第三章35 『蔑まされてこそ、見える景色がある』
「ふぅ・・・」
ふらふらと溶岩フィールドを後にする加藤。
もう、熱気と闘いの疲労で倒れそうだ。
ゲートを潜り、闘技場へ通じる通路に入った瞬間、熱気から解放される。
「・・・おぉ」
窓もなく埃っぽい通路だが、少しひんやりとしているだけで、まるで天国の様に感じる。
地獄の底にも負けない溶岩フィールドで、命をかけた試合をこなした後だ。無理もないだろう。
「お、おぉーーー!!」
加藤は、ペタペタ と通路の壁に触れる。
やはり思った通り、ひんやり としている。
否。
本来は、大して冷えてはいない。加藤の身体が、あり得ないほど高温になっているだけだ。
でも だからこそ、今の加藤にとって熱を吸収するコンクリートは氷も同然。
「むおーーッ!! 鉄筋コンクリートをこんなに愛おしく思った事はないっ!! 結婚してえー!」
未だかつて、鉄筋コンクリートとの結婚を望んだ高校生が存在しただろうか。
「身体中の熱を吸い取ってー! もっともっと俺に冷たくしてぇー!!」
堪らず、床にダイブして出来る限り身体を密着させた加藤。
俯き、横向き、仰向け と転がりながら、全方向から熱を放出させていく。
次第に身体の熱が下がっていき、じんわり とした、何とも言えない不思議な感覚に包まれる。
いわゆる、サウナの〝整う〟のような事が起こっているのだろうか。
加藤は、とろー・・・ん、と恍惚な顔になった。
本当に、このままコンクリートと結婚するまである幸せな顔だ。
「・・・?」
関係ないが、壁1枚挟んでマグマ流れる溶岩があるのに、なぜ通路は涼しいのか。
加藤は疑問に思ったが、闘技場を取り囲む《防壁》とか言う見えない壁のおかげだと、すぐに納得した。
「ーーーぶふふっ・・・気持ちいいー〜、ぶべ!?」
突如、コンクリートと愛を語らっていた加藤の顔面に、小さな靴がめり込む。
黒色の可愛らしいストラップパンプスだ。
この靴の持ち主、加藤には手に取るように分かった。
踏まれてるの顔だけど。
「おやおや、こんな所にこんな薄汚いシミがあったのですかね?」
無論、プリティメイド少女のナノデスだ。
ナノデスは、薄ら笑いと蔑みの目を加藤に向けている。
「そんなに冷たいモノが欲しいなら、ナノデスの視線をくれてやるのです」
10歳少女の冷たい視線が加藤を射抜く。
だがーーー、
「ナノデス先輩。2つ訂正させてくれ」
加藤は動じない。
むしろ至って冷静に、紳士然とした態度で踏みつけるナノデスを見返した。
「1つ。君が踏みつけているのは床のシミなどでは無く、加藤 兵庫という紳士だ。なぜなら、シミは君のパンツを見る事は出来ないが、俺は出来る」
《部分強化》で強化された加藤の目には、ナノデスの黒色おぱんちゅが映っている。
まるで雄大な自然を前にした人間のように、豊かで落ち着いた心でナノデスの黒色おぱんちゅを眺める加藤。
「ーーーっ!!?」
ナノデスは咄嗟に足を退けて、スカートを抑えた。
だが、もう遅い。その画像は加藤の脳内に永久保存された。
「そしてもう1つだ。君の蔑むような冷たい視線では、俺は冷えたりしない。むしろ暑くなるくらいだ。具体的には、身体のいちぶっーーー!!?」
ドスッ と加藤の脇腹に強烈な蹴りが繰り出される。
もちろん、放ったのは顔を真っ赤にしたナノデス。
「ーーー〜っ!! さっさと立つのですヒョーゴ!!」
「つーーー〜っ!」
身悶える加藤だが、のんびり痛みに浸っていてはナノデスから2発目を貰いそうだったので、すぐさま立ち上がる。
「いって・・・ちょ、ナノデス先輩。俺、今 身体ボロボロなんだから手加減してよ・・・」
半笑いで冗談めかして言っているが、実際 加藤の肉体は限界に近かった。いくつもの打撲や裂傷、火傷などで、正直 立っているのがやっとだ。
「ふん! そのくらいで根を上げるとは、ヒョーゴも大した事ないのです!」
「いやナノデス先輩、それはドSすぎだって。実際、俺もう限界よ・・・」
再び「ふん」と鼻を鳴らしたナノデス。
ちらり と加藤に目を向けると、懐から1つの小瓶を取り出した。
「さっさと、これを飲むのです!」
「何これ?」
小瓶を受け取った加藤。
300mlほどの小瓶だ。中には血のように赤い液体が入っている。
「水薬なのです。傷ついた身体を癒して、体力を回復させる効果を持つモノなのです!」
「水薬!?」
ファンタジーの定番回復アイテムだ。
「おぉ・・・モンスターや魔法が存在してるから、もしかしたら 有るかなと思っていたが・・・」
加藤は、まじまじと渡された水薬を観察する。
見れば見るほど、身体に悪そうな赤い液体が入っている。
「・・・これ、俺 飲んでいいの? 俺って未成年なんだけど・・・」
「? 水薬に年齢制限などないのですよ」
「あぁ、そらそっか。一応、聞いてみただけ。ほら、アルコールとか入ってたらまずいし・・・」
「何をぶつぶつ言っているのですか? いいから飲むのです!」
「お、おう」
気が引けたが、言われるがままに水薬を飲み干す加藤。
味はケミカルなモノだったが、遠くに森を感じる。
原料に薬草などを使っているのだろうか。
「・・・うん、まぁ・・・海外のお菓子ぽい味だね・・・」
正直、加藤の口には合わなかった。
だが、飲み干して数秒経ってーーー、
「お! おぉ!!」
嘘の様に、身体から痛みが消えていく。体力も回復している。
「すげ・・・一瞬で回復したよ」
拳を握ったり、軽くジャンプして身体の調子を確認する加藤。力が漲る上に、身体が軽い。
「よかったなのです。それで、ヒョーゴ・・・実は・・・」
と その時、加藤が片耳に嵌めていた《通話》の魔法をかけられたイヤリングが、フォン・・・フォン・・・と鳴りだした。
これはコール音だ。
「っ! まさかーーーっ!!」
加藤は、すぐさまイヤリングに手をかける。それを合図に《通話》の魔法が遠くにいる対をなすイヤリングと通信を開始した。
「もしもし・・・島田か? アゲハ?」
通話の向こうにいるのはシャノンだった。
何かを叫んでいるのは聞こえたが、内容がよく入ってこない。
『ーーー・・・ーーーッ!!!』
「シャノン・・・か? どうしたんだ? よく聞こえない」
と そこで通信が途切れた。
「?」
首を傾げている加藤。
もしや朗報かと思ったが、よく分からない連絡だった。
それを見ていたナノデスが、徐に口を開く。
「・・・ヒョーゴ。実はですね・・・先ほど、西側エリアの6階VIP席に侵入者が現れたとの連絡が入ったのです」
「ん? それで?」
「6階VIP席は、私たちの主人 米倉様がいる場所・・・ヒョーゴの仲間が向かった所なのです」
「ーーーなっ!!?」
その瞬間、ナノデスが言わんとしている事と、今のシャノンからの通信の意味がよく分かった。
「・・・それって、つまり・・・」
「ええ。ヒョーゴの仲間が見つかった様なのです」