俺の嫌いなお節介野郎(2)
達也の純粋さが、これ程まで達也を動かしたと考えると、
テルが達也を苦手だって言うのもちょっと分かるな。
俺は無理矢理手を引かれて、慎悟の席まで連れてかれ、
少し震えているようにも見える慎悟と、今、相席している。
「おい良助、何食うんだ?」
ぎこちない聞き方だな、達也。
まさかノープランで、俺と慎悟で会話させようというわけじゃないだろうな。
「コンビニ弁当だ。」
「わざわざコンビニか……お前、購買使ってないのかよ?」
「いや、不味いから俺は購買は使わないぞ。」
「けっ、庶民の味方を何だと思ってやがる……」
そう言って達也は購買のパンを広げる。
それから慎悟も購買の袋を鞄から取り出した。好きだねえ。
「じゃあ良助、食堂も使わないのかよ?」
「いや、あそこは大盛りが出来るから、たまに使ってるよ。」
「……身体大きいから、たくさん食べないとだもんね……」
黙っていた慎悟が、突然ボソッとつぶやいた。
目はずっと小さなパンの袋に向けられている。俺の方を見る気はないらしい。
慎悟の声をこんなに近くで聞くのは、久しぶりだった。
……せっかくなので、俺も慎悟に問い掛ける。
「慎悟こそ、相変わらずあんまり食わないよな。」
「……胃が小さいみたいだから……」
「だからあまり体格変わってないんだな。お前だけまだ小学生に見えるぞ。」
「……そうかな?みんな良助みたいに大きくなるわけでもないし……」
「せいぜい中学生だな。」
慎悟の身体は痩せていて、さすがに小学生は言い過ぎたが、背もまあ低い。
背の高い俺とは、横並びになるとすごい違和感だぞ。
新学期が始まってからの数日間、時が止まっていた俺たちの関係が、
ようやく少しずつ、スタートしたような気はした。
俺と慎悟が話し始めたのを見て、満足そうな顔をしている達也に、
多少は感謝しないとな。強引なことには変わらないけどな。
「……良助、久しぶりだね……」
目の前の慎悟がちらりとこちらを見た。急によそよそしくなった。
そういえばよく隣同士で座って話し込んだっけ。
「ああ、戻ってくると思わなかったよ。」
「……うん……どうしても……伝えたくて……」
慎悟の様子が少しおかしい。
俺と久しぶりで緊張しているだけではないようだ。
……となるとやはり、「あの時」の事か。
俺は自分の身体が、少しずつこわばっていくのを感じた。
「……ごめんね、良助。」
……慎悟のその言葉には、驚いた。驚くしかなかった。
ののしられ、責められるんじゃないか。そうとしか思えなかったからだ。
「……良助を巻き込んで、嫌な気持ちさせちゃって……あれからずっと後悔してたから……」
慎悟は謝る理由を語ったが、達也はあまり驚いてないようだな。
俺と慎悟をムリヤリ会わせた辺り、こいつもあの事件を聞いたのだろう。
どういう手段かは知らないが、最近慎悟と接触していたようだしな。
俺は呼吸を整える。けなげに送り続けたメールも一度も返ってこなかった。
てっきり俺は、憎まれてるもんだと思ってた。
だからこそ、慎悟が目の前に居るのが信じられないくらいで……。
いや、理由はどうでも良い。俺は言わなければならねえ。
「謝るのは俺の方だ、慎悟。俺たちがあまり考えずに行動して、慎悟の学校生活を台無しにした。」
「……良助のせいじゃないよ……」
「いや、俺たちのせいだ。洋次の分も謝らせてくれ。」
あの時、慎悟は苦しんだ。そして今も苦しんでいる。
俺と洋次が、あんな事をしてしまったばっかりに、こんな……。
慎悟は俺の様子をうかがうように、顔を少し上げてこちらを見てくる。
「……僕のせいでもあるんだ……僕が弱かったから、僕が言い返せなかったから……生意気で、意地っ張りで……」
「慎悟が悪く思う必要ないだろ。」
「イジメには、イジメられる方も原因があるっていうし……」
「それは間違ってるだろ。イジメられて良い理由なんて、どこにもないぞ。」
「……とにかく、良助たちは……悪くないよ……」
空気が少しずつ重くなってきたな。達也も何か考え込んでいる。
そういえば、慎悟をイジメた馬鹿な奴らはどうしてるんだろうか。
集団イジメの責任なんてもんはひどく曖昧なのは事実だが、
できる事なら全員とっちめてやりたいけどな。
「なあ良助。」
黙っていた達也が、俺を見た。
「慎悟の事、憎んでるか?」
「そんなわけないだろ。慎悟に憎まれても、俺が憎むはずはないよ。」
「……だとさ、慎悟。」
考える間もなく即答した俺だったが、
そんな当たり前の言葉で、慎悟は少しホッとしたようだった。
やはりイジメを経験して、人の気持ちなど信じられなくなったのだろうか。
少なくとも俺は、ずっとお前を心配していた。俺はな。
「……僕は憎めないよ……憎む資格なんて、僕にはないから……」
慎悟はそう言って目を反らす。
やはり慎悟の中には、まだイジメの傷跡が深く残っているのだろうか。
かと思えば急に、少し自然な笑顔で俺を見つめた。
「それなら……また、一緒に居られるかな?喋ったり、食事したり、遊んだり、勉強したり……良助と一緒に居ても、良いの……?」
「もちろんだ。俺の方こそ、なかなか話しかけられなくて悪かった。」
「……よしっ、これで少しは元通りになったかよ?」
「うん……達也、色々とありがとう……」
慎悟がやたら達也に感謝しているのを見ると、
どうやらこの話し合い自体、慎悟がお願いした事だったのかもしれないな。
純粋な達也は、ちょっと得意げになっているようだ。
「ま、そもそも俺たちの間で、憎み合いなんて似合わないだろ。」
「憎むことが全くないなんて、あり得ないだろ。」
少しばかり穏やかになった空気を、俺がぶち壊した。
それだけ俺は、いまだに「あいつ」の事が許せないのだ。
「おい、良助……?」
「上手くいかない事なんてこの世にはいくらでもある。でも全部上手くいくと思ってる奴も居る。俺はそんな奴を、いや……洋次の事を未だに憎んでる。」
達也は唖然としている。そりゃ今まで隠してたからな。
慎悟は少しうつむいた。さすがに気が付いてたか。
そう、俺は嫌いなんだ。……あの自己中のお節介野郎がな。