第三章31 『第5回戦 ②』
その瞬間、うるさいくらいの観客の歓声が消えた。
「・・・!」
だからか、嫌というほど目からの情報が鮮明に加藤の脳に伝わった。
全ての動きがスローモーションに見えたのだ。
立ち上る煙も、火山から流れ出る溶岩も、そしてーーー、目の前に飛んできた《悪性粘菌》もだ。
加藤と《悪性粘菌》との距離は、100メートル以上あったはずだ。さらには、マグマが流れる河も挟んでいた。
それが、1、2秒目を離した隙に目の前に飛んで来た。
「ーーーっ!!? おっ、らぁ!!!」
身体を捻り、ギリギリの所で《悪性粘菌》を回避する。
ボゴォ、、、ン と《悪性粘菌》の一部が加藤の背後にあった壁に突き刺さる。まるで、鉄の槍の如し威力だ。
咄嗟の回避だったからか、立ち上る土煙の中に転がった加藤。
「い、、、てぇ」
加藤は、壁に突き刺さった《悪性粘菌》をよく見る。
どうやら、本体が直接マグマの河を渡り、飛んで来た訳ではないようだ。身体の一部を触手のようにして本体から放ったと言ったら良いだろうか。
と その時、《悪性粘菌》が加藤を攻撃してきた触手を頼りに、対岸からマグマの河を渡ってきた。
「・・・っ」
ボヨン、ボヨン、と軽快に跳ねて、加藤に迫ってきた《悪性粘菌》が突如、巨大化した。
バスケットボールほどの大きさだった塊が高さ2メートルを超す巨大な壁となる。
「いっ!?」
加藤は、咄嗟に熱気立ち込める地面を転がった。
次の瞬間、バクンッ と、先ほどまで加藤が居た地面に《悪性粘菌》が喰らい付いた。
硬い岩盤が、まるで砂のように削り取られる。
「あっ、、、ぶね!!!」
じゅわわ〜・・・と《悪性粘菌》に取り込まれた岩石が泡を上げて溶け出した。
『ブブブ、ブ?』
味覚があるのか、それとも取り込んだ物の感触を感じ取ったのか。対戦相手である人間が体内に居ない事に勘付いた《悪性粘菌》。
『ブ、ブブッ』
《悪性粘菌》は、ものも数秒で取り込んだ岩石を溶かし切り、辺りを探る。
と その時、加藤が日本刀を抜刀。死角から《悪性粘菌》に鋭い一閃を放った。
『ブン!?』
だがーーー、
「ーーーっ!!」
その刹那、加藤は白刃をブヨブヨとした塊の寸前で止めた。
そのまま、斬りかかる事をやめて《悪性粘菌》から距離を取る。
『ブブブッ』
ブルブルと不敵に震える《悪性粘菌》を睨みつける加藤。
「・・・」
加藤は、日本刀を握る自分の手が汗ばんでいるのを感じた。この手汗、マグマ流れる溶岩フィールドの熱気によるモノではない
ある種の不安から来るものだ。
「もしかして、だが・・・」
ちらり、と先ほど《悪性粘菌》が削り取った地面を見る加藤。
硬い岩盤が砂のように削り取られている。
「触れた物を一瞬で溶かして喰っちまう、なんて事はない、よな?」
もし、そうだとするならば、仮に加藤が日本刀で《悪性粘菌》を斬りつけても、一瞬で刀身が溶かされてしまうのではないか・・・?
つまり、それはーーー。
「こちらの攻撃がいっさい通らないつー事か・・・」
加藤の予測は概ね当たっていた。
《悪性粘菌》は、取り込んだモノに体内で生成した強力な消化液をかけて溶かしている。つまり、取り込まれない限り溶かされる事はないが、この消化液、少量なら体外にも分泌できるのだ。
『ブブンッ』
「な!!?」
《悪性粘菌》の本体から、3本の触手のような突起物が出現した。そして、その触手をーーー、
「やべっ!!」
鞭のように、縦横無尽に振り回す。
先ほど闘技場の壁を穿った様に、辺りの景色を破壊しながら鞭は加藤に迫る。
「ーーーぶ、、、ねぇ!!!」
《部分強化》で目を強化した加藤。
高速で振り回される《悪性粘菌》の触手を瞬時に見きって避ける。
「けど・・・早いし、威力もあるが、見切れねぇ速度じゃねぇ!!!」
目が慣れさえすれば回避するのは容易な攻撃だ。
加藤は そう思った瞬間、ある違和感を覚えた。
「ーーー1本足りない?」
先ほど《悪性粘菌》が出現させた触手は3本だったはず。だが、今は2本に減っている。
「1本仕舞ったのか・・・」
加藤は《悪性粘菌》の本体に目を向けた。
どうやら、触手を仕舞ったわけではない様だ。本体には触手の付け根が3つあった。
ならば、残りの見当たらない触手はどこへ行ったのか・・・。
「ーーーっ!!!?」
その刹那、加藤は全身の血が逆流した様な、嫌な感覚に陥った。
何度も感じた事のある感覚だ。
命の危険を知らせる合図。
「あぶ、、、」
咄嗟に身を引いた加藤。
その目の前を、音もなく《悪性粘菌》の触手が通り過ぎた。
「、、、ねぇ!!!」
何処からの攻撃か・・・っ!?
と 思ったが、分かりきっている事だ。
加藤は足元に目を向けた。
《悪性粘菌》は、消えた1本の触手を地中に這わせて、真下から奇襲したのだ。
だがーーー、
「なんで気づかなかった!!?」
いくら地中に触手の1本を隠したとしても、地面を掘削しながら敵に近づけるとなると、振動や音なので気がつくはずだ。
事実、加藤の頭を狙った《悪性粘菌》の最初の攻撃は、爆音を響かせて壁に穿った。
「ーーー! まさか・・・」
話を戻そう。
《悪性粘菌》は、体内で生成する強力な消化液で取り込んだモノを溶かす。そして、その消化液は少量であるなら体外にも分泌できるのだ。
つまり、触手の先端に消化液を分泌しておけば、地面と地中を高速で溶かして、音や振動を止めながら敵を奇襲できると言う訳だ。
「触れただけで死ぬ訳か・・・どこぞのモンスターみたいなだな」
加藤は、《悪性粘菌》の地中奇襲の手管を だいたい見抜いた。
その上でーーー、
「なら、佐伯さんの日本刀は使えねぇ! 流石に大切な武器をこの試合で溶かされる訳にはいかねぇからな・・・」
加藤は、ある大胆な攻勢に出る。
日本刀を納めて走り出す。向かう先は、もちろん《悪性粘菌》の元だ。
「うおっ、、、と、危ねぇ!!!」
縦横無尽に繰り出される、触れたら死ぬ触手の鞭を掻い潜りながら《悪性粘菌》の本体を攻撃範囲内に入れた加藤。
『ブブッ!!?』
接近されるとは思っていなかったのか、《悪性粘菌》は焦った様にブルブル震え出した。
だが、もう遅い。
「ーーーお、、、らっ!!」
加藤が拳を振り上げる。
回避できないと判断した《悪性粘菌》は、体外に強力な消化液を分泌する。触れた瞬間、加藤の拳が一瞬で解けるほどの消化液だ。
だがそれは、普通の拳であった場合だ。
加藤は《部分強化》で拳を強化。
鉄をも溶かすモンスターの猛毒にも耐えうる強度だ。消化液程度、なんて事ない。
『ブッ!!!?』
拳は《悪性粘菌》のブヨブヨとした身体にめり込む。
凄まじい衝撃を受けて、《悪性粘菌》は後方に吹き飛んだ。そして、背後にあった壁に激突。
弾力のある身体だからか、ポヨーン と間抜けな音を上げて跳ね返る。
そのまま、ボヨン、ボヨン、と地面を転がっていきーーー、
『あーーーっ!!!?』
実況の喚いた声と共に、ボチャン・・・とマグマ溜まりに落ちてしまった。
「よしっ!」
加藤は、ガッツポーズを見せる。
「思いっきり殴って、壁に跳ね返させてマグマに落とす作戦大成功ッ!!」
と言うのは方便だ。
本当は《部分強化》で強化した拳を使い、打撃でちまちまダメージを与えて勝とうと思っていただけだ。
《悪性粘菌》がマグマに落ちたのは、嬉しい誤算なだけ。
だが、勝ちは勝ちだ。
ワーッ、と大歓声が響いた。
5万人の観客たちも加藤の勝ちを確信した様だ。
「ふぅ・・・あつ・・・」
無事勝ち抜けた事で安堵した加藤。一気に溶岩フィールドの熱気を思い出す。
「あちーな。さっさとゲート開けて帰してくれよ」
などと独りごちる。
と その時、歓声に紛れてズルリ・・・ズルリ・・・と麻袋を引きずる様な音が聞こえてきた。
「・・・?」
徐に、音が聞こえる方ーーーつまり、マグマ溜まりへと、加藤は目を向けた。
そこにはーーー、
『ブブン』
体内にマグマを溜め込み、肥大化した《火炎悪性粘菌》がいた。