第三章42 『“雷光”と“蠱惑”』
「ーーーっ!!」
凄まじい膂力で投げ飛ばされたアゲハ。
次の瞬間、男がその場から姿を消した。
アゲハを追って行ったのだ。
「ガハハッ!! つまらねぇ地下警備で女と遊べる時間があるとはなぁ!!」
「クソ・・・こいつ・・・っ!?」
回る視界の端に、必死で男を捉えるアゲハ。
その刹那、ある事に気がついた。
よく見ると、男は消える瞬間、光に包まれているようだ。そして光が消失するとその場から姿を消し、新たな場所に光が移ると共に男はその場に出現する。
まるで灯りの点滅のようだ。
「・・・?」
アゲハは身体を回転させる。
遠心力によって男に投げ飛ばされた衝撃を殺したアゲハは、華麗に宙を舞って着地した。
それだけではない。着地と同時に、二丁拳銃を発射。追ってくる男に弾丸を放つ。
「むぅっ!!?」
と言っても、消える様に移動する男を容易く弾丸で捉えられない。弾丸は、地下施設の闇に消えるはず・・・常人の感覚しか無ければだが。
「ぐっ!!?」
ある箇所の光が消失して、また別の場所が光だした。アゲハの放った弾丸が、その光を捉えたのだ。
フッ と光が消えて、中から男が姿を現した。
男の大木のような腕からは血が流れている。
どうやら弾丸が擦り、流血したようだった。
大した傷では無かったが、男の顔から笑みが消えた。
「・・・なんで、俺が出現する場所が分かった・・・?」
自問するように、ぽつり と呟いた男。
確かに、目や耳を頼って、ランダムに消えては現れる男を銃撃するのは至難の業だ。ましてや、投げ飛ばされて回る視界なら尚更。
だが、アゲハにはそれが容易にできる。
視覚や聴覚とは別の感覚を持ってして、だ。
「ーーー《第六感》。それが私の能力」
「あん?」
銃の用心金に指を入れて、器用に くるくるっ と回したアゲハは男の独り言に答えた。
「勘で全てを予測する。いくら音もなく消えようとも、私の攻撃から逃れる事は不可能よ」
アゲハは、再び銃を構えた。
「・・・能力? つーか、今お前、俺の言葉理解しなかったか?」
怪訝な表情でアゲハを見つめる男。
数秒ほど経って、合点がいったかのように男は再び笑みを溢した。
「クハッ・・・カカカ。そうかそうか、そう言う訳か・・・」
「・・・?」
「お前・・・《魔人》か」
「はぁ?」
アゲハは柳眉を寄せた。
「ははっ。なるほどねぇ〜。廃棄されたと聞いたが、まぁだ実験の生き残りがいたとはねぇ」
「アンタ、さっきから何言ってんの? 頭沸いた?」
挑発とも取れるアゲハの言葉に、男は一瞬、ぴたり と動きを止める。
「ん〜? まぁ、確かに興奮してるって事じゃ、頭沸いてんのかなぁ? こんな所でレアモンスターに会えるとは思ってもみなかったからな」
「はぁ? 誰がモンスターよ」
男の発言にアゲハが突っかかるが、男は「くくっ・・・」と興奮で溢れ出る笑みを噛み殺すだけだ。
と その時ーーー、
「ーーーと そういや、お前、俺の言葉分かるんだよな?」
脈略なく話を変えた男。
「なら、そうだなー・・・殺す前に名を名乗っといた方がいいか」
男は把持する巨大な槍を振り回した。
と言っても、攻撃の動作ではなく、ある種の舞踊の動きのようだ。フォン! フォン! と心地よい音色を奏でながら風を斬る槍。
次の瞬間、カァァァン・・・と槍が地面に突き立てられた。
そしてーーー、
「我の名は、アルバートン・バルクラーラ。“元”帝国一級《一般兵》にして、大魔道士アルフレッド・フォン・グナイゼナウの懐刀《雷光》を務める者なり」
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「も〜う☆ アルバートンたら、乱暴なんだから♪」
ぷん と口を突き出したオカマ。
いちいち動作が胃がもたれる様に甘ったるい。
「ま♪ いいわぁ☆ 私は、こっちで遊びましょ♪」
オカマは、細く長く、嫌に色っぽい綺麗な足を、しなり・・・しなり・・・と交差させながら島田に近づく。
顔がよく見える距離まで近づいて来たオカマはーーー、
「あらぁ♤」
突如、気色の声を出した。
そして、島田の肢体を舐め回すように観察するオカマ。
瞬間、島田は、ゾゾゾゾッ と身体を震わせた。まるで、無数の節足昆虫に身体中を這い回わられているかの様な感覚だ。
「よく見ると、アナタ結構かわいいわね♡」
留めのウインクで、島田は目の前に立つオカマを完全に危険人物だと認定した。
「私のコレクションに加えてあげるから、お名前、聞かせてくれるかしら♡」
言葉の意味も恐ろしいが、甘すぎる蜜のような声で尋ねられるのが怖い。
ん・・・と言うより、言葉がーーー、
「ーーー日本語か?」
目の前のオカマは完全に日本語を話している。
怒涛の展開とオカマのキャラが濃すぎて、言葉が通じていた事に気が付かなかった。
「そうよぉ♪ この島国に来て結構経つから、覚えちゃた☆ でもぉ、良いわよね、この国♡」
「・・・?」
にたり、と口元を釣り上げたオカマ。
「ーーー男の子がみんな可愛いじゃない♡ 背が低くて、華奢で♡」
再び、ゾッ とする島田。
「だから会う子会う子、みぃんな、私のコレクションにしてあげたのよ☆」
突如、オカマは何処からともなくヴァイオリンを取り出した。
「!?」
「知ってるぅ♧ 蜘蛛はねぇ獲物に毒液を注入して、中身をドロドロに溶かして、吸って喰らうのよ☆」
「・・・?」
「ーーーそうすると、綺麗に獲物の“皮”だけが残るんだけど・・・その皮に特殊な薬品を入れるとね、綺麗な人形が出来るのよ♡」
オカマはヴァイオリンを奏でる。
なんの曲かは分からないが、心地よい音色だ。ずっと聴いていたくなる、そんな音色。
だが、そんな島田の心地よい気分は一瞬で消え去った。
ゾゾゾッ と地下施設の天井に、何かの気配を感じて目を向けた島田。
「ーーーっ!!?」
薄暗い地下施設の天井に、巨大な影がいくつか見えた。
虫・・・だろうか。
大型哺乳類ほどの大きさの蜘蛛が数匹集まっている。
「自己紹介がまだだったわね☆」
オカマは、再びヴァイオリンを奏でる。すると、天井にいた巨大蜘蛛たちが降りて来て、オカマに寄り添った。
「我の名は、バンビー・クルシュル。“元”帝国一級《手獣兵》にして、大魔道士アルフレッド・フォン・グナイゼナウの懐刀《蠱惑》を務める者なり」