これから
朝からなにやら騒がしい。
クリスはそんな事を思いながら、もぞもぞとシーツの中に潜り込んだ。
あの後、クリストファーが民に二人が入れ代わっていたことを説明したと聞かされたのは、夜会の席だった。アルフォンスに抱えられて城に戻ると案の定、あちこちで二人の門出を祝う用意がなされ、引っ張りだことなった。
アルフォンスは終始笑顔で、クリスをあちこちに連れて行くので、めったに夜会などにでることがないクリスは、すっかりまいってしまったほど。
はっきり言えば、今日はゆっくりと体の疲れを癒やしたい。しかし、そうもいかない。
「クリスティア様、起きてらっしゃいますか?」
「…あぁ。」
侍女が扉越しに声を掛けてきたことで、仕方なくクリスは寝台を離れた。
今日は特別な日だ。
何せ、長らく住んでいたこの国を旅立つ日なのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
支度を終えて、外に出れば城中の者達がクリスを送り出しすため、門の近くにある馬車道へと出ていた。
「まぁ、クリスティア!綺麗だわ。さすが私の子だわ。」
周りの者達が跪いてクリスの姿を認めると、近くにやってきた母親がクリスを抱きしめて嬉しそうに笑った。
「母上、私は女装でもなんでもこなしますよ。」
「イヤだわ、この子ったら。」
嫁入り前の清楚なイメージのデザインであるその服は、髪を下ろしたクリスティアによく似合っていた。そんな事を知らない本人は、さらりと周りからの誉め言葉を交わす。
「クリスぅ~」
そんな中、間抜けな声でクリスティアを呼ぶのは、顔が涙と鼻水でぐしょぐしょになった父。一国の王とは思えない。
「父上、しゃんとなさって下さい。これからはクリスの補佐をあなたがするのですから。仕事もしっかりして下さいよ?」
「う、うん。クリスティアぁ、グスン。」
クリスに怒られて尚、父は情けない泣き声をあげている。
「あらあら、どうしようもない人ね。」
そこへ見かねた母が、フリルがついた上等な布で父の顔を拭いてやった。呆れてものもいえないクリスを前に父は更においおいと泣き出した。
「クリスがお嫁にっ。うぅっ。」
「もう、泣き虫さんだこと。」
妻から貰った大きめの布を広げ、盛大に鼻をかむ父にもう別れの言葉はないとばかりに、クリスはもう一人のクリスの元に向かった。
彼は、馬車にもたれて家族を優しく見守っていた。
「幸せになってね、姉さん。」
何から言おうかと思案していたら、クリストファーはそう言ってきたので、クリスティアは眉間に皺を寄せて否定した。
「…クリス、幸せになれというのは少し違うのではないのか?」
「どうして?」
「私が、幸せにするの間違いだ。奴はしつこかったからな、仕方なしに私が折れてやったのだ。しかし、これから先夫婦としてやってゆくからには、多少なりとも歩むよらなければいけぬだろう?私がアルフォンスを幸せにしてやらねば。」
不敵に笑う姉は、今までよりも各段に美しくなって気品に溢れていた。
「そう、それは良かった。もしあのままクリスが売れ残ったら、僕が貰ってもよかったんだけど…。」
「何か言ったか?」
ぽつりと零した言葉は本人には聞こえなかったようで、クリストファーは少し残念に思いながらも首を横に振った。義理の兄になるアルフォンスが聞いたら、絶対にこれから姉に会うことは許されないだろうから。
「何も。じゃあ、アルによろしく。」
「あぁ、達者でなクリストファー。ちゃんと剣の稽古をするのだぞ。」
その言葉に嫌そうな顔した弟を笑って、クリスティアは馬車に乗り込んだ。
「クリス様、お気をつけて。」
そこへ声を掛けてきたのは、ジェームズである。
「父上とクリスを頼む。」
「御意。」
一番信頼における彼に心配な二人を託して、クリスは今日、生まれ育ったこの国を旅立つ。
馬車から顔を出すと家族、使用人達、騎士達らが手を振って見送ってくれた。
彼らに悠然と手を振ると、馬車はゆっくりと走り出した。
クリスとの別れを惜しむ彼らとは反対に、クリスはこれから行く魔術師の国が楽しみで仕方なかった。国に一足先に帰ったアルフォンスと共に彼の両親と兄君に会い、婚約披露宴をする予定だ。挙式は半年後。それまで忙しいが、挙式をあげれば時間があくらしいので、好きなだけ剣を振るうことが出来るだろう。好きなことをしててよいとアルフォンスは言ったので、城下に降りるのも良いな。などと安易な考えを持つクリスを乗せ、馬車は新しい二人の未来に向かって走り出したのだった。




