第三章22 『第3回戦 ②』
『グルル・・・グァッ!! ガァァァアアアアァァァアアアア!!!』
神経を逆撫でする様な咆哮を《飛竜》は放つ。それを一身に受けるのは、対面に立つ巨大な人間だ。
その体躯は優に7メートルはある。
腕は太く長く、立ち上がった状態でも地面に届くほどだ。
ゴリラやチンパンジーに近いシルエットだが、獣の毛皮の出来た腰巻きや靴、上着などを着用している姿は文明人然のそれだ。
『さあさあさあぁ!!! 始まりました第3回戦!!!』
キィーン、と実況の声が闘技場内に響き渡る。
『空の支配者である《飛竜》が勝つのか!! それとも、大地に根付く巨木の如し《巨人族》が勝つのか!! どうなるんだぁーーーっ!!!?』
先に動いたのは《飛竜》だ。
《飛竜》の胸元あたりが、まるで溶岩の様に赤黒く光る。
次の瞬間、ばっくり と開かれたのアギトから灼熱の火柱が横向きに走った。
ゴウッ、と沼地フィールドを地獄に変えながら、火柱は《巨人族》に直撃する。
同時に、ワッ と5万人が叫んだ。
『うわぁぁぁあああ!!! 息吹だ!! 第3回戦は《飛竜》の先制攻撃で始まったぁ!! いや、終わったのか!!?』
息吹が直撃した《巨人族》は炎に包まれながら黒煙を上げている。不意にバチ、バチィッ! と何かが爆ぜる音が聞こえるのが不気味だ。
もしかしたら、すでに《巨人族》は炭化してしまったのだろうか。
誰もがそう思ったが違った。
ズンッ! と黒煙から巨大な足が踏み出された。
《巨人族》は《飛竜》の火炎を耐え抜いたのだ。
『えぇーっ!! アレで生きてんのっ!? マジで、マジでぇぇ!!?』
悠然と黒煙から歩み出る《巨人族》。
その瞬間、観客席の至るところで騒めきが起こった。
その原因は、黒煙から姿を現した《巨人族》の右腕だ。
酷い火傷を負っている。一部は炭化すらしていた。とにかく、重症と言うに相応しい状態だった。
《飛竜》の一撃は《巨人族》の命は奪えなくとも、右腕は奪うに至ったのだ。
『うわー、痛そー!! 右腕ボロボロじゃん! 正直、この状態で戦えるのか不安に思うけれどー、《怪物闘技》に棄権はなぁーいっ!! 命を賭けて戦うのが《怪物闘技》だぁー!! 腕が燃えようが、足が捥げようが、関係ない!! だってだって見て皆様!! 《巨人族》はまだ生きているっ!!』
実況の言う通り、《巨人族》は生きている。それだけではない。足場の悪い沼地フィールドを無造作に進んでいる。
その足取りは、腕が燃えている者とは思えない力強い歩みだ。
『グルル・・・』
悠然と歩み寄ってくる《巨人族》を警戒したのか、《飛竜》が巨大な翼を広げて空に飛び立つ。
沼地フィールドに暴風が巻き起こり、巨大な爬虫類の化け物が空えと舞い上がる。
「・・・」
一瞬で巨大な《巨人族》ですら手の届かない高所に陣取った《飛竜》。
『ガァァ・・・ゴガッ!!』
闘技場上空で《飛竜》が翼を羽ばたかせる。次の瞬間、巨大な竜巻が沼地フィールドに出現した。
逆巻く風が縦横無尽に沼地フィールドを駆け抜ける。
と言っても、《巨人族》の巨大を吹き飛ばすほどの風力ではない。だがーーー、
「・・・!」
竜巻が《巨人族》を襲った瞬間、切傷がその巨体に走った。
まるで、鎌鼬のように鋭利な風は、《巨人族》をズタズタに切り裂いて行く。
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その光景を7階のVIPルームから見ていた《大和王国》国王 関は憤慨した。
「クソがっ! 木更津の奴、何が太古の怪物《巨人族》だ! 《飛竜》などに一方的にやられとるではないか!!」
そう、第3回戦に出場している《巨人族》は、人攫いの木更津から買い取った関の奴隷なのだ。
「木更津め・・・っ! 今度は許さん!」
関はVIPルームに備え付けてあったマイクを手に取る。
「おいっ! 誰か居るか? 木更津に私の部屋に来るように言え!」
数秒経って、マイクのスピーカーから声が返ってきた。
『・・・あの』
声は関の取り巻きの1人だ。
『それが・・・木更津ですが・・・その、なんと言いますか・・・』
「どうした? さっさと呼べ」
訥々とした取り巻きの話し方に苛立つ関。だが次の瞬間、その苛立ちは彼方へと飛んでいく。
『実は・・・殺されまして・・・』
「なっ・・・んだと?」
『はい・・・西側エリアの6階VIP席の一室で惨殺されている、と報告を受けました・・・』
「だ、誰が、そんな事を・・・」
聞いておいて、関は その犯人に心当たりがあった。
6階VIP席で、その様な恐慌に出られるのは限られている。
『あの・・・ま、ままま』
取り巻きの声が震えて、言葉が次に続かない。
だが、その頭文字だけで関は全て理解した。
「魔道士様が・・・お怒りになられたのか?」
スピーカーから返事がない。
ただ取り巻きの荒い息遣いと、向こうでマイクを持つ手の震える音だけが聞こえてきた。
「・・・い、今すぐ、そその現場に、わわわ私が、むか・・・う。ま、魔道士様が、お怒りに、なななられたのなら、私が出向かない、わ、訳には、行かない、からな・・・」
関は震える手でマイクを切り、まるで死刑囚が刑場に向かう足取りのごとき歩みで7階VIPルームを後にした。