9 切り札
俺を狙ったゼガートの一撃を、リーガルが受け止めていた。
俺を、助けたのか……?
驚いて髑髏の剣士を見つめる。
ゼガートもまた驚きと戸惑いの表情で、
「……フリードに与するか、リーガルよ」
「分からなくなったのだ……俺には」
髑髏の剣士がうめいた。
「人間への憎しみが消えたわけではない。消えることもない。だが、この男は──」
と、俺を振り返るリーガル。
「何かが、違う。ともにいると、心が少しだけ──すでに失ったと思っていた俺の『心』が、ほんの少しだけ温かくなるような気がするのだ」
「……ふん」
「それがなんなのかを確かめたい。ゆえに、今は魔王様を討たせるわけにはいかなくなった」
「随分と勝手な言い草だな、不死王」
ゼガートが不快げにうなる。
「言い訳はできん。だが俺は、この剣を退くこともできん」
リーガルは折れた剣を構えた。
その体から、ほとんど瘴気が消えている。
冥王終焉斬──。
俺との戦いで、数千年溜めこんだ瘴気をほとんど使い果たしたはずだ。
もはや戦う力はロクに残っていないだろう。
それでも、リーガルの闘志はまったく萎えていない。
「儂は容赦せんぞ、フリード、リーガル」
ゼガートが静かに告げ、ツクヨミに視線を向けた。
「やれ」
「『アレ』を出すのでありますか?」
「生き死にの勝負は最後まで何が起きるか分からん。切り札はここで一気に切る。このまま圧倒的な力で叩き潰す」
「稼働率はまだまだでありますが──まあ、実戦テストも兼ねて、ちょうどいいでありますな」
言って、ツクヨミが右手を掲げる。
「『闇の王』」
空に、呼びかけた。
るおおおおおおおおおおおおんっ!
不気味な咆哮が、響き渡る。
上空から何かがゆっくりと降りてきた。
「なんだ、あれは──」
俺は呆然と空を見上げる。
黒い、竜。
全長は百メートル以上あるだろうか。
魔導装甲で覆われた、機械的なデザインの巨竜だ。
「『魔想覇王』──神に対抗するための、魔王城防衛兵器の一つ。未完成品ではありますが」
と、ツクヨミ。
魔王城の防衛兵器──。
確かに先代魔王ユリーシャからの引継ぎで、その存在は教えられていた。
だが、兵器の大半は太古の戦いで破壊され、今では用をなさないと聞かされていたのだ。
それが修復されていた、というのか……!?
「太古、神と始まりの魔王との戦いで城の地下に封じこめられていたものを、自分が起動させたのであります。稼働率はせいぜい30%……といったところでありますが、しかし──」
「力を使い果たしたお前たちを葬るには十分すぎる性能だ」
と、ゼガート。
「魔王城の地下には、まだ他にも何かが眠っているのであります──おそらくは。それを思う存分に調べることができるなら──そのための知識を『かの者』から得られるなら、自分にとってゼガート殿に与する報酬は十分であります」
「知識欲、というわけか」
それが、ツクヨミが反乱に加担した理由か。
「自分は前魔軍長イザナの道具として生み出されたのであります。ですが、そのイザナは死に、今は自由──ならば、自らの意志のままに生きるのであります。すなわち」
ツクヨミの声に、初めて熱がこもった。
「研究者としての道を貫くのであります……っ」
ぎぃぃぃぃおおおおおぉぉぉぉぉぉ……っ!
鉄が軋むような鳴き声とともに、巨竜が口を開く。
閃光が、視界を埋めた。
黄白色に輝くドラゴンブレスが獄炎都市を薙ぎ払う。
建物がまとめて消滅し、都市の四方にある黒い火柱もまとめて吹き飛んだ。
「この威力は……!」
一瞬にして、ジレッガは廃墟と化していた。
これを勇者迎撃戦に使っていれば、もっと楽に戦えただろう。
それを使わなかったのは、なぜなのか。
当然、反乱のための秘密兵器だったからだろう。
たとえ勇者たちによって魔族が犠牲になっても──。
俺はぎりっと奥歯を噛みしめた。
いや、今は怒りなんて後回しだ。
「リーガル!」
俺は彼の側に駆け寄り、魔力障壁の呪文を唱えた。
「『ルシファーズシールド』!」
だが発動した障壁はすぐに揺らぎ、消えてしまう。
「無駄だ無駄だ。儂だけでもお前たちを駆逐できそうだが、さらにツクヨミとこの兵器まである。逃れるすべはない──」
「──まだだ」
俺は諦めていなかった。
諦めて、たまるか。
「俺も、リーガルも、リリムたちも──生きてこの場から逃れてみせる」
「ならば、その希望ごと打ち砕いてやろう!」
ゼガートが拳を振り上げる。
鋭利な爪が鋭く光る。
それを迎撃できる威力の魔法は、もう撃てそうになかった。
「させない! 魔王様はあたしたちが守る!」
飛び出したのはリリムたち警備兵だ。
「よせ、お前たちじゃ──」
確実に殺される!
俺は彼女たちのさらに前へ出ようと、駆け出し──、
「『アイスブラスト』!」
突然、氷の魔法が後方から飛んできた。
「むっ!?」
上級の氷結魔法を不意打ちで食らい、後退するゼガート。
さすがに今の一撃では倒せないものの、多少のダメージは受けたようだ。
「魔王様、ご無事ですか!」
背後から走り寄る者がいた。
この声は──、
「ステラ!」
黒衣をまとった銀髪の美しい少女が、俺の元に駆け寄った。








