第8話 飛翔石
涙に濡れた手のひらに、薄紅色の勾玉が光っていた。
春になると山裾を彩る五弁花の色によく似ている。
泣きじゃくるツバキナの腕を取り、チヤギが渡してきたものだ。
この美しい宝珠をツバキナもよく知っている。
チヤギがずっと大切に首に提げていたものだから。
特別なものだということも分かっている。
この勾玉を見つめるチヤギの顔が美しいから。
そんな宝物が自分の手に渡された現実が恐ろしい。
「〈飛翔石〉じゃ」
顔をあげると、皺深い顔にある慈愛に満ちた双眸とかち合った。
もうチヤギの目に迷いはない。
強い決意が漲っている。
そんな祖母の決断を否定したいのに、五十年に亘って村を仕切ってきた指導者の迫力は強烈で、威厳を携えた眼差しがツバキナの意識を捉えて放さない。
自分の意志すらも伝えられないのか。
不甲斐なさに、ツバキナの胸が鋭い針に突き刺される。
また涙が込み上げてきて、頬を伝った水滴が薄紅色の勾玉をも濡らしていった。
「これを使って空を往け」
「空……を……」
乾いた唇からようやく声を絞り出す。
けれど、情けなく掠れて、そして最後は途切れてしまった。
「そうじゃ。この宝珠を使えば空を飛べる。お前も知っておるじゃろう? エソトオは宙に浮くことができる。二人で協力して島を出るんじゃ」
ツバキナの黒い瞳が再び大きく見開かれた。
自分は知っている、その事実を――。
空を漂うエソトオ。
最初にその姿を見た時は、夢を見ているのかと思った。
星空の下、宙に浮いている彼の姿があまりにも綺麗で。
細い月と煌めく星々を背景に、たくさんの光を集めた白金の髪が風に揺れ、とても幻想的に見えたから。
彼は普通の人間ではない。
六歳のツバキナも幼心にそう思った。
けれど、驚愕や恐怖よりも憧憬の気持ちの方が断然上だった。
鳥の羽のように身軽なエソトオ。
恐れるなんてとんでもない。
それよりも、もしも記憶が戻ったならば、どこか遠くに飛んで帰ってしまうのではないかと不安に駆られたものだ。
村民たちもそうだった。
この島はもともと外界から隔絶されていて、伝承や因習が当然のことのように信じられている。
加えて極度に高齢化した社会。
奇怪な能力を隠すことのないエソトオの存在も、まったく問題視されることなく素直に受け入れられていた。
それどころか、天からの贈り物なのだとみな喜んでいたようだ。