第三章52 『地下実験場での戦い・島田 ③』
「ーーー《操糸の律動》」
バンビーが奏でるヴァイオリンの曲調が変わった。
その瞬間、3匹の巨大蜘蛛たちが出した糸が、まるで生きた大蛇のごとく、うねり、曲がり、動き出す。
瞬く間に、その自在に動く糸で両腕を捕らえられた島田。そのまま腕が左右に引っ張られる。
「ーーーぐぅ!!」
ちょうど、古代の刑罰である《八つ裂きの刑》のように、巨大蜘蛛2匹に身体をバラバラに引き裂かれそうになった島田。
「ーーー子蜘蛛ちゃんたち☆ 獲物を引き裂きなさい♡」
バンビーが合図を送り、2匹の巨大蜘蛛が それぞれ別の方向へ走り出す。
「がぁーーーっ!!」
びんっ、と強力な力で腕が左右に引っ張られた島田。どうにかして腕に巻き付いた糸を解かねば、身体が縦に裂けてしまう。
だがーーー、島田は自分の腕に巻き付いた糸を見る。
いつの間にか、荒縄のように太い糸が何重にも編み込まれていた。まるで、巨大な筋肉の様にも見えるほどだ。
「ーーーくそっ・・・マズい!!」
ググゥゥゥ・・・と、腕を左右に引かれる島田。
不意に、ミシ・・・ミシミシッ、と腕の関節部から嫌な音が聞こえてきた。
限界以上まで引っ張られた腕が悲鳴をあげているのだ。
「ヤバいヤバいヤバいっ!!」
島田は、必死に身体に力を込める。
一瞬でも力を抜けば、本当に身体がバラバラに裂けそうだったからだ。
「ーーーづ!!」
不意に、肩に刺すような痛みが走る。次いで、肘に無数の切り傷が出来た。手にいたっては、もうほとんど感覚がない。
「まだか!? は、はや、、、く・・・」
もう、島田は身体の限界が近かった。
次の瞬間ーーー、
「ぐぁーーーっ!!」
島田の叫び声と共に、腕を捕らえていた糸の束がーーーボゴォ、、、ン・・・、と内部から爆発した。
「ーーーなっ♪」
『ぎゅわーーーっ!!』
太い糸で編み込まれた筋繊維のような束も、内部からの衝撃には弱いのかーーーブチ、、ブチブチ、、、と音を立てて千切れ出す。
「ーーーか、、、は・・・」
そのおかげで糸の束が緩まり、辛くも島田は、身体が裂ける寸前で糸から脱する事に成功した。
「な、何が起こったの・・・♧」
訳がわからないバンビーは、狼狽するしかなかった。
自分が操るモンスターが出した糸が爆発したのだから当然の反応と言えよう
無論、この爆発は島田によるものだ。
島田は、糸に捕らわれる直前まで低威力の手榴弾を持っていた。蜘蛛たちは、その手榴弾と共に、島田の手を捕らえてしまった。
そう、島田は糸が手に巻き付いた瞬間、手にあった手榴弾を筋繊維のように束ねられた糸の内部に紛れ込ませたのだ。
そして、それが時間差で爆発。糸の束を内部から破壊したと言う訳だ。
「へへ、、、咄嗟にだが、上手くいって良かった・・・」
島田は、そう言いながらも、左腕に違和感を覚える。少しでも指を動かしただけで、腕全体に痛みが走るのだ。
(くそ・・・筋でも痛めたか、、、)
ダメージを相手に悟られないように、先ほど同様、走り回って敵を撹乱する。
と その時ーーー、
「あっ! あれっ!」
無くしたと思った特殊警棒を見つけた。
走りながら、警棒を拾い上げた島田。いまさら、この棒っきれで巨大蜘蛛たちと渡り合える気はしないが、武器が手にあるだけでも心強い。
「・・・☆」
走り回る島田を見て、バンビーは苦々しく親指の爪を噛んだ。
「なんなのあの子♢ こんなにしぶとい劣等人種、初めて見たわ♪」
バンビーは、初めての経験に焦りを感じていた。
“焦り”と言うより、得体の知れないモノを前にした“不安”と言ったら良いだろうか。
バンビーたちにとって、魔力を持たない劣等人種など言葉を手繰らない猿と同じだ。
例えばだ、人と猿がクイズの勝負をするとする。
勝つのは、どちら? などと聞かれた所で答えは決まっている。
勝負にならない、だ。
言葉を知る人間と知らない猿では、そもそも同じ土俵にすら立てない。
だが この時、IQが非常に高く、言葉を自在に操る猿がクイズ勝負に現れたらどうだ?
誰だって、その得体の知れない猿に驚くし恐怖もするだろう。
バンビーが島田に抱いていたのは、それと同じ気持ちだ。
《魔装武具》を用いた戦いにおいて、魔力を持たない劣等人種に苦戦するなどあってはならない。
「ーーーくっ♧ 子蜘蛛ちゃんたち♪ さっさとその子を殺しなさい☆」
焦りと不安を抱きながらヴァイオリンを奏でたバンビー。
それに呼応して、3匹の巨大蜘蛛たちが島田に向かって動き出す。
「食い散らかすのよ子蜘蛛ちゃんたち♡」
島田は必死で逃げ惑うが、その時ーーー、
「ーーーっ!?」
間抜けにも躓いた島田。
手に持っていた武器や荷物を盛大にぶち撒けて転んでしまう。
「イッテェ、、、っ!!」
背後から聞こえる、ザザザザザッ という身の毛がよだつ足音。直ぐそこまで蜘蛛たちは迫ってきている事は見なくとも分かる。
「ーーーくそッ、、、」
咄嗟に振り向く島田。だがそこへーーー、
「ぁ・・・」
巨大な蜘蛛3匹が喰らい付いた。
「うふ・・・♡」
島田に喰らい付いた自分の蜘蛛たちを遠目から眺めるバンビー。
巨体に隠れて見えないが、一箇所に集まって何かを貪っている所を見るに、島田はぐちゃぐちゃに食い殺されている筈だ。
「これよこれ♪ 私が劣等人種ごときに苦戦するはずないもの☆ これが、本来在るべき結果よね♡」
得体の知れない相手を無事始末できて、安堵したバンビー。
安心したからか、バンビーは不意に無くしたペットの蜘蛛を思い出した。
「ーーーうぅ・・・♧ でも、まさか子蜘蛛ちゃんの一体を失うとわね・・・♢」
瞳を麗せるバンビー。
ぽろぽろ と涙を流した・・・と思ったらーーー、
「ま、いっか☆」
直ぐに笑顔を取り戻した。
「蜘蛛なんて、また産ませればいいし〜♡ ていうか、劣等人種なんかに殺される子蜘蛛ちゃんなんて要らないしね☆ キャハ♡」
バンビーは、そう言って、再びヴァイオリンを構える。
「ーーーそろそろお腹いっぱいになった頃かしら☆ 子蜘蛛ちゃんたち、帰るわよ♪」
ヴァイオリンを奏でて、使役している蜘蛛を呼び戻すバンビー。
不意に、もう1人の侵入者の相手をしているアルバートンが気になったが、彼は戦いの邪魔を嫌うタイプだ。癇癪でも起こされて殺意がこちらに向くような事があったらたまったものではない。
まさか、自分より数段強い仲間が負けるような事はないだろうと思い、バンビーは一旦この場を後にしようと思う。
だがーーー、
「あら♪」
いくらヴァイオリンを奏でて命じても、一向に蜘蛛たちが戻ってこない。
不思議に思い振り返ったバンビー。その視線の先にーーー、
「ぇ・・・♤」
特殊警棒を振りかぶった島田がいた。