第三章23 『第3回戦 ③』
闘技場の沼地フィールドを縦横無尽に駆け巡る竜巻。
《飛竜》の羽ばたきで起こったモノの特性だろうか。吹き荒れる風は、まるで鋭利な剃刀のごとく《巨人族》の巨大な肉体を切り刻んでいった。
「・・・むう」
大木のような太く長い腕でガードする《巨人族》。だが、四方八方から吹き荒れる風の刃を塞ぐことは不可能だ。
数十秒間は吹き荒れた竜巻は《巨人族》を血だらけにして、ようやく収まった。
ボタ・・・ボタ・・・と血を流す《巨人族》。だが、倒れるほどではない。まだ巨木のような足を沼地に立てている。
『グルル・・・ガァァ』
その様子を上空から見ていた《飛竜》は、さらに追撃を加える。
体を仰け反らせ、胸に大量の酸素を取り込む。
次の瞬間、《飛竜》の膨れ上がった胸元が、まるでマグマで溶かされる岩のように赤黒く光った。
その姿を見た5万人の観客は、《飛竜》が何をしようとしているのか瞬時に理解できた。
『再び《飛竜》の息吹が炸裂するぅーーっ!! だが、今回はためが長いぞー!!』
実況の声と ほぼ同時に、灼熱の火砲が闘技場に放たれた。
その威力いなや、闘技場を囲う《防壁》の魔法が歪むほどだ。
熱風と衝撃波が沼地フィールドに駆け巡る。
だが、《飛竜》の攻撃は、これだけでは終わらなかった。
バサッーーー! と巨大な翼を羽ばたかせる。
業火に燃える沼地フィールドに、再び竜巻が発生した。
ゴゴゴゴッ と逆巻き、立ち上る火炎。
闘技場に巨大な火災旋風が巻き起こった。
たっぷり数秒間は、猛威を振るった火災旋風は《飛竜》の羽ばたきで消滅する。
『グルル・・・ゴガァァァアアアアアァァァアアアアッ!!!』
勝ちを確信したのか、空に向かって咆哮を響かせ《飛竜》。
それに呼応するように、闘技場の観客5万人が一斉に吠えた。
ウォォオオオォォオオオォォオオオ!! と木霊する声援は《怪物闘技》第3回戦の勝者を《飛竜》である事を決定づけたーーーかに思えた。
次の瞬間、業火に燃えて、黒煙立ち登る闘技場から巨大な石の槍が飛来した。
『ゴガ・・・ッ!?』
《飛竜》の脇腹に深々と刺さった石柱。
観客席から騒めきが巻き起こった。
『なんだ!? なんだなんだぁ!? 一体何が起こったんだあー!!?』
実況も観客も何が起こったのか全く理解出来ない。
無論、《飛竜》もだろう。
今の今まで空の上から絶対的有利に立っていたはずなのに、突如として脇腹に石柱が飛んできたのだから。
ぐらり、と空中でバランスを崩した《飛竜》。
だが、まだ堕ちるまでにはいかない。
水面に浮かぶ木の葉のように、ゆらゆらと闘技場の空を揺蕩よっている。
『グ、グルル・・・』
《飛竜》は地上を睨みつけた。
未だ、業火が吹き荒れる地獄の底のようなフィールド。
だが、その場に悠然と立っていた者がいた。
無論、《巨人族》だ。
《巨人族》は、全身に炎を浴びながらも生きていた。巨木のような足で沼地に立ち、岩のような拳を握っている。
闘志みなぎる戦士の姿が そこにあった。
「ふん・・・こんなモノか・・・」
《巨人族》が ぽつり、と呟いた。
『グルル・・・グガァ!!』
空を揺蕩う《飛竜》は、再び息吹を放つべく、胸に熱を集中させる。
「ふん。息吹か・・・そんなモノ、いくら撃ってもワシには効かんわい」
ゴキンッ、と岩のような両拳を打ち鳴らす《巨人族》。そして、その両拳をーーー、
「ーーーむんっ!!」
沼地に叩き込む。
地震のような揺れが闘技場を襲い、観客席の所々から悲鳴や叫び声が聞こえた。
ぐらぐら・・・と揺れる闘技場だが、無論、空中にいる《飛竜》には関係がない。
はずだが・・・。
「ーーー《神の槍》」
次の瞬間、沼地から無数の巨大な石槍が出現した。それは、まっすぐ空に陣取る《飛竜》に向かっていきーーー、
『ゴガァァァアア!!!』
その肢体を貫く。
《飛竜》の苦痛に塗れた鳴き声が、闘技場の空に響き渡った。
沼地から出現した《神の槍》は、《飛竜》の身体を貫いた瞬間、チリとなって消える。
後には、穴だらけになった巨大な爬虫類が空から堕ちてくるだけだ。
『ゴ・・・グガァ・・・』
《飛竜》が地面に堕ちる瞬間、《巨人族》がその首を掴む。
ガクン、と首根っこを掴まれた《飛竜》。
瀕死の重症だが、まだ息はあるようだった。
『ゴ・・・ゴゴ・・・』
《巨人族》は、そんな《飛竜》の首をーーー、
「ーーーむんっ!!」
強引に引きちぎる。
ぶちぶちぶちっ、と肉が千切れる湿った音の後に、ボグンッ、と巨大な骨がへし折れるくぐもった音が響いた。
《飛竜》の生首と、だらんとした肢体が沼地フィールドに転がる。
その光景を目にした5万人の観客たちは、シン・・・とした。
理解が追いつかないのも当然だ。
今の今まで防戦一方だった、ただデカいだけの人間が強力な《飛竜》を穴だらけにして、さらには首をもぎ取ったのだから。
しばらくして、訥々と実況の声がスピーカーから聞こえてきた。
「あー・・・その、えー・・・と・・・《怪物闘技》第3回戦はー・・・まさかの《巨人族》の勝利・・・です」
その後、《巨人族》は炎で爛れ、風に切り裂かれた身体をものともせず、悠然とした態度で闘技場を後にした。