相手は強者
「結婚してくれるな?」
壁際に追いつめられ、さらには剣をはじかれたという失態があり、クリスに勝ち目はない。が、そこで諦めるクリスではない。
「ちょっと待て!」
「うん?クリスティアがプロポーズされるなら、薔薇より剣を突きつけられたほうが言ってたではないか?完璧じゃないか。」
確かに薔薇より剣の方がいいに決まっているが、相手が相手である。冗談じゃないと、クリスは心の中で叫んだ。
「私がこの国を出たら、まだ病気が治っていないクリスはどうなる?この国とてあの陛下がいるならば、ただではすまないだろう。」
「あぁ、それなら問題ないさ。」
ご覧とアルフォンスは顔を観客席へと向けた。恐る恐るそちらへ顔を向けると、無邪気に手を振る父と隣で微笑む母。父の隣には、自分の足で何の問題もないように立つ、クリストファーが呆れたように父を見ていた。
「どういう事だ!」
「どういう事とは?見ての通り、弟君は病気が治っているようではないかな。」
「貴様が加担したなっ?」
「失礼だな、元々病気だったから治る手を貸しただけだよ。」
ギリギリと歯を食いしばりながら、クリスはアルフォンスを睨んだ。しかし、アルフォンスは平然と話を繋ぐ。
「もし、結婚を断れば次期王がどうなるか。言っている意味わかるだろう?」
クリストファーの後ろには、少年のような人の影があった。
「王子を手にかければ、戦だけではすまぬぞっ!」
「だから、賢いクリスティアはそんな選択をしないだろう?」
うっと言葉に詰まったクリスに、アルフォンスは言葉を乗せる。
「僕の嫁ぐらいクリスティアは出来るよな?」
しばらく黙り込んでいたクリスだったが、すぅと息を吸うと大声で叫んだ。
「嫁の一つや二つなんだってしてやろう。私の負けだっ!好きにすればいい!」
「じゃあ、まず貴様やお前をやめて僕のことをアルフォンスって呼ぶんだ。」
「うっ?」
「さぁ。」
目を白黒させながら、クリスは仕方なく小さくアルフォンスと口にした。
「なに?聞こえないな。」
剣を納めながら、アルフォンスはもう一回と言うよう促した。
「言っただろうがっ。あ、ある、アルフォンス!」
顔を真っ赤にさせて怒るクリスは大変可愛らしく、もっと苛めたくなったアルフォンスだったが、これ以上怒らせるとさすがにマズいので、少し話をずらした。
「結婚するな?」
「仕方あるまい。」
「僕のことを愛してるだろ?」
「………。」
「クリスティア。」
催促するように促され、クリスははっきりと言い切った。
「貴様は気持ち悪いが、腕が立つ男は嫌いではない。」
「なんだい、それは。」おかしそうに笑い出したアルフォンスは、しばらくクスクスと笑った後、ざわざわと見守っていた観客に告げた。
「試合は終了だ!我、アルフォンス・シューベルトは、クリスティア・ベヴェル王女と結婚する事をここに公言する!今宵は宴だ。皆大いに飲んで歌え!」
そう言いきり、クリスを抱き上げた。
「ばっ馬鹿者!私は、今クリストファーなのだぞ。変な噂が立つだろうがっ。」
あわあわと焦るクリスをよそに、アルフォンスは蔓延の笑みで颯爽と歩いてゆく。
「大丈夫だ。あとはクリストファーに任せればいい。」
「…さては、皆してグルだったか。」
「今更気づいたのか。」
朗らかに笑うアルフォンスにしてやられたと、沸々と湧き上がる怒りに目をキョロキョロさせていたら、目に映ってきたのは元気そうなクリストファー。そんな弟の姿を見れたから、まぁ良しとしようか。
しかし、この格好は恥ずかしすぎる。
あまり気にしていないようなお祭りモードの観客の中で、クリスは恥ずかしさで消えてしまいたいと嘆いた。