第三章51 『地下実験場での戦い・島田 ②』
バンビーが操る巨大蜘蛛3匹から無数の糸の塊が放たれたる。
その威力たるや、銃弾の比ではない。被弾した床は鉄板が捲れ上がり、壁には大穴が空いた。円形の地下施設の隅に、乱雑に置いてあったコンテナは吹き飛ぶ始末だ。
島田は、そんな強力無比な糸の弾丸を走りながら必死で回避していく。
「ーーーっ! くそっ、、、」
幸いにも、糸の弾丸は弾速が遅いようだ。動いている限り、簡単には当たりそうにない。
だが、それも時間の問題だ。
いつまでも逃げ回っているだけでは、いずれ体力が尽き果て被弾してしまう。
攻撃に転じなければーーーっ!
「ちっ、、、くしょっ・・・」
と思った島田だったが、ある大きな問題にぶち当たる。
武器がないのだ。
否。
武器はあるにはある。
手製の手榴弾や煙幕弾、音響弾など色々あるがーーー、
「、、、あの蜘蛛には効かないだろうな・・・」
巨大蜘蛛3匹を葬れるだけの威力はないのだ。
どれもこれも、虚仮脅し程度か小型のモンスターを殺せる程度の威力しかない。
「あんな強力なモンスターと1人で戦うなんて、、、考えてなかったからな、、、っ!」
などと嘆いていても始まらない。
戦うと決めた以上、負けた時以外は戦いを放棄する訳にはいかない。
もっとも、負けた時とは死んだ時の事であるが。
「何とかしてあの蜘蛛たちを無力化しないと、、、だが、どうやって・・・っ!」
と その時、嵐のごとく降り注いでいた糸の弾丸が止んだ。
「ーーー!」
島田も、それに合わせて足を止める。
糸の弾丸が止んでくれたのは ありがたいが、納得がいかない。
島田はまだ生きているし、傷も負っていない。
だが、もうすでに息が上がりかけている。あのまま糸の弾丸を雨あられの様に放っていれば、早いうちに殺せたはずだ。
「はぁ、、、はぁ、、、?」
肩で息をしながら、島田はバンビーを見た。
それに気がついたバンビーは「うふ♡」と胃がもたれる様に色っぽい笑みを島田に返す。
「あのまま《糸弾の律動》で、ぐちゃぐちゃにしてあげても良かったのだけれど・・・♧ 流石に、これ以上ここを破壊する訳にはいかないのよねぇ♪ 下の《魔導騎兵》に何かあったら困るし☆」
「・・・どら、ぐーん?」
聞き慣れない言葉に眉を寄せた島田だったが、バンビーは気にしていない様子だ。
再び、ヴァイオリンを構えたバンビー。心地よい音色を奏で始める。
「子蜘蛛ちゃんの仇だけれど、もう少しスマートに殺そうかしら♡ 」
今度の律動は、緩やかに伸びる感じだ。
バンビーがヴァイオリンを奏でると、それに呼応して3匹の巨大蜘蛛たちが、ザザザザザッ と真っ直ぐ島田に向かって動き出した。
「ーーー直接、殺しにきやがったか!」
素早く腰にあるウエストポーチから、いくつか手榴弾を取り出した島田。
そして、迎え打つ気で待ち構えた島田の周りに、3匹の巨大蜘蛛たちは囲う様に立ちはだかった。
『ギョギョギョーーーッ』
『ぎゅわぎゅわ!』
『ギチギチギチギチッ』
やはり3匹の蜘蛛たちには、それぞれ個性があるのか、鳴き声に違いがある。
だが、兄弟の仇を討てるのを喜んでいるのか、それとも柔らかい肉を貪れる事に興奮しているのか、3匹とも嬉々として顎を鳴らしている。
「くそ・・・」
迎え打つと決めたが、いざ巨大な敵を前にしては及び腰にもなる。
島田は、ちらり と自分の手に目を落とす。そこには3つの小さな手榴弾があった。
「1匹につき1個か・・・だけと、これじゃコイツらを殺す事はできそうにないな・・・」
島田が持つ手榴弾は、火薬が少ない低威力のモノだ。小型のモンスターは殺せても大型哺乳動物ほどある蜘蛛を殺すことは難しい。
「・・・っ! 他になにか、、、武器になるモノは、、、」
島田は、記憶している自分の荷物を頭の中で必死に探る。
だがしかし、強力なモンスター3匹を倒せるほど威力がある武器など無かった。
「ーーーちっ、、、きしょう・・・本当に俺、ここで死ぬっぽいな、、、」
半ば諦めモードで、巨大蜘蛛3匹に向き合った島田。その時、彼は、不意に手を後ろに回したーーー、
「・・・っ!」
こつん と指の先に“何か”が当たる。
徐に、その“何か”に目を向けた島田。
「ーーーこれ・・・」
『ギチギチギチーーーッ!!!』
「うっ!!?」
巨大蜘蛛の1匹が激しく顎を鳴らす。
それを合図に、3匹の蜘蛛たちが腹から糸を吹き出した。
荒縄ほどある糸が、島田に向けて放たれる。
「ーーーおっと、、、危ねぇ!!」
どうやら腹から出された糸も糸の弾丸と同じく、大した速度ではない。囲まれていようとも、島田は容易く糸を回避できた。
(、、、ここで、こんなのに捕まる訳にはいかないっ! これを上手く使えば、、、コイツらを倒せるかも知れないしな)
島田は周囲を囲う蜘蛛に目を向けた。
蜘蛛たちは距離を空けて、島田を3方向から糸で狙い撃ちしてきている。
(まだ、、、遠いな・・・っ!)
ちらり、と自分の腰にあるモノに目を落とした島田。
(コレを上手く使えば、コイツらを一網打尽に出来るかもしれないが、、、それには、出来だけ集まった状態でないと、、、)
とっておきの秘策を企てる島田。
地を這うように彼に近づいてきた糸を見逃したのは、そのせいだろうか。
「ーーーぅ!」
突如、腕を引っ張られて、がくん と身体を揺らした島田。
見ると、腕に荒縄ほどある糸が巻き付いていた。
「なっ!? えっ!」
基本的に、放たれる糸は直線的な動きしかしない。つまり、糸が出る蜘蛛の腹の向きさえ分かっていれば、放たれる糸を見切る事など容易いはずだ。
現に、島田はそうやって糸を躱してきた。
「ーーーはっ!? なん、、、で?」
捕まった理由は、すぐに分かった。
蜘蛛が放った糸が、まるで生きた大蛇のようにうねり、曲がり、地を這っている。
そうして、逃げる島田の腕を捕らえたのだ。
「ーーー《操糸の律動》」
島田は、バンビーが奏でるヴァイオリンの曲調が変わっているのに気がついた。どうやら、それに呼応して蜘蛛の糸がうねり動いているようだ。
瞬く間に、2匹の巨大蜘蛛に両腕を捕らえられた島田。
「ーーーっ!」
次の瞬間、島田の腕を捕らえたまま、巨大蜘蛛たちがそれぞれの方向へ走り出す。
びんっ、と両腕を引っ張られた島田。
その瞬間、ゾッとする。
昔、何かの文献で読んだ事を思い出した。
古代の刑罰に《八つ裂きの刑》と言うものがある。罪人の四肢を4頭の馬に繋ぎ、それぞれ四方に放つのだ。
そうすると、馬の力によって罪人の身体はバラバラに裂ける。
今まさに、島田の状況がそれだ。
両腕を荒縄のような糸で捕らえれ、熊のごとき巨大蜘蛛に引っ張られる瞬間。
「ーーーヤバいっ!!」
次の瞬間、ぶちぶちぶちっ と太い何かが千切れる音がした。