ジャンクパーツ・ワンダーランド!
わりとあほな主人公がものすごい悪あがきをする物語です。
頑張って書きます
俗に言う、乙女ゲームというものをご存じだろうか。
恋愛を主軸に扱うゲームの中でも、読んで字のごとく女性をメインターゲットとして作成されたシミュレーションゲームを総称してそう呼んだりする。
ものすごくざっくり説明すると、主人公周りにいる複数(場合によっては多数)のイケメンから狙いを絞り、選択肢やパラメータを駆使して相手の心を掴むのが目的のゲームだ。
中にはまんべんなくイケメンの心を狙い撃って総取りするエンドや相手がしんだり自分がしぬエンド、誰にも振り向いてもらえず一人わびしく迎えるエンド、場合によっては友情をとってのズッ友エンドなどバラエティに富んだエンドもあるにはある。
そして、私はそういうゲームを嗜むタイプのオタクだった。過去形である。
今生の更に前、私はただの日本人で小遣いとバイトから捻出した小金をやりくりして乙女ゲームに興じるのが趣味の、なんてことない一般人だった。
それが死んだと思ったらなんか見覚えのある世界観で産まれていたのだから、人生わからないものである。死因は事故。それも飛行機の墜落。避けようがない。
大学卒業を間近に控え、就職祝いの小旅行で家族全員搭乗していたので、たぶん私含めた全員助からなかったのではなかろうか。エンジンが火吹いてたし。文字通り家族との今生の別れを口にできたのは幸いだったかもしれない。家族も来世に恵まれていることをただ祈る。
さて、きりもみ回転してグシャッとなって暗転して、私が生まれたのは個人的にめちゃくちゃハズレだと思ってた乙女ゲームの世界だった。ひどいと思う。
というのも、元々私がその乙女ゲームを購入した動機は『秘密の機能搭載』という謳い文句につられたからだ。ついに気に入らない輩をぶん殴れるツッコミ機能が搭載されたと信じて買ったのに、その『秘密の機能』とやらはぜんぜんそんなんじゃなかった。ちくしょう。
ドラマCDから設定資料集まで網羅した初回特典付きのとてもお高い値段で手に入れたにも関わらず、『秘密の機能』は期待外れ。舞台や設定はそこそこに好みだったが、キャラクターの性格や言動はどうにも肌に合わず、その辺から段々腹が立ってきたので『こうなったらこいつら完墜ちさせて盛大に振ったろ』というゲスい理由から私はそのゲームをフルコンプリートした。大変だった。
だというのに、好感度MAXには選択肢が存在しないというゲームシステムの前に私の望みは敗れた。誰かひとりくらいいるだろうという一縷の希望を胸に、意地と根性で挑んだ私の努力と湯水のように使った時間はすべて徒労に終わったのだった。ひどい裏切りをみた。エンドもすべて回収したが、求めていたものはなに一つとして得られなかったのである。
なにが悪かったと問われれば、ぶっちゃけそのゲームと自分の趣味嗜好が相容れなかっただけの話なので……ようはとびきり私の勘が悪かったということになる。
そんな乙女ゲーム遍歴の中でも個人的ワーストトップに躍り出た世界にオギャアと生まれてしまったのだから、世の中理不尽と不思議でいっぱいだ。ままならない。
そんな私の期待と望みのことごとくを裏切ってくれたゲームの題名を──『ジャンクパーツ・ワンダーランド』という。
×××××
空は快晴、心地よい潮風が頬をなぞって過ぎていく。
綺麗に舗装された石畳を歩いていれば、遠目には蔦の絡まるチャペルや手入れの行き届いた芝の美しい広場が見える。中でもとびきり異彩を放っているのは煉瓦造りの瀟洒な学び舎──ではなく、お城である。それも日本の城郭。
頑丈な石垣に白塗りの城壁、屋根には当然のように据えられた鯱瓦。その周りをホウキに跨がって宅配便をぶら下げた魔法使いや「遅刻だー!」とか雄叫びを上げながら有翼の生徒たちが飛び交っているのだから異様な光景極まりない。
けれど、これがこの学園都市『セントエルモ』の日常風景である。
あの城郭こそ、この学園都市に在籍する生徒たちの学び舎であり、日常の舞台なのだ。信じられないことに。なんでも設計を依頼された建築家集団がたいそうな趣味人だったという噂がまことしやかに流れているが、真相は藪の中だ。
他にも学園施設としては順当な体育館や図書館などのそれっぽいものも隣接しているが──他にはなんだか悪の組織のアジトみたいな建物や、明らかに科学研究所めいたもの、おまけにダンジョンの入り口っぽいものまであるのだからその無秩序っぷりが窺える。
「頼む! あと三日、いや一日! 一日でいいから待ってくれ!」
そんな芝生の木陰の隅っこで、ひとりの男がみじめったらしい喚き声を上げながらベンチに座る者の前で這いつくばっていた。制服からかろうじて学生だということは分かるのだが髪はぼさぼさで汚らしく、額からは極度の緊張から脂汗が浮いている。
「そうすりゃ返せる! 絶対だ! あんただってそっちの方がいいだろ!? なぁ!」
「……」
芝生の土を露出させんばかりの勢いで地面をかきむしりながら必死に言い募る男を冷めた目で見つめているのは、ひとりの少女である。
小柄で華奢で、学園の制服を改造もせずにきちんと着こなしている。大の男の醜態を前にしているというのに、深い藍色の瞳は無感動なままぼんやりとしている。つまらないテレビ番組を惰性で見ているような感じだった。
それをどう捉えたのか、男はかすかな希望を見いだしたようにまくし立てる。
「そ、そうだ! なんならあんたがオレを買ってくれ!」
男の話を聞いているのか、少女はふとあらぬ方向へ視線を向けた。
「そうすりゃ、そうだよ、それならオレだって──」
「ばーか」
少女の目線の先──男の背後、いつの間にか現れていた何者かが、手に持っていたもので男の脳天をぶっ叩いた。
「ぐげぇえッ!?」
重くて硬いものを叩きつけるごいんッと痛そうな音がして男はばったり倒れた。
「!、!? な、ァ──、……!!」
「あー、やだやだ。いやなもの聞いちゃった」
声も出せないほどの激痛で頭を押さえてごろごろ転がる男の腹を容赦なく足で踏みつけ「うぐぇ」ぐりぐりしながら、鈴が転がるような声は不機嫌を隠そうともせずに続けた。
「返さなきゃいけないものすらろくに返せないばかを『マオちゃん様』が買う? なんの冗談かな? だめだめのダメ男、ほんとだめ」
可憐な少女に見えた。どことなく陰気な雰囲気で、背丈は低く、こちらはベンチに座る少女と違って制服がゴスロリちっくに改造されている。
細っこい手に握られているのは先ほど男を殴打した武器──否、武器ではない。それは火かき棒に見えた。暖炉の隅に置いてあるような、鉄の棒。だがその先端には『×』印を模した金具が取り付けられていた。
「やくそくも守れない、お金も返せない。なのにマオちゃん様には『待ってくれ』? それどころか、『買ってくれ』? よくそんなこと言えるね? なんでそっちがお願いできるの?」
言っている間に羽衣のような赤毛がざわりと蠢き、金の瞳が暗い彩を帯びる。
そして、手に持っていた火かき棒──否、焼き鏝の先端が唐突にじゅう、と音を立てた。火元はどこにもないのにひとりでに温度を上げ、『×』印が熱を持って赤々と煌めき始めている。
「ひぃッ!?」
それを見てしまった男が悲鳴を上げる。万が一にでも押し当てられれば、人間の肌なぞたちまちに焼け爛れてしまうだろう。
「ねぇ、ねぇ、どうする?」
熟しきった柿のような色をした火かき棒を勢いよく振り回し、心なしうきうきした調子でゴスロリ少女が『マオちゃん様』へ問いかける。
そこでようやく、少女は夜空をそのまま写し取ったような髪をかすかに揺らしながら、くちびるを開いた。
「……そうだね」
ゴスロリ少女より幾分か低い、それでも耳に慕わしい声だった。
だが、心底からめんどくさそうにつぶやかれる言葉は酷薄だった。
「サーラの言うとおり、返済期限はとっくに過ぎた。これでも待った方だと思うんですけどねぇ……再三の督促は無視してくれやがりましたし、直接呼び出してみればこれですか。あいにく、将来の展望どころか返済能力もないバクチ狂いを養う余裕なんてうちのファミリーにはありませんよ、サイ・ヘケート。それを厚顔無恥にも買ってくれとは……よく言ってくれたもんだ、私は感心しましたよ」
『マオちゃん様』こと、マオ・ラグーナ。
彼女は国内で日々しのぎを削っているマフィアのひとつ、『ラグーナ・ファミリー』の次女であり、この学園都市においては東地区の賭博場における管理役だ。
この学園都市でバクチは黙認されている、どころか合法と言ってもいい。バイト、ダンジョンでのモンスター討伐や定期開催されるオークションへの参加、研究開発に情報の売買……学園に学費を返せるのならその手段は本人の自由だ。ただ、このサイ・ヘケートの選んだ手段がバクチで、彼はそれをしくじった。ビギナーズラックで勝利の蜜を味わってしまったのが運の尽き。あとはもうお察しである。負け越しては散在し、次は必ずと嘯いて金を借りる。典型的な負のループにはまってしまったのである。
だから、マオは胸の前で手を組んで、それまでの面倒そうな様子を一変させてにこりと笑った。
「その心意気に敬意を表して……いいですよ、買ってあげましょう」
「ええ~?」
「うえっ、ほ、ほんとに!?」
マオの発言でサーラと呼ばれたゴスロリ少女が不満げに唇をひん曲げ、サイ・ヘケートは降って湧いた幸運に顔を喜色に歪めた。
「ええ、ただし──」
笑顔のまま、マオはぱきりと指を鳴らす。
すると、待ってましたとばかりに彼女の足下の影が不気味に伸び上がり、みるみる何かを形作るとある一点でぷつんと途切れた。
瞬きの間に着色まで済ませたそれは、巨大な着ぐるみである。
熊とも猫ともつかない、目にしているボタンの位置が悪いのか雰囲気のせいなのか……絶妙に可愛くないが迫力だけはある着ぐるみが、サイ・ヘケートの腕を掴んで有無を言わさずあらぬ方向へぬしぬしと歩き出してしまう。それは罪人を連行する警邏の動きそのもので、絵面だけは妙に牧歌的でシュールだった。
「え、あ? ちょ、」
唐突な展開について行けず戸惑うサイ・ヘケートに、マオはひらひらと手なぞ振ってみたりしつつ付け足した。
「ちょうど、うちで囲ってる優秀なお医者さんが健康な人間が欲しいってゴネてたので治験としてご協力ください。寝ているだけでいいそうですよ。いやー三食昼寝付きとは羨ましいですねー」
最後の方は完全に棒読みだった。
「は、……!!??」
言葉の内容を脳で咀嚼したのか、元々悪かった顔色はもはやチアノーゼでも起こしているかのような瀕死のそれに変化していく。慌てて着ぐるみから腕を振りほどこうと足掻いているが、存外に着ぐるみの力は強いらしく全く外れない。
「くそ、このッ──ま、待て! 待ってくれ頼む!」
「お望み通り、貴方に課された学費と重ねた借金分、きっちり働いて返して頂きます。利子付きでね。ああ、学園側にはこちらから通達しますのでご心配なく。管理役の義務ですから」
「あのドクターなら臓器くらい再生よゆーだもんね。返しきるまで働けるならマオちゃん様もみんなも安心だ、やくそく守れる。そっちも安心。ぱーふぇくと♪」
「なんで、なんで……」
マオのにべもない返事とサーラの言動で己の末路を悟ったのか、サイ・ヘケートは絶望したように一度うなだれ、やがて震えながらがばりと顔を上げた。
「なんでだよ! こんなのおかしいだろ!? オレは、いちど世界を救ったのに──!!」
魂を削るが如き絶叫だったのだが、マオたちの反応は辛辣だった。
「ははぁ、それに胡座かいてた怠慢のツケってわけですか。なるほど、体力には期待できそうで何よりです」
「けっこーいるよねぇ、世界救ったの。いちばん有名なのは三回救ったやつだっけ?」
いつの間にか熱を失っている焼き鏝を片手に、ベンチに座ったマオの膝に頭を乗せて甘えながらサーラが言えばマオも指先を顎に当てながら思案げに。
「今のところ最高記録って先生から聞いたなぁ、あの布団くん。将来有望かもしれないけど、あれ、すごい人間不信らしいからちょっとね……」
実力は申し分なさそうだが、そんな噂なので勧誘も迷っている。他の事情もあるにはあるけど。
世界を救ったというのはこの学園都市の存在する世界……ではなく、まったく『よその世界』の話であり、ことうちの学園ではあまり珍しいケースではない。
──国と国。或いは世界。或いは時間。異なる場所から異なる場所へ。魔法に類する術を以て『移動』した際に事故や失敗などの致命的なトラブルが発生したとき、対象者が『行き着かされる場所』。
それが、この学園都市『セントエルモ』の正体である。
誰が呼んだか『トリップ人材の墓場』というのは、なかなか言い得て妙だとマオは思う。
ゆえにこその──『ジャンクパーツ・ワンダーランド』なのだ。