五年前の衝撃(8)
どうしたらよかったんだろう?
そんな問いかけを、僕は何度繰り返してきたんだろうか?
「なんだよお前、気持ち悪いんだよ!」
「にらみ返してんじゃねえよ!言うこと聞けよクソ野郎!」
「マジこれがストレス発散だよなー。」
汚れきったいくつもの瞳が、僕に向けられて、
身体が小さくて、弱かった僕のよりずっと大きな拳が向かって来て、
僕はもう一度、そしてもう一度、何度も目を閉じるしかなかったんだ。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「おい、明日は達也んちな!」
「またかよ!ったく、仕方ねえなあ。」
過去には手が届きそうで、届かない。
たとえ掴んだとしても、その儚き欠片は崩れてしまうんだって。
「そういやテルは来るんだっけ?」
「来るって聞いたぜ!なんか最近あんまり来れんよな!」
「けっ、自由な奴だぜ。」
こうやって静かに目を閉じて、頭の中を真っ白にしようとすると、
闇の中から、少しずつあの公園の風景が浮かび上がって来て、
それから、自分の隣に座った彼が、ゆっくりと顔を近づけてくる。
「おい、慎悟。大丈夫か。」
「……ああ、平気だよ……」
そう、良助は何か気を遣って、ためらうように聞いてくるんだ。
大きな声でブランコをこぐ洋次と達也を見てから、
ジャングルジムの隣に座った良助の顔を見つめ返すんだけど、
やがて直視できなくって、僕は苦笑いして目を反らす。
「慎悟も明日は来るのか。」
「……どうかな……明日は、家に居ようかな?」
「おい慎悟、お前は来ないのか?」
遠くから聞いてきた達也。こうして僕らは毎日のように一緒に遊んだ。
世界が僕らだけならば幸せだったけど、そうじゃないでしょ?
だから、僕は少し悲しくなって首を縦に振るしかなかった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「他の三人には、まだ言ってないのか。」
僕の記憶は教室へと飛んだ。
あの残酷な場所に、僕は長く居たくなかったんだけどね。
少し陽が落ちて、良助と二人。良助は深刻な表情をしていた。
「……言えないよ。こんな、どうでも良い話……」
「どうでも良くなんか無いだろ。クラスでお前が、イジメられてるなんて。」
幼なじみだった僕らは、いつも同じクラスというわけではなくて、
僕はその時のクラスで一人。そして、イジメられていたんだ。
小学生のイジメだから、そんな大したことじゃなかったけどね。
良助が優しく僕の腕をつかんだ。そして顔を近づけた。
体中の打ち身や細かい傷が、少し痛みを伴って、うずいた。
「でも、言わない方が良いかもしれないな。テルは何も出来ないだろうし、達也はそういうの分からないだろう。」
「……洋次だったら、解決してくれるかもね。」
「いや、俺もだが、他のクラスの問題に入っていって、上手くいくなんて思えない。少し、考えさせてくれ。」
「……ごめんね、良助……ほんと、頼ってばっかりだね……」
「友達ってそういうもんだ。」
小6だったけど、大人びて背も高かった良助は、
僕にとってはずっと憧れで、頼りになる存在だった。
こんな風に、良助に話してしまったから、いけなかったのかな?
○ ○ ○ ○ ○ ○
そして僕は階段の踊り場で、良助と洋次が真剣な様子で話すのを見て、
思わず物陰に隠れて、様子を伺った。……それは、僕の話だった。
「……気づかなかった。慎悟が、イジメられてるなんて……」
「ああ、洋次の意見が聞きたい。あいつのために、何か出来ないか。」
「当然、クラスに飛び込んでってやめさせようぜ!イジメの現場を押さえて、俺たちが止めるか先生に言えば、そんなの解決するだろ!」
正義感の強い洋次は、力強くそう言ったんだ。
幼なじみみんなのリーダーだった洋次は、いつもみんなを引っ張っていて、
僕のことを本気で心配してくれて、嬉しかったんだよ。
「おい洋次。こういうのはそう簡単に行くもんじゃないだろ。」
「かといって、何もしないわけにはいかないし、俺はやるぜ!何なら、朝会に飛び込んで行ってやってやる!」
まるで自分の事のように熱くなって、怒りの炎を燃やし始めた洋次を、
その時良助は止めるに止められなかったんだと思う。
今まで洋次は何でも先頭に立ってやってきたし、
小学生の周りで起きるトラブルなんて、たかが知れていたんだから。
僕だって、洋次がやってくれるんだって、他力本願になっちゃって、
これですっかり解決するんだって、少し希望を持ってしまったのを覚えてる。
だけど、現実はそんなに甘くなかった。
洋次は朝会に飛び込んできて、みんなの前で事実を叫んだのに、
クラス中が白い眼で洋次を見るだけで、僕も何も言えなくて、
『仲良しクラス』を信じていた担任の先生も、事実を認めなかった。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「……きっと、慎悟君は驚いてしまったんでしょう。『イジメられてる』なんて根も葉もない事を他のクラスの児童に言われて、教室に居づらくなってしまったんだと思います。」
「そうですわね……慎悟、あんなに楽しそうにしていたのに……」
「ええ、『仲良しクラス』ですから、イジメなんてあり得ません……。慎悟君が気にせず、戻ってきてくれればいいのですが……」
都合の悪い所を全て『見ない』ように生きてきた担任は、
もっともらしい事を言いながら、僕の母と僕を表面上気遣った。
『仲良しクラス』にとって、きっと僕は初めから邪魔者だったんだね。
洋次が飛び込んできた日から一週間経っても、僕は学校に行けなくて、
ふさぎ込んでしまったのを、両親は本当に心配した。
……きっと心配したのは、『僕』のことでは無くて、
『両親の息子』が理想の人生プランから外れてしまった事だと思う。
担任と入れ替わるようにして、またインターフォンが鳴り、
母が来客を応対した。あれから毎日のように訪ねてくる、洋次と良助だった。
僕は彼らに合わせる顔が無かったから、一度も応えられなかったんだけど、
いつも代わりに感謝していた母が、その日は態度を変えてしまった。
「あの、慎悟君はまだ……」
「……何よ、担任の先生に全部聞いたわよ!慎悟を気遣うフリして、全部あんた達のせいだったんじゃないの!」
「え?」
「余計な事をしなければ、慎悟は楽しい学校生活を送ってたのに!
……あんた達となんか、関わらなきゃ良かったのよ!
もう二度と、慎悟に……うちに、近づかないでちょうだい!!」
母の悲痛な叫び声が、家じゅうにこだまして、
僕がすくむ足を動かそうか迷っている間に、ドアは固く閉ざされてしまった。




