっているかの様な動きだ。いや、実際に穂先が飛んでくる直前にアゲハは動いている。
水面を突いているかの如き手応えのなさに、アルバートンは苦々しい顔になる。
(マジかよっ!! 目で見切れる速度の突きじゃねぇぞっ!!)
「ーーーチィ!」
アルバートンは一旦、槍を下げた。そして槍の柄に装着した魔法結晶に魔力を込める。
それに呼応して、柄から穂先にかけて雷が纏わりつく。
「コイツは初見だろ、、、避けれるか?」
槍の柄の端ーーー石突を握ったアルバートン。そのまま片手で巨大な槍を横凪に振り回した。
ブォォオ、、、ンッ と風切り音がアゲハの耳に届く。
「ーーーっ!!?」
「《雷鳥》ーーー!!!」
その刹那、雷が、バリリィィィィィ と横凪に空間を割いた。
「ーーーまだまだぁ!!!」
アルバートンは身体を回転させながら、続けて槍を横凪に振り回していく。
弧を描く穂先の軌道に沿って、辺りに雷が撒き散らされる。
まるで雷を纏った巨鳥が、羽を広げて羽ばたいているかの様な見た目だ。
先ほど、地面を這うように放った渦上の雷の比ではない広範囲攻撃により、地下実験場の彼方此方が雷撃によって破壊されていく。
雷が直撃した壁はひしゃげて、床は捲れ上がった。端に置かれていた鉄製のコンテナは、まるで風に靡くダンボール箱のように、撒き散らされる雷撃の余波で転がっていく。
「ーーーハッ! どうだ!? 流石に死んだーーーッ!!!?」
だがしかし、そんな地獄のような場所であっても、アゲハを傷つける事は不可能だった。
撒き散らされる雷を、まるで風に揺蕩う羽根のように、ふわりふわり と難なく躱すアゲハ。
「なん、、、だと・・・」
アルバートンは、ギリィ と奥歯を噛み締める。
(ーーーバカなっ! 初見で《雷鳥》を完全に躱すなんて、、、アルフレッド様ですら出来なかった事だ!)
三又槍を強く握り込んだアルバートン。彼が握っていた石突の辺りから、ミシィ・・・ と小さな悲鳴が聞こえたほどだ。
「たかだか劣等人種が、、、アルフレッド様を超えるような事があっては ならなねぇんだよ・・・っ」
バリィィィィィッ!!!! と一際 大きな羽ばたきがあった後、アルバートンの《雷鳥》は止んだ。
「・・・はぁ、はぁ、、、」
肩で息をするアルバートン。
戦いの疲労からくる息の荒れではない。自分の主人に対する侮辱行為の怒りからくる息の荒れだ。
「ーーーテメェ、、、舐めた真似しやがって」
「・・・?」
無論、アゲハにとってアルバートンの怒りは理不尽な感情以外の何ものでもない。
だが、理不尽だと指摘したとしても、アルバートンの一方的な怒りが収まるわけもなく・・・、
「次だ・・・次で、ぜってぇ殺す」
「・・・へぇ、やってみなよ」
軽口を叩きながらも、アルバートンの怒りを一身に受けて、生唾を飲み込んだアゲハ。
「ーーー《雷音》」
三又槍を天高く構えるアルバートン。
次の瞬間、穂先から爆音と共に雷撃が放たれ、地下実験場の天井に直撃する。直撃した雷撃は、そのまま、天井の四方に流れだす。
「・・・なにこれ?」
バチ、、、バチィ、、、と天井の至る所で雷が発生した。まるで、ただの天井が破裂寸前の雨雲のように見える。
「《雷音》。説明するのが面倒だから、まぁ見てくれ」
「? ・・・っ!!?」
その刹那、アゲハの《第六感》が警鐘を鳴らした。咄嗟に床を蹴り、その場から離れたアゲハ。
次の瞬間、爆音が轟き、アゲハがいた場所に巨大な稲妻が落ちる。
その威力は、先ほどアルバートンが発生させた小さな稲妻の比ではない。
まさに本物の落雷だ。
鉄板の床が黒々と焦げて、飴細工のように、ぐにゃり とひしゃげている。
あの雷撃を食らったら、痛みを感じる前に即死するだろう。
「見ての通り、雷雲を発生させて爆音轟く落雷を生む技だ」
「・・・さっきも、似たような小さな稲妻 落としてたじゃん。それの ただ大きい奴でしょ?」
「ちょっと違うな。さっきの稲妻は、俺の魔力で操作できる規模だったが、今回はそうじゃない・・・」
その刹那、アルバートンのすぐ横に稲妻が落ちた。
「ーーーなっ!?」
驚いたアゲハだが、当のアルバートンは大して気にもしていない様子だ。
「ーーーこの通り、今回の落雷は操作できない。つまり、俺でも雷に撃たれて死ぬ可能性があるつー訳だ」
「・・・? あんたバカなの? なんでそんな自殺志願者専用の技みたいの使うのよ?」
「ミミっちい技で ちまちま攻撃したところで、テメェは全て避けるだろう? なんか面倒臭くなってな。あと、なんか純粋に、躱されるのがムカついたってのもあるが」
アルバートンは、ボリボリ とライオンの鬣のような髪を無造作に掻きむしる。
「だから、こうやって絶対殺せる技を出しただけだよ」
「ふーん・・・でもさ、私の能力《第六感》は、いくら光の速さで攻撃してきても避けられるわよ。これで殺せるとは思えないけど?」
「ーーー殺せるさ」
きっぱりとそう言ったアルバートンに、アゲハは柳眉を寄せる。
「確かに、お前の《第六感》とか言う直感能力は大したモンだ。それに、この戦いの中で能力の精度が段違いに上昇してるのを感じるぜ」
「・・・」
「そうだな。テメェが気を失った辺りからか」
不意に、2者の間に轟音を伴った稲妻が落ちた。
鈍色の火花が2人の視界を覆う。
普通ならば、今すぐ逃げる状況なのだが、アルバートンは気にせず言葉を続けた。
「《第六感》・・・すげぇ能力に思えるが、所詮は視覚や聴覚と同じだ。感覚器官のひとつに過ぎねぇ。そして、その感覚器官にも必ずキャパシティか欠点がある」
「・・・」
「いくら遠くまで見通せる目を持っていても、真後ろは見えないだろ。それと同じだ」
アルバートンは腰を下ろして、前傾姿勢をとり槍を構えた。
「いくら直感が鋭く、攻撃を事前に躱せるとしても・・・その直感力を超える攻撃を繰り出せば当たるだろ? この当たれば即死の落雷がふる空間で、俺の本気の槍術を、テメェは読みきれるか?」
「ーーーっ!」
無数の落雷が降る地下で、再びアルバートンの猛攻がアゲハを襲い出した。