第三章34 『第5階戦 ⑤』
「あ、、、づっ!!」
《火炎悪性粘菌》から吐き出されるマグマを走りながら回避する加藤。
一撃でも貰えば、全身が爛れて焼けこげるだろう。
そうなれば、向かう先は“死”だ。それも飛び切り苦しい部類の。
「ーーーち、、くしょ・・・っ」
加藤が今いるのは、熱気立ち昇る溶岩フィールドだ。
少し走っただけで息が上がる。次第に、肺が焦げたかの様に息苦しくなってきた。
これ以上、戦いを長引かせても遅かれ早かれ加藤は戦闘不能になる。
「・・・一か八か・・・攻勢に出るしかねぇかっ」
と言いながら、加藤は後ろに下がり《火炎悪性粘菌》から距離を取る。
『ブブン』
「・・・」
そして、敵を遠目で観察する。
(・・・やっぱり、こいつ距離をとったら触手の攻撃を緩めやがる)
《火炎悪性粘菌》攻撃パターンは、3本の触手と体内に溜め込んだマグマの噴射の2通りだ。
ひとつひとつの攻撃は読みやすく、回避するのは容易だ。
しかし、同時に繰り出されたら、加藤の強化された動体視力でも躱すことは難しい。
だがどうやら、観察して ーーと言うか何度か喰らってーー 分かったのだが、《火炎悪性粘菌》は、この2通りの攻撃パターンを使い分けている。
『ブブーーーッ』
《火炎悪性粘菌》は、溜め込んだマグマを火炎放射器の様に吐き出した。
発射されたマグマの射程が長く、30〜40メートルはあるだろうか。
(・・・距離を取ると、マグマの攻撃のみ・・・そんで・・・)
それを踏まえて、加藤は《火炎悪性粘菌》との距離を詰める。
『ブブッ!?』
その瞬間、マグマの放射は止み、3本の触手が加藤に牙を向いた。
空を斬り、地を穿ち、加藤に迫る触手。それはさながら、嵐に立ち向かうアリのごとし感覚だ。
一瞬の気の緩みで、身体がバラバラになってもおかしくはない。
だがーーー、
「ーーーおっと!! ぶねぇっ!! とぉ!!」
《部分強化》で動体視力を強化している加藤にとって、荒れ狂う触手を見切る事など容易い。
触手を躱しながら、加藤は自分の考えに確信をもつ。
(近づけば触手で攻撃をしてくる・・・思った通りだ)
加藤は、再び《火炎悪性粘菌》から距離を取る。
(・・・遠距離攻撃にはマグマ。近距離には触手・・・そんで中間の距離では、その両方・・・。さっき、俺は半端に攻めようとしたから、両方の攻撃を喰らってた訳か・・・)
加藤の考察は当たっていた。
《火炎悪性粘菌》は、近距離の攻撃は触手で行い、遠距離の攻撃はマグマの噴射で補っていたのだ。
この戦法は、加藤の行為に起因していた。
先ほど、加藤は《火炎悪性粘菌》を殴り飛ばした。
《悪性粘菌》は強力な消化液を持っているため、獲物に触れた瞬間、取り込んで消化できる。だが、加藤の《部分強化》で強化された拳は消化する事ができなかった。
つまり、《火炎悪性粘菌》にとって、殴られるーーー否、相手に無傷で触られる事は、言わば初めての経験なのだ。
『ブブブッ』
その初めての経験から、《火炎悪性粘菌》は過度に慎重になっている。
万が一、触手を遠く延ばした状態で懐にでも入られたのならば・・・。
手も足もない身体だ。なすすべなくボコボコにされるだろう。
だから、自分の周囲は触手で守り、遠距離はマグマの放射でカバーする。
この戦法で相手を殺しきるつもりなのだ。
「ーーーと! 危ねぇ・・・」
吹き出されたマグマを回避した加藤。
流石に、何度もこなしている内に慣れてきた。よっぽど下手を打たない限り当たる事はないだろう。
(こいつの攻撃パターンは把握した。そっから考えるに、やっぱこいつ・・・特別、熱に強い訳じゃねぇな)
マグマを体に溜め込むという離れ業を見たからか、熱に強い身体かと思ったが違う。
先ほどのマグマの雨に打たれて以降、自分の周囲にマグマを撒き散らす事を避けている。
(近距離の攻撃を触手に限定したのも、吐き出したマグマを誤って浴びるのを避けるためだな・・・)
『ブビー!! ブゥビィ!!』
遠く離れた加藤を殺すため、次々と溜め込んだマグマを吐き出していく《火炎悪性粘菌》。もう溜め込んだマグマも残りわずかだ。
(・・・だが、なら最初にマグマを貯めた時、なぜ奴は無事だった? 確実にマグマ溜まりに落ちたはずなのに・・・最初にマグマに落ちた時と、降り注ぐマグマを浴びた時の違い・・・)
加藤は考えこむ。
と言うか、もう既に加藤の中では答えが出ている。彼が悩んでいるのは、この答えを鵜呑みにして命をかけるか否かだ。
「・・・」
ジト・・・と加藤の背中に汗が溢れる。
溶岩の熱気によるものでは無い。命をかける緊張からくる冷や汗だ。
「ーーーいや、このまま戦ってもジリ貧だ。なら一か八かで勝ちを拾いにいくっ!!」
ちょうど、《火炎悪性粘菌》が溜め込んだマグマを使い切り、ただの《悪性粘菌》に戻った所だった。
「ーーーっ!! 行くなら、、、、ここだろ!!」
その刹那、加藤は熱気立ち込める岩盤を蹴り、走り出した。
向かう先は、もちろん《悪性粘菌》の元だ。
『ブピッ!?』
再び、マグマを補充しようと、マグマ溜まりの近くまで跳ねてきていた《悪性粘菌》は、突然の敵の攻勢に驚いた声を上げた。
「! チャンスだ!」
放たれる3本の触手。
だが、強化された加藤の目には止まって見える。
ものの数秒で触手を躱しきり《悪性粘菌》の懐まで飛び込んだ加藤。
次の瞬間、《部分強化》で強化した拳を放った。
『ブブッ!!!』
だが、素直に殴られる《悪性粘菌》ではない。
バッ と跳躍して、あろう事か加藤の腕を身体に取り込んだ。
じゅう・・・と強力な消化液が加藤の腕を溶かしていく。
「ーーーづ!!」
ワッ と観客が沸いた声を加藤の耳は拾ったが、いちいち気に留めている暇はない。
なぜなら、今 この状態はーーー、
「ありがとよ。餌に喰らい付いてくれてっ!!」
加藤が望んだモノだからだ。
『ブッ!?』
《部分強化》で、事前に腕を強化しておいた加藤。鉄をも溶かす強力な毒液すら防いだ加藤の能力だ。消化液程度、なんて事はない。
「おーーーーっ、らぁ!!!」
次の瞬間、加藤は纏わりついた《悪性粘菌》を腕ごと高温のマグマ溜まりにぶち込む。
『ブビィーーーーーーッ!!!!!?』
マグマに浸された《悪性粘菌》は、ブワッ と震え出して縮小する。
『ブブブブブブブブブッ!!!』
じゅわ・・・と高温のマグマに包まれた《悪性粘菌》。だが、その身体は燃えもしなけれは、焦げてもいない。
つまり、無傷なのだ。
「ーーーづ! クソッ、簡単には死なねぇか!」
だが、《悪性粘菌》反撃をしてこなかった。
あれだけ猛威を振るっていた触手を仕舞い込み、縮こまって震えるだけだ。
加藤は、自分の考察が当たっていた事に内心ほくそ笑んだ。
「やっぱり、熱に耐えるには小さくなる必要があったか!」
《粘菌》は基本的に熱に弱いモンスターだが、《悪性粘菌》の中には、一定時間ならば消化液を体外に分泌して、高温にも耐えられる種類が存在する。
だがしかし、体外に分泌できる消化液は少量だ。
肥大化した体や巨大化した状態では、身体全てを消化液で覆う事はできない。
つまり、マグマに包まれた状態で目の前の加藤に攻撃をしようものなら、体を変形した瞬間、マグマに焼かれて死んでしまうという訳だ。
『ブビィ・・・』
ならば、一旦 加藤から離れてマグマから脱出するか・・・。と思った《悪性粘菌》だが・・・無理だ。
加藤の腕を咥え込んだ状態で身体を縮小してしまった。腕を一度 離すとなれば、やはり再び身体を変形させねばならない。
『ブブブ・・・』
つまり、《悪性粘菌》は現状詰んでいるのだ。
『ブブッ・・・ブ・・・ーーー』
そして、陸上生物である以上、液体の中で呼吸が出来るはずもなく・・・。
「!」
ほろほろ・・・とマグマの中に溶けていく《悪性粘菌》。
おそらく、窒息死したのだろう。
「ーーーっ!」
急いで腕をマグマから引き出した加藤。
どうやら、《悪性粘菌》で包まれていたため、腕は保護されて焼けていなかった。
「ふぅ・・・」
今度こそ《悪性粘菌》が死んだ事を確認した加藤は、腰を下ろして安堵の息を吐く。
《怪物闘技》第5回戦は、加藤 兵庫の勝利で幕を閉じた。




