第25話 継承(エソトオ)
スミナダドウは賢王と呼ばれていた。
そんな父王が大切な妻の形見を授けたのだとしたら――。
この老女との関係は頗る良好だったという証だ。
彼が寄せる信頼も計りしれない。
「その石は……あなたの……もの」
チヤギの腕を押し返し、エソトオは笑顔を繕った。
心から笑ったわけではない。
友好的な関係にある者に対する儀礼の一つとして。
その後、チヤギに連れられ、彼女の家へと辿り着く。
そこで待っていた黒髪の少女に迎えられ、新しい名前を与えられた。
自分の本当の名を名乗っても良かったのだが、どうやら父王はチヤギに自分の名前を教えてはいないようだった。
そればかりか、この島に似合う新しい名前をつけるようにと頼んだらしい。
どうせ捨てられたわけだ。
異論はない。
エソトオはやんわりと卑屈な気持ちを抱きながらも、表面的には理想的な笑顔を作って新しい名前を受け入れた。
エソトオ……白百合という意味の女々しい名前を。
それから十年。
この小さな村でエソトオはすくすくと育った。
しかし、月昇球の王子として何不自由なく生きてきた彼にとって、極めて質素で、そして高齢化したこの村での生活は、とても快適とは言えなかった。
村民は皆優しく、エソトオを大切にしてくれる。
島は温暖で過ごしやすく、ゆっくりと流れる時間がエソトオは好きだった。
けれど……。
それでも、己の中の暗い心を消化する術を知らず、鬱憤は少しずつ溜まっていった。
外へと続く祠堂の扉の前に佇んで、エソトオはぐっと睨み付けてくる少女の顔を見る。
地震は今も続いている。
先ほどよりも強くなってきた揺れに、彼女の顔がさっと焦燥の色を纏う。
エソトオに何かを訴えようと開かれた珊瑚色の唇が、言葉を発することなく閉ざされる。
耐えているのだ。
堪えているのだ。
突然立ち止まったエソトオがどんな判断を下し、そして行動するのかを彼女は待っている。
本当は泣いて逃げ出したいはずだ。
誰だって焼け死ぬのは恐い。
けれど、彼女はこの島を決して出ようとはしない。
そこに、この島民たちの優しい血の流れを感じる。
しっかりと受け継がれているのだ。
五十年前、どこの国から流れてきたのかも分からない月昇人を身を挺する覚悟で助けてくれた熱い血潮が。




