第三章47 『畏縮』
島田は特殊警棒を手にしたまま固まった。
彼の周囲を、巨大な蜘蛛が4匹も取り囲んでいるのだから当然だ。
ガザザザッ! と地下施設の床や天井を動き回る巨大蜘蛛。
それを操るのは目の前に立つ、やけにセクシーなオカマだ。
オカマが持つヴァイオリンから淫靡なメロディが奏でられると、その音に呼応して4匹の巨大蜘蛛たちが一斉に島田へ襲いかかった。
「うわっあ!!」
情けなく逃げ惑う島田。
だが、巨大蜘蛛は大型の哺乳動物ほどの大きさがある。
それが4匹、一斉に襲いかかってきたのだ。
いつまでも逃げ回れる訳がない。
「ーーーまずっ、、、ぐぅ!!」
ザザザザザッ と、突進してきた1匹の蜘蛛に島田は吹き飛ばされる。
思いのほか蜘蛛の身体に弾力があったためか、勢いよく突き飛ばされただけで、島田に大したダメージは無かった。
だが、盛大に地下施設の床を転げ回ったせいか、持っていた特殊警棒を落としてしまう。
カンッ、カラカラカラ・・・と遠くに転がっていった警棒。
「っ・・・!」
衝撃で目を回した島田。揺れる視界で必死に立ちあがろうとするが、彼の目の前に巨大な影が立ちはだかった。
「!? ーーーひっ!!」
無論、影の正体は4匹の巨大蜘蛛たちだ。
ズイッ と倒れ込んだ島田を隙間なく覗き込んでいる。
それはまさに、大型の肉食獣に捕食される瞬間の草食獣が見る光景だった。
「ぁ、、、あぁ、、、」
無様に尻餅をついた島田は、手だけで辺りの床を探った。
(、、、武器!? 警棒は、、、どこだ!?)
落とした特殊警棒を探しているのだが、吹き飛ばされた衝撃で遠くに転がっていったため、手元にはない。
そもそも、この状態を棒っきれを手にした程度で切り抜けられるとは思えない。
今、島田に出来る事と言えば、覗き込む計32個の単眼を呆然と見返すことくらいだろうか。
『ギャァ、ギャァ!!』
「ーーーひっ!」
1匹の蜘蛛が鳴き声をあげて、島田に近づいてくる。
ギチギチ と顎を鳴らしている所をから、どうやらコイツが代表して島田を殺すつもりらしい。
4匹の巨大蜘蛛に貪り殺されずには済んだが、食い殺される事には変わりないので島田としてはどっちもどっちだ。
(ヤバい、、、死ぬ、、、食い殺される!! 俺の人生、、、こんな所でっ!!!)
死を直前にした緊張感からか、島田はうるさいくらいの耳鳴りを感じた。次いで、ぐにゃり と視界が歪む。
その代わり、島田の脳内に、ありとあらゆる記憶が溢れてきた。
いわゆる走馬灯というモノだろうか。
まるで夏場に見る蛍の点灯のように、無数の思い出が、ポゥ と浮かび上がっては消えていく。
その中に、今は亡き恩師 佐伯 ミクマの姿を見た島田。
「・・・先生・・・」
目の前に広がる“死”を直視できず、記憶の中の佐伯に縋りつく。
島田は、かちかち・・・と震える口で記憶の中の佐伯に語りかけた。
「、、、やっぱり、、俺には、無理ですよ・・・先生、、、。俺には、先生のような覚悟も、経験も強さもないんです、、、そんな俺が、世紀末の世界で戦うなんて、、、」
嗚咽混じる泣き言だ。
だが次の瞬間、耳を劈くような雷鳴が響き渡り、島田は現実に引き戻された。
「ーーーっ!!?」
視界が巨大な蜘蛛で覆われていた島田だったが、雷鳴はアゲハがいる方から聞こえてきたのが分かった。
「!? 、、、アゲハか、、、? 大丈夫か!?」
自分の命の危機に瀕していても、走馬灯に心を奪われていても、咄嗟に仲間の身を心配した島田。
ガバっ と立ち上がり、アゲハの無事を確かめようとした、その刹那、島田の視界が真っ白に染まった。
次いで、爆音が響き渡る。
「づーーーっ!!!?」
キィーン、と爆音の残響に耳をやられた島田。視界も眩い光のせいで白に染まったままだ。
島田は、一時的に視界と聴覚が不能になった。
そんな彼は彷徨うように、直前まで縋りついていた走馬灯の中に意識を沈めていく。
「・・・先生?」
それはあり日しの記憶。
まだ、島田が佐伯と2人で旅をしていた頃の記憶だ・・・。