第26話 父の真心(エソトオ)
大きな黒真珠の双眸を見つめながら、エソトオは素直に思う。
彼女がいなかったならば、恐らく自分はこの島の生活に耐えられなかっただろう。
明るく優しく、そして美しいツバキナの存在が、エソトオにとって心の安らぎだった。
父王に見捨てられた悲しみを紛らわせてくれるのは、本土から独りで来たというこの少女。
彼女という存在が、エソトオの中にあるエィヌ島の価値を押し上げてくれたのだ。
そんな彼女が告げた。
――関係ない、家族じゃない、と。
それはどんな鋭利な剣に突き刺されるよりも、エソトオの心に鋭い痛みを感じさせた。
本当は、島の村人たち全員をエソトオは助けなくてはならない。
それが父王に与えられた使命だったのだから。
しかしツバキナの言う通り、もう遅いのだ。
予想したよりもずっと早く火山活動が活発になってしまった。
それに加え、本土へ救助要請を出したことに安堵して、見捨てられた場合の対応を考えていなかった。
今から飛翔船を出したところで、恐らくは間に合わない。
さぞかしチヤギも己の判断を悔いたことだろう。
救助船など当てにせず、もっと早く飛翔船を出す準備をしていれば……。
海が荒れる前ならば、本土への航海はそれほど難儀なものにはならなかったはずだ、と。
だが、それも後の祭り。
間に合わないと分かった時のチヤギの判断は正しい。
このまま全員村と共に焼け死ぬより、まだ若いツバキナだけでも助けるべきだ。
潔いチヤギの考えに同意したからこそ、エソトオも腹を括ったのだ。
しかし。
あの言葉が……。
どうしても、耳から、頭から、心から、離れない。
『エソトオ……寂しいことを言ってくれるな。お前も……ツバキナと同様じゃ。この島の――大切な子供なんじゃ』
チヤギの言葉。
それはエソトオを本当の家族だと告げていた。
――今なら、分かる。
父王スミナダドウの真心が。
あの時、〈ハンマユラリュ号〉に届けられた情報は偽りだった。
地上人との交友に反対する勢力との政治的対立。
それが激化したため、一時的にエソトオたちは飛翔船で退避した。
その後、抗争が鎮圧されつつあるという報せが来たが、幼心にもエソトオにはそれが嘘の情報だと分かっていた。




