第9話 轟音
チヤギに手渡された勾玉が〈飛翔石〉というもので、本当に空を飛ぶ力を持つのだとしたら……。
エソトオと二人で飛行してこの島を逃げ出すのも可能だ。
混乱する思考の中でも、チヤギが発した言葉の意味を、ツバキナはすぐに理解することができた。
「いやっ、いやだよ!」
老婆の胸に飛び込んでいた。
喉も嗄れよとばかりにツバキナは泣き叫ぶ。
――できない。
この島にみんなを置いたまま逃げ出すなんてできるわけはない。
本土からたったひとり、連絡船に乗りエィヌ島にやってきた六歳の小さなツバキナは、島のみんなに愛されて育った。
幼い頃は毎日一軒一軒違う家に泊まりにいった。
どの家の爺婆も、ツバキナとエソトオを実の孫のように可愛がってくれたものだ。
香ばしく焼いた菓子、畑で育てた新鮮な野菜。
腰が痛いのを無理しながらもみんなでついた餅を頬張った。
風邪を引けば、貴重な蜂蜜を使った甘い茶を惜しむことなく飲ませてくれた。
年頃の娘にはと、綺麗な服を縫ってくれた。
みんなみんな、ツバキナにとっては大切な家族だ。
「ツバキナ、お前はこの島の大切な子供じゃ。子供は親より長く生きるのが親孝行というもの。なぁ、気持ちは嬉しいが、分かっておくれ」
「いやっ、絶対にいやだよ!」
チヤギの言いたいことは分かる。
けれど首を縦に振るなどできない。
腕の中で泣きじゃくるツバキナに困り果ててしまったのだろう。
頭上から浅い溜息が降ってくる。
物分かりの悪い孫だと呆れられてしまったかもしれない。
でも、それでもいい。
ツバキナはより一層深くチヤギの胸へと顔を埋めた。
しかしチヤギの方も譲らない。
声音を幾分低くして、ツバキナの艶やかな黒髪を優しく梳きながら、説得力のある内容を囁いてくる。
「島のみんなはもう高齢じゃ。儂も七十七歳だが、ほとんどの者が七十歳を超えておる。ツバキナ、よーく考えてごらん。あと十年もしたら、この島の人間の恐らく半数は死んでおるじゃろう。そんな老人たちと一緒に、二人の若者を死なせるわけにはいかんのじゃ」
十年後の未来を告げ、ツバキナとエソトオが生き残るべき正当性を提示した。
「違うよ、チヤギ婆! さっき船で逃げようとしていた爺様たちは『死にたくない』って言ってた。みんな怖いんだよ。この島から逃げ出したいんだよ。それなのに、みんなを置いてわたしとエソトオだけが逃げるなんてできないっ!」
大きな荷物を抱え小さな船に乗り込んでいた爺たちの姿が脳裏に蘇る。
みんな、恐いと思っている。
焼け死ぬより海に逃れた方がマシだと断じて、無謀な行動に出てしまうほどに。
ツバキナの言葉を受けたチヤギの瞳が陰る。
五十年間、伊達に村長を務めてきたわけではない。
島民一人ひとりの気持ちが、老女には手に取るように心に響いているはずだ。
軽く頭を振り、チヤギが何かを口にしようとした、その時――。
ゴゴゴゴゴォッ!
天地を掻き毟るような轟音が響いた。
ツバキナとチヤギのいる家も大きく揺れる。
近くで崖が崩れたのか、強烈な瓦解の音と人間の悲鳴が外から流れ込んできた。




