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たまご物語  作者: 木偶
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01・少年とたまご

 寄宿制の学校だからか朝が早い。友人と挨拶を交わし席に荷物を置いたヴィクトリアス・サーチャーは、周囲の少年たちがそわそわとしているのを見て呆れかえっていた。来るものは来るのだ、緊張してもしなくても結果は変わらないのだからいつものように自然体でいれば良いものを。



「ヴィッキーの考え方は特殊だよ。僕だって興奮してるんだから」



 だがその考えは友人であるボズ・トゥイストに苦笑しながら否定された。



「興奮ならオレもしてる。ただあれほどみっともない姿を晒すことはしないと言っている」



 ヴィクトリアスとボズが見た方向には緊張のあまり胃痛を起こしている者やテンションがおかしい者、教科書をひたすら音読する者などがいた。中には相棒の素晴らしさを大声で講演している者までいる。まだ十歳の子供がどんな説教を垂れてくれるというのだろう。



「あー……ま、ね。ああはなりたくないよね」



 紅潮していたボズの頬も普段の色を取り戻している。クラスメイトの姿を見て興奮が引いたようだ。見回せばクラス内では奇行に走っている者が大半であったが冷静な者も数人いるようで、ヴィクトリアスの視線に気づくとニッと笑んだり手を振ったりした。ヴィクトリアスも笑い返したり手を振り返したりしてそれに応える。一生に一度の神聖な儀式の前なのだ、奇行に走るまではしないものの興奮を抑えつけることに忙しいようだ。



「どんなのが来るのかな……ドラゴン、なんて夢見ても良いかなぁ」



 ドラゴンは全てのモンスターの頂点にいる種族だ。国一番の魔法使いがどれだけ頑張ってもドラゴン一匹殺すことはできないだろうし、そのドラゴンを相棒にできたなどという話を聞いたことなどない。だが自分がドラゴンを召喚する、自分こそがしてみせる、という夢は誰もが一度は持つものだ。


 騒然とした教室内のそこかしこで浮ついた声が響く中、ガランガランというベルの音が近づいてきた。時告げが授業の開始を告げに来たのだ。だんだんと大きくなるその音にクラスメイト達もやっと授業が始まると分ったようで、さきほどまでのどこか浮かれた表情がびしりと緊張一色に染まる。



「来なさい、魔法陣の準備はできています」



 時告げと一緒に来たらしい中年教師が挨拶もなく扉を開け全員を呼んだ。これから大教室に移動し、そこで順番に召喚を行うのだ。



「楽しみだね」


「ああ」



 ボズがともすれば浮かれ回る足を押さえながら踏み締めるように廊下を進む。ヴィクトリアスはボズとは逆に緊張も興奮も醒めていく心地だった。周囲が浮かれているのを見て萎えたというのが正しいかもしれない。兄弟はいなかったが親戚は多いヴィクトリアスは何度となく召喚の儀式の話を聞き、その悲喜交々の表情を見てきたのだ。実力にそぐわないモンスターが召喚されることがあることも知っている。召喚者の実力にそぐわない強力なモンスターが出てきてしまいそれが暴れ出した場合は、たいがい教師が送還するのだとか。それで召喚者がどうするかといえばもう一度召喚し直すだけなのだから……ランダムに出てくるモンスターの何を喜べと。


 だがこんなことを言っては召喚を心待ちにしていたボズが悲しむに違いない。ヴィクトリアスは友達思いの少年だった。友達以外はどうでも良いと思っているが。



「では名簿順に――」



 ヴィクトリアスはS、ボズはTだ。Aの人間から順に呼ばれ召喚して行くクラスメイトを無感動に見ながら時間が過ぎるのを待つ。一体どんなモンスターが出てくるのだろう? 変なのは流石に嫌だな、なるべく見ていて気持ちが良いモンスターが良い。――とモンスターに失礼なことを考えながら鼻息荒いボズから上半身を離したりした。



「サーチャー! ヴィクトリアス・サーチャー!」



 名前を呼ばれ立ち上がればボズが応援するように背中を叩いた、その目は輝いている。頷いてボズから離れ、教師が言うように召喚陣の前に立ち両手をかざす。



「来たれ我が半身――召喚!」



 呪文は長ければ良いというものではない。だがここまで短い呪文で済ませる生徒など初めて見た。――と、教師は後に語る。他の生徒たちは皆、大人からすれば恥ずかしくて言えないような仰々しい呪文を唱えて召喚するものなのだが。


 魔法陣が風を生み、ふわりとヴィクトリアスのローブがはためいた。突き出した手は気付けば差し出す形に変わっており、不思議に思う間もなくその両手にずっしりとした重みが来た。それは楕円形で、頻繁に鶏小屋で見かけるそれに似ていた。大きさがまるで違うが。大人からすれば小脇に抱えられるサイズだが、ヴィクトリアスの両腕ではやっと抱えられるほどだ。



「たまご……?」


「たまごだな」


「そうですね」



 つい呟けば、こくりと教師が肯定した。



「どうする、送還するか?」



 何がどうしてたまごだ、相棒になる以前の問題である。たまごがヴィクトリアスを守ってくれるか――否。たまごがヴィクトリアスと仲良くなれるか――否。たまごがヴィクトリアスの役に立つか――否。始めの数日は珍しさから眺めつ透かしつしそうだが、そのうち部屋の隅で埃を被りそうだ。



「いえ、これで良いです」



 だが別に相棒が欲しくて召喚を行ったわけではないヴィクトリアスからすればこれは好都合だった。それに召喚なんて後からいくらでもできるのだ、今急い相棒を得る必要はない。とりあえずこれを持っていさえすれば問題ない、そうヴィクトリアスは判断した。


 ヴィクトリアスがもし、たまごが少し震えたと気付いていれば――何かが変わったかもしれない。いや、変ったことだろう。だが彼は気付くことなく、そしてたまごはドクンと鼓動を打っていた。

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