10 攻防
「ゼガートの手から逃れていたため、駆けつけるのが遅れました。申し訳ありません」
駆け寄ったステラが俺に頭を下げる。
「いや、助かった」
「ここに来る途中、状況は千里眼で把握しました」
と、ステラ。
「今は退くべきときかと」
──やれるか?
──お任せを。
俺はステラと短いアイコンタクトを交わした。
「今の一撃には驚かされたが、しょせんは不意打ち」
ゼガートが俺とステラをにらむ。
「いくら優れた瞳術があろうと、お前は基本的に支援タイプ。戦闘タイプである儂の敵ではない」
「どうかな」
魔神眼の少女は、冷然と獣帝を見据えた。
「戦いは力だけでは決まらない。もっとも──お前のような脳筋には理解できないか?」
「安い挑発を」
うなりながら、ゼガートはゆっくりと近づいてくる。
俺はもう一度、ステラを見た。
この『仕掛け』は、タイミングが命だ。
俺と彼女の呼吸を合わせる必要がある──。
あらためて、俺は現有戦力を分析した。
まず、俺。
ゼガートの仕掛けによって魔力はほとんど尽きている。
今の俺の魔法攻撃力では、奴にさしたるダメージは与えられないだろう。
次に、リーガル。
完全に味方になったとは言い難いが、少なくとも俺を守ってくれている。
だが、奴もさっきの俺との戦いでかなり消耗しているはずだ。
アンデッド系魔族のエネルギー源ともいうべき瘴気をほとんど使い果たしているし、ゼガートやツクヨミに立ち向かえるほどの力は残っていないだろう。
リリムや警備兵たちに関しては、魔軍長クラスに対抗するのはさすがに無理だ。
ならば──最後は、ステラ。
彼女は万全のようだ。
その力は瞳術と魔法。
攻撃魔法は俺やジュダには当然及ばないものの、上位魔族クラスの力はある。
もちろんゼガートやツクヨミを撃破するほどの力はないだろうが、牽制には十分だし、隙を突けば倒すチャンスだってある。
後は──それらの手札を組み合わせて、この状況を打破することだ。
やるぞ、ステラ。
俺は視線で彼女に合図を送る。
こくん、と彼女の瞳がうなずいた。
「来い、『煉獄魔王剣』!」
俺は魔王の剣を呼び出した。
闇を溶かしこんだような漆黒の刀身に、優美な黄金の鍔と柄。
その刀身には亀裂がいくつも走り、刃こぼれも全部で六つある。
普段は近接戦闘で魔力剣を使うことがほとんどだが、今はその魔力すら尽きかけている。
こいつを得物にして戦うしかない。
俺は魔王の剣を握りしめた。
「ふん、その剣もすぐに我がものになる」
両手の爪を剣のように掲げるゼガート。
「──いくぞ」
俺は魔王剣を中段に構え、低い姿勢から突進した。
人間のときに使っていた『ザイラス流剣術』の基本動作だ。
「接近戦で儂に挑むなど、千年早いわ!」
吠えて、ゼガートが両腕の爪を振り下ろす。
速い──!
やはり白兵戦闘では、身体能力に長けた獣人魔族である奴の方が上か。
「くっ……」
俺は剣を旋回させ、ゼガートの爪撃を弾きながら後退する。
「逃がさん」
すかさずゼガートが間合いを詰めてきた。
「『ファイア』!」
「効かぬわ!」
俺が放った火球は、獣帝の一喝だけで消滅する。
牽制にすら、ならない。
「魔王様、あたしたちも──」
「ゼガート、覚悟!」
リリムたちが、さらにリーガルまでが突っこんできた。
「いくら集まっても無駄だ!」
ゼガートが吠えた。
その雄叫びが衝撃波となり、リリムたちをまとめて吹き飛ばす。
さらに、
「『闇の王』、フリードを攻撃するのであります!」
ツクヨミが魔想覇王に追撃を命じる。
ぎぎ……ぃ……!
だが一瞬、その動きが鈍る。
黒い巨竜は戸惑ったように体を左右にくねらせた。
「故障か? まあいい。前魔王のとどめは兵器ではなく、儂がくれてやる」
俺の方を振り返る獣帝。
「これは……!?」
そこで、ゼガートが戸惑いの声を上げた。
消滅した火球がふたたび出現し、数十倍の大きさになって奴に襲いかかったのだ。
「魔王の魔力を、甘く見るなよ」
ニヤリと笑う俺。
「ちいっ、まだこれほどの力を……!」
驚いたように後退するゼガート。
その瞬間、
ごおおおおおおおおっ……!
轟音とともに火球が弾けた。
※
「消えた……!?」
ゼガートは周囲を見回した。
すでにフリードも、ステラやリーガル、警備兵たちの姿もない。
逃げられたようだ。
「……ふん。総攻撃と見せかけて、最初から幻術で儂を惑わせて逃げる算段だったか」
ゼガートは小さく鼻を鳴らした。
とはいえ、それもある程度の想定はしていた。
「逃げたければ逃げればよい。儂は魔王城に戻り、『アレ』を得るための準備を続けるだけだ」
「自分もやるであります」
「ああ、お前の手助けがなければ、『あの力』を得ることはできん。頼むぞ」
ここからが、本番だ。
「儂は神の手駒になどならん。最後には奴を出し抜き、すべての世界を支配する王となってみせよう──」
※
「はあ、はあ、はあ……」
ステラは荒い息をついていた。
「大丈夫か、ステラ」
──ここはジレッガの町はずれにある森の中だ。
あの後、ゼガートやツクヨミから逃れた俺たちはここまでたどり着き、身を潜めていた。
「やはり、今の私には──まだ『黙示録の眼』を自在に操るのは、荷が重いようです」
顔中に汗の珠が浮かんでいる。
怜悧な美貌は青ざめていた。
相当の魔力や体力を消耗したに違いない。
「すまない」
俺は深々と頭を下げた。
彼女の瞳術が生み出した幻影、そして『黙示録の眼』によるゼガートたちの反応予測がなければ、ここまで上手く逃げられなかっただろう。
「何をおっしゃいますか。あなたを守るためなら、私は命を懸けます」
「あたしたちだって」
リリムが力強く言った。
「無事でよかったです、魔王様。それに……その、リーガル様も」
「大丈夫だ。少なくとも敵じゃない。今のところは」
どこか不安げなリリムや警備兵たちに、俺は小さく笑った。








