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七星を廻る物語  作者: 豆柴の旅々
第六章 学園

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第百十七話 神託

 アルカディア教会自治領。


 白亜の塔。


 最上階。


 窓から差し込む朝日だけが、広い部屋を静かに照らしていた。


 部屋には、アトロポス、ヘル、ラグエル、そして教皇だけがいた。


 教皇は深く頭を垂れる。


「アトロポス様。信者は全て、広場へ集まっております。」


 アトロポスは静かに頷く。


「……うむ。」


 しばしの沈黙。


 やがて、ヘルが面倒そうに口を開いた。


「で、本当にやるのか?」


 アトロポスは窓の外を見つめたまま答える。


「ああ。」


 ヘルは肩を竦める。


「神聖国と戦えば、教会も終わりだぞ?」


「何百年もかけて、ここまで育てたんだろ?」


 アトロポスは表情一つ変えない。


「相手がこちらの企みに気付いた以上、仕方あるまい。」


「それに、教会などまた作ればよい。」


 教皇の肩が僅かに揺れる。


 アトロポスは気にも留めない。


「建物が失われようと、人が死のうと、信仰は残る。」


「信じる者がいる限り、代わりはいくらでもいる。」


「教会も、教皇もな。」


 教皇の顔が強張る。


 それでも、アトロポスは振り返ることすらなかった。


「……役目は終わった。」


 数百年。


 歴代教皇が守り続けてきた教会。


 その全てを、アトロポスは何の未練もなく切り捨てた。


 ヘルは小さく笑う。


「役目ねぇ。」


「じゃあ、俺の役目も終わりだな。」


「頼まれてた戦力は十分用意した。地下の連中も好きに使え。」


「それから。」


 ヘルが教皇へ視線を向ける。


「歴代教皇を使った“あれ”もな。」


 その言葉に、教皇の顔から血の気が引いた。


 僅かに震える唇を固く結ぶ。


 それでも、何も口にすることはなかった。


 ヘルは気にも留めず続けた。


「人間同士の争いなんざ、付き合ってられるか。」


「俺は、ロキのところにでも行くわ。」


 アトロポスは短く答える。


「ああ。」


 ヘルは踵を返した。


「また、新しい教団でも作ったら声でも掛けてくれ。」


 そう言うと、隣に立つラグエルを見る。


「行くぞ。」


 ラグエルは何も答えない。


 ただ、静かに歩き出す。


 次の瞬間、二柱の姿は音もなく消えた。


 部屋へ再び静寂が戻る。


 アトロポスはゆっくりと立ち上がった。


「……それでは、行くとしよう。」


 教皇は深く頭を垂れる。


「はっ。」


◇


 アルカディア教会自治領。


 教会本部。


 白亜の大聖堂前広場。


 雲一つない空の下、朝日を受けた大聖堂が白く輝いていた。


 その背後には、空高く白亜の塔がそびえ立っている。


 見上げれば、その最上部は遥か頭上、青空へ届くかのようだった。


 そして、大聖堂へ続く広大な石畳の広場。


 その全てを埋め尽くすように、数万人もの信者が集められていた。


 老人。


 若者。


 幼い子供の手を引く者。


 遠方から訪れた者。


 誰もが、大聖堂の前に設けられた祭壇を静かに見つめている。


 数万人もの人間がいるというのに、誰一人として私語を交わさない。


 ただ、これから告げられる言葉を待っていた。


 やがて、祭壇の奥から一人の男が姿を現した。


 教皇だった。


 純白の法衣。


 金糸で彩られた祭服が朝日に照らされ、神々しい輝きを放っている。


 教皇は祭壇の中央まで歩み出ると、ゆっくりと信者たちを見渡した。


「聞け。」


 その一言に、数万の視線が一斉に教皇へ集まった。


「今日、お前たちは千年に一度の奇跡を目にする。」


 信者たちがざわめく。


「神は、ついに我らへ御言葉を授けられた。」


 歓喜する者。


 涙を流す者。


 広場は熱気に包まれていく。


 教皇は静かに右手を掲げた。


 再び、静寂が訪れる。


「これより、神託を授かりし御方をこの場へ迎える。」


 信者たちの表情が変わる。


「頭を垂れよ。」


「決して無礼があってはならぬ。」


「この御方は、神の御意志をその身へ宿されし御方である。」


 そう告げると、教皇はゆっくりと振り返る。


 そして、祭壇の中央で深く跪いた。


 信者たちは息を呑む。


(教皇様が……。)


(跪いている……。)


 やがて、祭壇に近い者が一人、頭を垂れる。


 その隣も、また一人。


 そして、それは波のように広場の奥へ静かに広がっていった。


 やがて、広場を埋め尽くす数万の信者が、皆、頭を垂れていた。


 誰も声を発しない。


 祭壇の中央では、教皇さえも深く跪いたまま頭を垂れている。


 その時だった。


 ――コツ。


 静寂の中、一つの足音が響いた。


 ――コツ。


 ――コツ。


 ゆっくりと、一定の間隔で。


 その音だけが、石畳の上を進んでくる。


 誰も顔を上げない。


 ただ、足音だけが少しずつ近づいてくる。


 ――コツ。


 ――コツ。


 そして、教皇の前で足音が止まった。


 静寂。


 教皇は跪いたまま、さらに深く頭を垂れる。


 その前に、一人の男が静かに立っていた。

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