第97話 崩れた道の先
崩落の縁へ近づくと、足元から小石が転がり落ちていった。
通ってきた道はそこで大きく崩れている。
丘の斜面側にはわずかに地面が残っているが、荷馬車が通れるような幅ではない。
谷側へ落ちた土砂の上には倒木が重なり、その隙間を埋めるように草が広がっていた。
むき出しになった太い根には苔が付き、倒れた木の一部は土へ沈みかけている。
「……かなり崩れてるな」
ここ数年で起こったものには見えなかった。
崩落の向こう側には古い道の続きが残っているのが見える。
俺は王都歴史院で撮っておいた古い地図を開いた。
道はそのまま二つの丘の間を抜けてさらに先へと伸びている。
現在の地図からこの道が消えているのも、目の前の崩落が原因だったのかもしれない。
残っている路肩を歩きながら周囲を調べていくと、いくつかの踏み跡を見つけた。
崩れた道を避けるように斜面を回り込み、その先で再び元の道へ戻っている。
途中で見かけた足跡もここを通った人のものだったのだろうか。
俺はもう一度崩落の縁へ戻った。
古い道がどこまで残っているのかを確かめながら、崩れた下の方を見てみる。
そこには土や石が積もっていたが、一角だけ草が少ないところがあった。
そこから黒っぽいものが覗いている。
届きそうだったので、少しだけ降りて表面の泥を払ってみた。
「……縄?」
かなり太い縄だった。
半分以上が土に埋まり、一方は倒木の根元近くまで伸びている。もう一方は崩れた路面の下へ入り込み、その先までは見えない。
軽く引いてみたが、びくともしなかった。
崩落の縁には古い杭も一本残っている。
その表面は崩れ、触れば欠けそうなほど傷んでいた。それに比べると、この縄は泥に汚れていてもまだ形がはっきり残っている。
周囲を見る。
縄の少し下では、土の中から何本か木材が覗いていた。
倒木かと思ったが、泥に埋もれた一本にはまっすぐ削られた面がある。近くには割れた板なども斜めに沈んでいた。
目を凝らすと、同じような木材は一か所だけではない。
その間には見覚えのある灰色の袋も残っていた。
木の根に引っかかったものもあれば、土の中から破れた端だけが覗いているものもある。
「……これ、崩れた後に誰かが手を入れてるのか?」
縄や木材が残っている辺りまで入るように、崩落全体のスクリーンショットを一枚残した。
さっき見つけた踏み跡へ戻り、崩落を回り込んで慎重に抜ける。
そのまま進んでいくと、やがて丘に沿っていた道が下り始めた。
木々を抜けた先で景色が開く。
そこには広い畑が続き、向こう側には石積みと太い木材の外壁に囲まれた集落が広がっていた。
壁の内側には屋根が密集し、二階建ての建物も混じっていた。ここからでもかなり奥まで家並みが続いているのが分かる。
遠くの大きな川の方からは、幅の広い街道がレムナへと伸びていた。
その道を何台かの荷馬車が行き来している。
「……けっこう大きいな」
現在の地図を開く。
――《夕影の村レムナ》。
古い道はそのまま畑の間へ続いていた。
俺は道なりにレムナへ近づく。
外壁の手前で一人の男が木の柵を直していた。
頭上には《ハルド》と表示されている。
男も俺に気付いて、板を押さえながらこちらを向いた。
そのまま一度だけ俺の後ろへ目をやり、眉を上げた。
「お? お前、今そっちから来たのか?」
「はい。《ヴェスター村》の方からです」
「西道を?」
「……西道?」
俺が聞き返すと、ハルドが俺の来た丘の方を顎で示した。
「ああ。今でも歩きで通るやつはいる。俺も昔からよく使ってたよ」
初めて道の名前を知った。
「途中、かなり崩れてましたよ」
「だろ。よく抜けられる場所がわかったな」
「足の踏み跡が残っていたので……なんとか」
俺は現在の地図を開き、道を指してハルドに見せた。
「今は荷馬車だと、こっちの街道を回ってくるんですか?」
「ああ、そうだ。大きく崩れてからは荷馬車は今の街道を回るようになった。西道が普通に使えてた頃なら、ヴェスター村からだと一日近く違うこともあったぞ」
「一日……」
「川の方まで大きく回るからな。かなり遠回りになるんだよ」
二つの地図を見比べる。
西道はヴェスター村からほとんど真っすぐレムナまで伸びていた。
さっき見た崩落が頭に浮かぶ。
「じゃあ、崩れてからは荷馬車だと今の街道を使うのが普通なんですね」
「そうだ。普段はな」
「……普段は?」
ハルドは金槌を置き、丘の方を見る。
「北へ送る荷が増え始めた頃に、しばらく小型の荷馬車を西道へ通してた」
「あの場所を……ですか?」




