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第10話 拒絶

「チヤギ婆! みんなが!」



 助けに行かなければ。


 叫んで感情のまま外へ出ようとするツバキナの身体は、力強いチヤギの腕に押さえられていた。


 有無を言わせぬ力。


 ツバキナの肩に深く食い込んで痛いくらいだ。



「放して、チヤギ婆! 怪我をした人がいるかもしれない!」



 必死に訴えるが身体はまったく解放されない。


 募る苛立ちに振り仰ぐと、チヤギの視線は閉まった扉へと縫い付けられていた。


 外に誰かがいるようだ。



 藻掻くツバキナを拘束した状態で、鋭い声をチヤギが入口へと飛ばす。



「エソトオ、戻っておるんじゃろ? 入ってきなさい」



 チヤギの声に応えて、エソトオが扉を開けて入ってきた。



 その顔を見てツバキナは声を失う。


 外で起こっている惨状を目の当たりにしたであろうはずなのに、彼の表情は至って平静のまま。


 被害状況を確認したり、ましてや助けに行こうとする気配がない。


 その事実がツバキナを憤らせる。



「エソトオ! こんなところにいないで、早くみんなを助けて!」



 自らもチヤギの腕から逃れようと身を捩りながら、ツバキナは涼しい顔の青年へと怒声を投げつける。


 が、エソトオはツバキナの声になど耳を貸す素振りも見せず、じっとチヤギの目を見つめていた。



「聞いておったんじゃろ? エソトオ、マダクシの〈飛翔石〉はツバキナに渡した。二人でこの島から逃れるんじゃ」



 ここで初めてツバキナは気づく。


 エソトオの様子がおかしい。



 今まで一度も見せたことのない表情。


 口を厳しく引き結び、白金髪の下、美しい眉根には皺が刻まれている。



 これは板挟みになった人間が苦悩する時の表情だ。


 チヤギの決断にエソトオも困惑している。



「チヤギ婆、それでは約束が違います。スミナダドウが僕に命じたのは――」


「黙りゃっ、エソトオ!!」



 まるで怒髪天を衝くような、激しい怒り。


 優しく温厚なチヤギからそんな声が放たれたことに驚いて、ツバキナは小さく悲鳴をあげた。



 地震の揺れには動揺せず窓辺に留まっていた白い鳩も、この声にはただならぬ危機感を覚えたのか。


 バサバサと羽音を立て、荒れた空へと慌ただしく逃げていく。



「スミナダドウとの約束については儂が赦す。あの男も儂の願いならば文句はなかろう! それに、エソトオ……寂しいことを言ってくれるな。お前も……ツバキナと同様じゃ。この島の――大切な子供なんじゃ」



 チヤギの厳しい怒声は、最後は慈愛の言葉へと変わった。



「もうすぐこの島は噴火する。火砕流や山崩れによって村も消滅するじゃろう。だが心配せんでいい。苦しいのは一瞬だけじゃ、すぐに楽になる。どうせもうすぐなくなる命、それがほんの少しだけ早まっただけ。しかも独りじゃない。みんな一緒に逝けるんじゃ」


「チヤギ婆!」



 黙って聞いていられなくて、ツバキナはもう一度チヤギを振り仰ぐ。


 しかし賢明な老女は、愛する孫へは視線を移そうとはしなかった。


 涙を堪えているのだろうか。


 老婆の瞳、その端がキラリと光を放っている。



「エソトオ、ツバキナを頼むぞ!」



 抱きしめられていたチヤギの腕から力が抜け、ツバキナの背をそっと押しやる。


 大切なものを断腸の思いで托すかのように。



 解放されたツバキナの眼前に、今度はエソトオの白皙の腕がスッと差し伸べられた。


 しかし、拘束が解かれたこの数瞬をツバキナは逃さなかった。



「いや! わたしは絶対にいやっ!!」


「ツバキナ!」



 二人の間を抜け、ツバキナは走り出した。



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