第三章48 『在り日しの記憶』
眩い光で視界が真っ白になった島田は、意識を深層に沈めていく。
「ーーー・・・っ」
そして、在り日しの記憶が彼の脳内に呼び起こされた。
それは、まだ島田が佐伯と2人で旅をしていた頃の記憶だ・・・。
「ーーーうわっ!!」
無様に尻餅をついた島田。
そこに容赦なく、野犬の群れが襲いかかる。数は3匹か4匹か。焦る頭では、まともに数えきれない。
「っ!! くそっ、近づくなっ!!」
特殊警棒を振り回して牽制する島田だが、野犬の群れを追い払えるだけの効果はなかった。
軽いステップで島田の攻撃を躱した野犬たち。
その内の1匹が、島田に飛び込んでくる。
「ーーーひっ!」
鋭い歯牙を目の前にいる獲物に突き立てようとした野犬。
次の瞬間、血飛沫をあげて野犬の首が飛んだ。
飛ばしたのは佐伯だ。
佐伯は、そのまま残った野犬の首も飛ばす。
小さな断末魔か、鳴き声が聞こえた気がしたが、一瞬すぎて分からなかった。それほど素早く、佐伯は野犬の群れを即殺したのだ。
「ーーーふぅ」
嘆息をひとつ吐いて、白刃を鞘に納めた佐伯。
「せ、、、先生・・・」
佐伯は、腰を抜かして震える島田の頭に優しく手を添えた。
そしてーーー、
「島田ぁ! テメェ、野犬の群れごときにビビってんじゃねぇよ」
人並外れた腕力で、島田の頭蓋骨にアイアンクローをかます。
「あででででででーーーっ!!!」
みしみしみし・・・っ、と島田の頭蓋骨が悲鳴をあげた。
「せ、先生っ! 痛いですっ! ちょ、、、本当に痛いっ!」
佐伯のアイアンクローを強引に引き剥がした島田。と言うより、佐伯が離してくれただけだ。
島田は、じんわり と鈍痛が広がる頭を摩りながら、佐伯と距離を取る。
「先生! それ顔に使う技でしょ。頭に使わないでくださいよ」
「手元にあったのが頭なんだから仕様がないだろ」
「手元に頭があっても、握りつぶそうとは思いませんけど・・・」
ぶつぶつ言う島田に、佐伯は嘆息をひとつ吐いた。
「そんな事よりよ、島田ぁ。なんだよ、さっきの情けない姿」
「ーーーぅ」
「野犬の群れごときにビビりやがって。お前は、これから九州まで旅をするんだぜ。道中には、野盗やモンスターなんかの、野犬なんてゴミとも思えるほどの強力な敵がいるんだ。しっかりしろよな」
「・・・」
佐伯の説教を俯いて聞いた島田。
確かに、佐伯の言うことは正しい。この先、野犬程度に尻込みしていては、到底 乗り越えられない強敵が待ち構えているかもしれない。
だがーーー、
「ーーー100匹を超す野犬の群れも、充分強敵ですよね」
島田にとっては、野党もモンスターも100匹の野犬も、大して変わらない。
佐伯と島田が今いるのは、山の谷間にある舗装されている山道だ。と言っても、異常成長した植物がコンクリートに侵食して、地面には膝下くらいの草が茂っている。さらには、路肩には蕾が光っている巨大な花まで咲いている始末だ。
つまり、見た目は完全な獣道。
その獣道を、のこのこ歩いてきて100匹の野犬に襲われた訳だ。
「なんで、街の方の街道を行かなかったんですか?」
滅びているとはいえ、街道は街の中を通っている。100匹の野犬に襲われる事など そうそう無いだろう。
「街にもモンスターや野生動物は出るだろ。それにほら、この道、近道なんだよ」
「何の? 天国のですか?」
それならば、100匹の野犬に襲われるのも納得だ。あっという間に天国へ行けるだろう。
「旅のだよ」
真面目に答えた佐伯に、島田は溜め息を返した。
人間関係で皮肉が通じないのは、時として苦痛にも感じる。
「なんだよ、そんな顔すんなよな。いいじゃ無いか。結局、野犬に食われはしなかったんだから」
「・・・まぁ、確かにそうですが、、、俺が言いたいのは、そう言う事ではなく・・・」
佐伯の言う通り、100匹を超す野犬の群れは、その半数が屍と化して山道に横たわっており、残りの半数は四散して山へと消えた。
「・・・」
島田は、ちらり と山道に屍を晒す野犬たちに目を向けた。
その全てが、鋭利な刃物で一閃されている。佐伯が斬り捨てた屍たちだ。
(・・・この数を、ほぼ1人で片付けるとは・・・相変わらず、この人は化け物だ・・・)
島田は、自分の師の実力に驚嘆しながらも、その圧倒的な実力差に不安と焦燥を募らせていく。
(俺が逆立ちしたって、この人には敵わない。でもそれなら、、、俺には、先生と共に旅をする資格はあるのだろうか、、、)
「おい、どうした?」
「ーーーっ!」
ふと、自己嫌悪に飲まれていた島田は、佐伯の声で我に帰る。
「ぁ、、、いえ、その・・・何でもありません・・・」
「む? そうか。それならいいが、さっさと先に進もう。のんびりしていると散っていった野犬が戻ってくるかもしれないしな」
佐伯は、そう言うと歩き出した。島田もそれに続く。
数歩ほど歩いて、佐伯の背中を見つめた島田。
「ぁ・・・」
咄嗟に出そうになった言葉が詰まり、島田は、ぽりぽり と頭を掻いた。
言うか言わまいか、どうするか迷う。
言った所で、島田の内にある悩みが解決するとは限らない。
だが、言わないでおくのも、正直つらいモノがある。
「・・・」
しばらく悩んで、島田は言う事を選んだ。
「先生・・・」
「ん?」
佐伯は、振り返らず返事をした。
「なぜ、先生は俺を旅の共に選んだんですか?」
「なぜかって・・・」
「いや、街には他に適任の者が居たじゃないですか。斑鳩や四門、五島だって居た。それなのに、なぜ何の能力も持たない俺だったんですか?」
「何の能力も持たないって・・・お前、器用じゃん。爆弾とか作れるし」
煩わしそうに、頭を掻きながら答えた佐伯。
だが島田は、その答えに納得はできなかった。
「爆弾なんて買おうと思ったら、道中の街でいくらでも買えるじゃないですか」
「いや、旅の資金限られてるから、いくらでもは買えねぇよ。自作してくれる仲間がいるのは心強いぜ」
「そうは言っても、材料費とか考えると逆に高くつく事もありますよ」
「・・・」
「先生、、、俺が聞きたいのは、そう言う事じゃなくて・・・俺がこの旅で先生の役に立てるのか、って事なんです。俺は、他のみんなの様に、特殊な能力もない。先生の様な経験も強さもない・・・」
島田は、自分の非力さを憎むように拳を強く握る。
「俺は、、、先生の足手まといです・・・っ!」
詰まるように言った島田。佐伯は、その言葉を背中で受け止めた。
そして、心底面倒くさそうにーーー、
「はぁ〜あ・・・」
と、溜め息をつく。
「分かったよ。正直に言う」
「!」
「俺が島田を旅の共に選んだのは、島田が1番頼りになるからだ」
「え?」
佐伯は「あっと、、、」と言葉を区切る。
「斑鳩たちが頼りにならないって訳じゃねぇぞ。あいつらは、“確かな強さ”を持っている。強さだけを見たら、あいつらの中じゃ島田が1番弱いまであるしな」
「ぅ!」
恩師に気にしてる事をあっさり言われて、島田は心に大ダメージをくらう。
「なら、、、斑鳩たちの誰かを連れてくれば よかったでしょう?」
「いやー・・・それも少しは考えたんだけどさ、結局、背中を預けるのは島田がよかったんだ」
「? なんでですか? 俺は、、、」
不意に言葉が詰まり、下を向く島田。
口にしようとした言葉は、彼が見せたくない心の内面を複写したようなモノだったからだ。
心の内に止め、隠しておきたい事だったからだ。
だが、喉を鳴らして無理やりにでも口から吐き出した。
「俺は、、、弱いですよ」
「弱くねーだろ」
「!」
佐伯の言葉に顔を上げた島田。
「お前も俺の生徒だろ。基本的な戦闘訓練を詰んでるじゃねぇか」
「それは、、、そうですけど・・・」
「さっきの話だけどよ、斑鳩たちは“確かな強さ”を持ってるって言ったよな。でも島田、お前にも持ってるモノがあるだろ」
「・・・?」
心当たりがなくて、首を傾げる島田。
そこで、佐伯は振り返った。
「お前は、誰よりも仲間を大切にできる奴だ。必要以上に仲間を心配したり、庇ったりできるだろ。そういう奴は、仲間がいる限り戦う事をやめねぇんだよ」
佐伯は「経験則だがな」と付け足した。
彼もまた、自分のためより他人のために戦う人間なのだろう。
「斑鳩たちの“確かな強さ”つーのは、確かに頼りになる力だ。だがな、それは自分より強い奴に相対したら、結構、簡単に砕けちまうもんなんだよ」
「・・・」
見てきた様に言った佐伯。
それもまた、経験則なのだろうか。
「だがよ、島田みたいに仲間のために戦える奴は、仮に自分より強い奴に相対しても、決して戦うことはやめねぇ。仲間がいる限り、強くても、怖くても敵に立ち向かっていくもんだ」
そこまで言って、佐伯は再び歩き出す。
しばらく、その背中を眺めていた島田は、思い出した様に後に続いた。こんな野犬が大量発生している山道に置いていかれるのはごめんだ。
島田は、小走りで前を歩く佐伯に追く。
「・・・先生」
そして、再び、前を歩く師の背中に、訥々と話しかけた。
「今度は何だ?」
佐伯も、再び面倒くさそうに言葉を返す。
「それは、つまり、、、俺はーーー」
そこで島田の意識は現実にもどる。