第三章19 『のぞきダメ! 絶対!』
ゴウン・・・ゴウン・・・と重厚な駆動音が響くのは謎の地下施設だ。
赤や青色のライトが、ぼんやり と灯り、薄暗い施設を照らしている。
施設は綺麗な円形をしており、広さは だいたい上部にある闘技場と同じくらいだろうか。つまり、直径100メートル以上はあるわけだが、薄暗いため奥まではよく見えない。
ただ、工事現場で見るようなリフトやコンテナ、小型の重機などが乱雑に置かれてあるところから、何かの工場のようにも見える。
「なんなの? ここ?」
アゲハは、ぽつり と言葉をこぼす。
闘技場ドームの地下駐車場にあった隠し通路をひたすら進み、突き当たりのエレベーターで数分降りたら、この地下施設だ。
怪しい所じゃない。
正直、不気味だ。
「シャノンが闘技場の地下に何かあるって言っていたが、こんな物があったとはな・・・」
上階に通じるエレベーター前で、呆然と地下施設を眺める島田とアゲハ。
よく見ると、湾曲した壁側から伸びる幾つかの通路と階下に通じる階段があった。
と その時ーーーバタバタ、と1つの通路から誰かが こちらに向かってくる気配がした。
「! 誰かくるよ!」
「クソッ! やっぱり気づかれたか! アゲハが大きい声をだすからっ!」
「は? 私のせい? マサルの奇行のせいでしょーが」
「なんで俺のせいなんだよ! と言うより、言い合っている暇なんてないぞ! 隠れないと」
「ちょ、この人たちはどうする?」
島田が食虫植物のエキスで眠らした、この施設の職員らしき2人の男女。
この状態で放置して置くのは不味い。
仕方がないので、2人を担いで近くのコンテナの物陰に隠れる。
しばらくしてから数人の、これまた同じようなオレンジ色の作業着姿の者たちがエレベーター前に集まってきた。
「##!? ########!?」
「******?」
「$$$。$$$$$$$$$$$$-$$」
その光景を近くのコンテナの影から覗く島田。
「なんだ? 何を言っているんだ?」
集まってきた作業員たちは、エレベーター前で何やら言葉を交わしている。だが、島田には言葉の内容は理解できなかった。
「ーーークソッ! 帝国の言語か。よく分からんな」
と その時ーーー、
「“なんだ!? 今の声は!?” って言ってる」
「えっ?」
「その次が“える、でりあんか?” で、次は“まさか。エルデリアンがこんな所にいるわけねーよ”ね」
アゲハが帝国の言語を通訳した。
「アゲハ・・・奴らの言葉が分かるのか?」
「うん。何となくだけど・・・理解できる。上にあったエレベーターの文字と同じね。聞いた事もない言葉だけど不思議と意味が理解できる」
「マジかよ・・・《覚醒者》の能力なのか?」
「まさか。私の能力は《第六感》だけよ。私に能力の使い方を教えてくれた人がそう言ってたし」
淡々と答えるアゲハに、島田は怪訝な目を向ける。
(・・・《覚醒者》のほとんどが目覚めるまでの十数年間の記憶を失っている。アゲハもそうだと聞いたが・・・まさか、アゲハは過去に帝国と関わっていた時期でもあるのだろうか・・・)
アゲハを見る島田の目が険しくなっていく。
(いや、それより・・・まさかアゲハは、帝国の仲間だって事は・・・)
「ーーーっ!!」
島田は、そこで思考を無理やり中断する。
(落ち着け。アゲハは仲間だ。今まで何度も助けられただろ! それより今考えるべきはーーー)
「アイツら、辺りを探したりしないだろうな」
地下施設は照明が少なく薄暗いため、近くのコンテナの影に潜むだけで簡単に身を隠せる。だが、不審に思われて辺りを捜索でもされたら、そうはいかない。
すぐにバレてしまうだろう。
だがーーー、
「大丈夫みたいよ」
アゲハは平然とそう答えた。
「え?」
「アイツら声に驚いただけで、大して問題にしてないもの。直ぐにどっか行くわよ」
アゲハの言う通り、集まってきた連中は笑い合いながら直ぐに戻っていった。
「ね!」
「本当だ・・・」
「助かって良かったね」
アゲハは言いながら言葉にウインクを乗せる。
「助かったが・・・、この先どうしようか? 何とか脱出したいが、この感じだと すぐに見つかるだろうし・・・」
「あっ! それならアゲハちゃんにナイッスなアイデアがあるよー!」
頭を抱える島田とは対照的に、明るい口調のアゲハ。
「ナイスなアイデア?」
「むふふーそれはね、この人たちの服を着るの」
アゲハは、足元に横たわる眠らせた男女2人を指差す。
「・・・こいつらの服をか?」
「うん! 多分、このオレンジの作業着をきたら、ここの連中に紛れ込めると思うの」
「えー・・・無理があるだろ・・・」
作業員と島田やアゲハとでは、見た目が全く違う。
作業員は、皆 体が大きく、顔は堀が深い。いわゆる北欧系のような見た目をしている。
一方、島田とアゲハは純日本人。小柄で顔は平たい。
服を一緒にした所で溶け込める気は全くしない。
だが、アゲハは自信満々だ。「大丈夫、大丈夫」と言いながら、眠らした女性の方を引っ張って更に物陰に隠れる。
「今から着替えるから覗かないでよー」
などと言って、早速 着替え出す。
島田は「えー」と言いながらもーーー、
(いいアイデアとは言い難いが、代わりになるような考えは俺にはないしな・・・)
仕方なく、アゲハと同じように眠りに落ちた作業員の服を剥ぎ取り出した。
一方、アゲハは既に作業着を剥ぎ取り、自分の服を脱ぎ出している最中だった。
男物のぶかぶかのジャケットを抜いで、下のシャツに手をかける。
その瞬間、ふと視線を感じて見上げるとーーー、
『ジー・・・』
と、巨大な目玉がこちらを見ていた。
目玉というより、猫ほどある巨大なひとつ目の虫だ。
「・・・」
すでに、アゲハはシャツを半分ほど上げかけてる。胸も一部見えかけている状態だ。
そんなアゲハを『ジー・・・』と巨大な目に映す虫。
「フッ・・・」
思わず吹き出してしまったアゲハ。
そして、数秒ほど間が開いた後ーーー、
「のぞきィ、退ーーっ散!!!」
拳で巨大な目をつぶす。
ボグゥ、と水風船を殴ったような弾力を感じて、巨大な目を持つ虫は後方に飛んでいく。
次の瞬間、虫のお尻部分が蛍のように光り、けたたましい警報音を響かせた。
いつの間にか、アゲハの周囲に同じような虫が姿を現していた。そして、ビィー! ビィー!と鳴り響く警報音は施設中に伝播していく。
「どうしたアゲハ!」
島田が驚いた顔をして飛び込んできた。
その最中も、けたたましい警報音は鳴り響いている。
それだけで、島田は何があったのか理解した。
2人は見つかったのだ。
「最悪・・・」
苦虫を噛み潰すように、そう言ったアゲハ。
だが、今は嘆いていても始まらない。すぐに逃げるべきだ。
島田は、アゲハの手を引く。
「アゲハ、今はーーー」
「着替え覗かれた・・・」
「それは確かに腹立たしいだろうが、今は見つかった事を嘆け!!」
島田は、アゲハを引き連れて地下施設から逃げ出そうとする。だが、降りてきたエレベーターは扉が閉じていた。おそらく、上に上がった状態なのだ。
この場でのんびり待っている暇などない。
そうこうしている内に、通路の方からバタバタと人の足音が聞こえてきた。
「チィ!」
島田は仕方なく、人の気配がない階下へ繋がる階段を降りていった。