第三章55 『ジャハハハハハ!』
フッー・・・と目を覚ましたアゲハ。
どうやら、一瞬、意識を失っていたようだがーーー、
「・・・?」
身に覚えのない景色に困惑する。
先ほどまで薄暗い地下施設に居たはずだ。
それが、どういう訳か、今は真っ白な空間にうつ伏せで横たわっている。
「ーーーっ!」
起き上がろうとしたアゲハだが、手足が動かない。いや、それどころか指の先すらも、ぴくりと動かない。
それならば言葉は発せられるか と思い、パクパク と口を開閉させるみるがーーー、
「ーーー・・・ーーー」
声も出ない。
「・・・っ」
途方に暮れるアゲハ。
そんな彼女の耳に、どくん・・・どくん・・・と自分の鼓動が届いた。どうやら耳は聞こえるようだ。
それならば、とアゲハは耳をすましてみる。だが、音や気配の類は耳では拾えなかった。辺りは静寂に包まれていた。
先ほどまでは、粗野な大男の胴間声と神経を逆撫でする様な雷鳴が鳴り響いていたはずなのだが、それが全く聞こえなくなっている。
「・・・」
静寂に包まれた真っ白な世界に横たわるアゲハ。
彼女は、今の自分の状況を鑑みて・・・、
(私・・・死んだ!?)
と焦る。
だがしかし、心臓が動いているので死んでいる訳ではないだろう。
ならば、気を失っているのか?
だが、思考できているので意識はあるはずだが・・・?
アゲハは今の状況が分からずに、途方に暮れる。
「ジャハ!」
と その時ーーー、
「ジャハ! ジャハジャハジャハ!」
奇怪な笑い声が聞こえてきた。
「・・・っ」
アゲハは、声の方へ目を向けたが、うつ伏せの状態では よく見えない。
どうやら、声の大きさから、声の主はアゲハに近づいてきている様だ。
「弱っちぃ〜のぉー。我の《予見の力》を持ってしても、あんな小物ひとり殺せんとわ〜」
拙い話し方だ。声からしても幼い印象を受ける。
(子供・・・? 男の子の声?)
アゲハは、必死に声のする方へ目を向けるが、やはり絶妙に見えない。
と その時ーーー、
「脆弱ジャ、脆弱。ジャハハハハハハハッ! 脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱脆弱」
騒ぎながら、ドタドタとアゲハの周りを走り出した声の主。
不意に、アゲハの顔の前を小さな足が走り去る。
一瞬だったが、見る限り子供の足の様だ。
やはり、声の主は子供・・・?
「ーーーっ!!?」
ずしり と背中に何かが乗っかる。
すると、声がアゲハの頭上から聞こえてきた。
「ーーーこのまま、主が彼奴に殺されるのを見ていても良いがのぅ」
どうやら、背中に子供が乗っているようだ。
ずしり、ずしり、と無遠慮にアゲハの背中を歩き回る子供。
体重が軽いため、背中に乗られても苦痛ではないが、見知らぬ子供に我が物顔で背中を歩き回られるのは気分が良くない。
「ーーー・・・ーーー」
だが、文句を言おうにも声が出せない。
パクパク、と口を開閉させるのが関の山だ。
「じゃがのぅ、、、」
「ーーーっ!!?」
アゲハは、お尻に一際 重さを感じる。
見えないが、おそらく子供がお尻の上で屈んでいるのだ。分散されていた重さが、ダイレクトにアゲハに伝わる。
こうなると、流石に痛い。
だが、子供の方は気にした風もなく言葉を続ける。
「主が死ねば、我も消滅するのじゃ」
「・・・?」
「主のような脆弱な人間に存在を握られておるのじゃ、、、我ってかわいそうじゃろ?」
「?? ?」
意味が分からずに困惑するアゲハ。そんな彼女を尻目に、子供はアゲハの背中に手を触れる。小さな手だ。
「じゃからのぅ・・・」
「ーーーっ!!???」
子供に触れられた場所が熱くなる。その熱は、じんわり とアゲハの背中に広がっていき、数秒で背中全体に熱が伝わった。
子供の小さな手で触れられているはずが、いつの間にか巨大な手で背中を押されている気分になる。
「我の“血”を少し分けてやるのじゃ」
次の瞬間、心臓が早鐘のごとく鳴り響く。
先ほどまで、耳の奥で微かに聞こえていた鼓動が、ドクンッドクンッ と、うるさいくらいに耳の内側を打ちつける。
「これで《予見の力》も多少は強化されたじゃろうて。この力をもって、しっかり彼奴を倒すのじゃぞ。ジャハハハハハハハハハハハ」
「ーーーっ!?」
ふっ、と背中が軽くなったのを感じたアゲハ。
と同時に、冷たい鉄板がアゲハの頬に触れた。
「・・・ぇ」
薄暗い地下施設がアゲハの視界に入る。
どうやら、真っ白な空間から地下施設に戻ってきたようだ。
(・・・今のは夢? にしては、やけにリアルだったような、、、あれ? 私、今 夢見てたよね? どんな夢だったけ、、、?)
今 見ていた夢を思い出そうとするアゲハだが、まるで記憶に朧がかかったかのようにボヤけている。
真新しい記憶のはずが、虫食いのように穴が空いているのだ。
確か、誰かと何かを話していたような・・・?
「あれ?」
と そこで、アゲハはある事に気がつく。
身体に痛みがない。先ほどまでは、まるで無数の針で身体中を刺されているかの様な鋭い痛みがあったはずなのに。
麻痺しているのかと思ったが、違うようだ。
回復しているのだ。
アルバートンから受けた火傷や麻痺、裂傷などが綺麗に癒えている。
「ーーーおい」
不意に頭上から声がした。
無遠慮な胴間声。アルバートンの声だ。
「反応がねぇな。死んだか・・・それとも気を失ってんのか、、、? ま、どっちでもいいか」
アルバートンは、三又槍の穂先をアゲハの頭上に持ってくる。このまま槍を下げれば、アゲハの頭を串刺しになるだろう。
「・・・」
アゲハは、アルバートンに気づかれないように、静かに銃を持つ手に力を込める。
「殺し合いにも飽きたし、そろそろ殺しとくか」
アルバートンは非情な声と共に、槍をアゲハに突き立てる。
その瞬間、アゲハは動いた。
足を上げて、左右に思いっきり振った。そのまま、足を振った遠心力を利用して身体を持ち上げるアゲハ。
「ーーーっ!!?」
ちょうど体操競技のあん馬のように、腕で身体を支えて、回転したアゲハはダイナミックな足払いをアルバートンに仕掛けた。
がくん、とバランスを崩したアルバートン。咄嗟に手をついて、転倒する事は防げたがーーー、
「なっ!!?」
アルバートンの目に、二丁拳銃を構えたアゲハが映る。
次の瞬間、乾いた発砲音と共に、アルバートンの頭から血が飛び散った。