五年前の衝撃(1)
良い子のみんな、元気か?長瀬達也だ。そして俺はまあまあ元気だ。
色々と言いたいことはあるが、とりあえず、
俺は、この目の前の状況に、結構衝撃を受けている。
「……ハッ!まさか君が慎悟君、だったとはな。」
「え、何か?……そんな風に言われる覚えはないけど……」
俺よりも白くて細い身体に、頼りなさげなその目。
……その男は、『五年前』のシンゴと何も変わっていなかった。
懐かしいシンゴに向かって、俺は問い掛ける。
「どうしたんだよシンゴ?こっちに戻ってくることになったのか?」
「あ、いや……俺、寮から通っててさ……」
「へえ……しかし、驚いたな……」
「ねえたっちゃん。あたし訳分かんなくなってきたんだけど、やっぱり幼なじみって五人セットだったわけ?」
腕を組んだ綿華が聞いてくる。
五人セットなんて話、したか?と思いながら、俺は答えた。
「ああ、俺、リョウスケ、テル、ヨウジ、それからシンゴの五人だ。ただ、シンゴは小六の終わりごろ転校しちまって、会えなくなったんだよな……」
「…………」
「なあシンゴ、お前二年五組に居るんなら、リョウスケと一緒だろ?あいつ、何も言ってなかったぞ……まったく、薄情な奴だぜ。」
「……もしかしたら、気づいてないのかもね。」
「は?」
シンゴは何を見るでもなく、どこか遠くを見ていた。
遠くでは夕陽が沈み始めていた。
「ほら、リョウスケ……寝てること多いし、自己紹介の時もぼんやりしてたみたいだから……」
「いや、いくらなんでも俺がすぐ気づいたんだから、シンゴと仲良かったリョウスケなら、お前の事すぐ気づくだろ。何言ってんだ?」
そんな俺の軽い問いかけに答える事もなく、
またシンゴはどこか遠くを見つめた。……ったく、どうしたんだ?
俺たち二人の世界に痺れを切らした綿華が、
いつの間にか近づいていた俺とシンゴの肩を順番に叩いた。
「お二人さん、盛り上がってるとこ悪いんだけど、そろそろ下校時刻になっちゃうから、さっさと帰りましょ?」
「……ああ、そうだな。」
「……じゃあ僕、ちょっと寄りたいところあるから、先に帰るよ……」
そう言ったと同時に、シンゴは俺たちの制止もきかず走り出した。
か細い身体に、重そうなバッグが大きく揺れている。
……シンゴの様子に違和感を覚えたのは、俺だけではなかったようだ。
「ハッ!……石川君、何かを隠してるようではないか。」
「そうね。何か怪しいわ、彼。」
「……そうだな、そんな奴じゃなかったと思うんだけどな……」
もう小さくなったシンゴの背中を、俺は呆然と見送るしかなかった。
……まあ、よく分からないが、リョウスケにでも聞けば分かるかな?
そう思った瞬間に、神様が肩に手を置いた。今日はよく肩を叩かれる日だ。
「ハッ!まさかとは思うが、脇坂君に何か聞くつもりではあるまいな?」
「え?……もちろん、そのつもりだが。」
「ちょっとたっちゃん。シンゴ君は明らかにワッキー(脇坂)の事、なんか隠してたでしょ?ワッキーの方だってたっちゃんに何も言って来てないんだし、そこは何か意図があるんじゃない?」
「……意図ねえ。」
……リョウスケは俺の知りたいことに何でも答えてくれて、頼りになる奴だ。
そういう隠し事をするような奴だとは思わないけどな……。
「ってか、何で神様や綿華がシンゴの事知ってんだ?クラスも違うだろ?」
「ハッ!……神が偶然、石川君と同じ部屋になったのだよ。あんな様子だから、最初は一年生かと思ったものだ。」
「へ、へえ……」
「ハッ!だから、石川君の事は神らの方が色々と調べるチャンスはあるという訳だ。そういう事で、君はあまり詮索しなくて良いぞ。」
「……え、なんでだよ?幼なじみの事は、幼なじみ同士で……」
俺たちは話しながら歩き始めていたが、
それを言った瞬間に、綿華が足を止めた。
「ねえたっちゃん、そうやってテル君とすーみんの問題に足を突っ込んで、なんか大変な目にあったんでしょ?……今回のも、そういう系だと思うなあ。」
「……クッ、そんな黒歴史もあったな。」
「とりあえずシンゴ君は、明らかに何かあったっぽくて、そしてたっちゃんはそれについて何も知らない。だったら、やれる事はあたし達がこっそりやってみるから、少なくともシンゴ君に何か聞くのはやめときなさい。」
「分かったよ、まったく。」
こいつらが必死に止める様子が気にはなるが、まあ正論だろう。
俺が変にかき乱すのも悪いし、ここは我慢しておくか。
しかし、五年前にシンゴとは泣く泣くお別れして、
それ以来連絡を取ることもほとんど無かったんだから、
普通俺みたいに懐かしがって、幼なじみ誰かしらの話題にはなると思うがな。
校門を出たところで、俺の家と、男子寮・女子寮は逆方向にあるので、
そこで別れることにした。
あっけらかんとした綿華の笑顔が少し気になったが、俺は帰路に着いた――。
○ ○ ○ ○ ○ ○
「ねえ、あれで良かったと思う?」
長瀬達也と別れた後、綿華がつぶやく。
上川はそれに対して少し考えた後、口を開いた。
「ハッ!少し過保護すぎる気もするが、あの鈍感な長瀬君の事だ、わけも分からず突っ走っていた事だろう……抑止剤としては十分ではないか?」
「そうよね……明らかに『五年前』に何かがあったみたいだし、たっちゃんは全く気付いてないみたいだけど、多分ワッキーやテル君、すーみんは何かしら知ってる可能性が高いわよね……」
「ハッ!……これに関してはあまり引っ掻きまわさん方が身のためだぞ。君や神といえども、全ての問題が解決できるわけではないのだ。」
「……ま、これに関しては神様の言う通りね……」
○ ○ ○ ○ ○ ○
家に着いて早速、携帯をいじってみた。
それからすぐ、電話帳で何となくリョウスケを探してみる。
多分この時間なら、電話すればすぐ出るだろうが、
……綿華の忠告通り、ここはやめておくべきか。
学習机のそばに立てかけたギターを見つめてみる。
明日もいつも通り軽音の朝練で、そこにはテルが居る。
そういえば、テルはシンゴが転校してきてること、知ってるのか……?
いや、俺が知らなかったくらいだから、テルやヨウジも知らないだろうし、
知ってたら俺に何かしら言ってくるはずだろう……。
……はずだよな?ちょっと疑わしく思えて来た。
時々、俺は世界に置いてかれてるんじゃないか、なんて思う事もあって、
テルとヨウジが付き合ってるって分かった時、
当たり前の日常が一変して驚いたものだが、
リョウスケがそんな時「俺も知らなかった」と言ってくれて安心した。
だからこそ俺は今でもリョウスケを信じてるし、
何か悩んでるとしたら、親友の俺を頼ってくれよと思うんだがな……。