第77話 選んだ戦場
人混みの向こうに見覚えのある姿を見つけた。
「ロヴェルさん」
声をかけると、こちらを振り返る。
「おお、ザン君。あの日以来かな? カルダに来ていたんだね」
「はい。この数日はここを拠点にしてまして」
ついさっき共同討伐の通知が出たばかりだからだろう。ロヴェルの周囲では《Fangline》のクランメンバーたちが、クエスト一覧を見せ合いながら参加先について話していた。
まだ本格的な準備というより、どこへ行くか決めている最中らしい。
「《Fangline》もいくつかに分かれるんですか?」
「ああ。レベルも違うし、行きたい相手も違うからね。さっき通知が出てから、みんな好き勝手に決め始めたところだよ」
ロヴェルがクエスト一覧へ目を向ける。
「私は今のところレベル60帯だね。ナナさんとひよさんも攻略中心のパーティでレベル60帯に行くと思うよ」
討伐対象の中では最もレベルが高いLv60帯の《鎧蜥ドルガーレン》。
調査画像として見ることができるのは、赤砂の上を歩く巨大な四足の爬虫類らしき姿だけ。
その画像も遠目から撮られたものらしく、岩のように見える体表以外はほとんど分からない。
「ただ……熊さんだけはレベル50帯に行くみたいだ」
「え、熊坊さんって確かレベル63でしたよね」
「ああ。でも通知を見た瞬間にスイッチ入っちゃったみたいでね。《夜熊ヴァルゴン》へ行くとクランチャットで意気込んでたよ」
Lv55の《夜熊ヴァルゴン》なら熊坊さんのレベルでもまだ攻撃は通る。
それでも普通に考えれば、より上のLv60帯へ行くと思っていた。
「……熊型だからですか?」
「本人は認めていないけどね。私からすれば、あの獣化率からすると、相当な熊好きだねえ」
ロヴェルが嬉しそうに笑った。
「ザン君はもう決めたのかい?」
「いえ、まだです。普通に戦うならレベル40帯か50帯かなとは思ってました」
Lv45の《風鳥アルファ》か、Lv55の《夜熊ヴァルゴン》。
俺が普通に攻撃できる相手となると、このどちらかになるだろう。
そこでふとロヴェルの周りを見た。
この場には《Fangline》のメンバーは何人かいるが、種族も装備もばらばらだ。ビーストフォークの姿も一人しか見えない。
「ロヴェルさんは攻略側とは別なんですね」
「攻略勢の方は副マスターに任せていてね。私はこの数日《探索支援》や《護衛支援》をしていた者たちを中心に声をかけることにしたんだ」
「なるほど」
「ああ。せっかく最後にカルダへ集まるなら、自分たちが見てきたものを持ち寄ってから行こうという話になってね」
「見てきたもの……」
「カルダ周辺の《探索支援》で、みんないろいろと見つけているみたいだよ」
俺にも少し覚えがある。
この数日、カルダで受けた《探索支援》では遺跡の外壁に残された大きな擦れ傷や赤砂の下から現れた幅の広い足跡を見つけていた。
さらに、崩れた岩場では結局正体の分からない《由来不明の物体》というアイテムも拾っている。
「ザン君もほとんど《探索支援》だったんだろう?」
「はい」
「なら、私たちのパーティへ来るかい? まだ枠は空いているよ」
「え、俺が行ってもいいんですか?」
「もちろん。レベル40台の子もいるよ。ただ、レベル65のボスだ。危険はかなりあるだろう」
俺はクエスト一覧へ目を戻す。
Lv50帯なら俺も普通に攻撃できる。
でも、今回のイベントは討伐だけをしてきたわけじゃない。
俺自身、この数日は《探索支援》でカルダの周りを歩き回っていたし、《護衛支援》を中心に参加しているプレイヤーもいるだろう。
自分がどこへ行けば楽しめそうか。
視線を《鎧蜥ドルガーレン》の表示へ戻す。
この数日、カルダ周辺を歩き回って、いろんな痕跡を見てきた。
その最後に現れるLv65のMOBが、どんな相手なのか。
やっぱり気になる。
「……じゃあ、俺も行かせてください」
「ああ、わかった。それなら当日、中央広場で合流しよう」
「はい。ありがとうございます」
行き先は決まった。
《鎧蜥ドルガーレン》へ。
◇◆◇◆◇
イベント最終日。
20時を過ぎた頃には《砂門都市カルダ》の中央広場が昨日までとは比べものにならないほど混み始めていた。
中央広場はかなりの広さがあるが、今の時点でその半分くらいが埋まりかけている。
討伐先ごとに集まる場所が分けられているようだった。
盾を背負ったプレイヤーや杖を持つ回復職が、開いたパーティ一覧を確認しながら次々と広場を横切っていく。
露店の前では最後の回復薬や状態異常回復アイテムを買い足している者もいた。
「ザン君、こっちだよ」
少し離れた人が少ないところで、ロヴェルが手を上げていた。
そのタイミングでロヴェルからパーティ申請がとんできた。
〈承認〉してから近づくと、すでにメンバーは集まっていた。名前表示の左上に《Fangline》のクランマークが付いている者もいれば、クランマークのないプレイヤーもいる。
パーティ欄に表示されているレベルや職業もばらばらだった。
「これで九人。全員揃ったね」
「本当にいろんなレベルなんですね」
「言っただろう? 今回は攻略用に組んだパーティじゃないしね。皆が楽しめればいいんだよ」
そう言いながらも、盾役も回復職もいる。
ロヴェル自身も戦えるし、少なくとも戦場へ入った瞬間に何もできなくなるような編成ではなさそうだった。
「はじめまして、俺は銀ゴツネ。よろしくな、ザン君」
ビーストフォークの男性が声をかけてきた。
「よろしくお願いします」
「ザン君はこの数日どの辺りを回ってた?」
銀ゴツネが地図を開いて見せてくる。
その問いをきっかけに、集まっていた他のパーティメンバーたちがそれぞれ自分の探索の話を始めた。
「俺は北側の崩れた見張り台。やたら深い擦れ跡があった」
「私は水路の近く。何か大きいものが通ったみたいに砂が沈んでたよ」
「南は骨ばっかりだったな。小さいやつの仕業じゃなさそうなのも混ざってたけど」
同じカルダ周辺を歩いていても、見ているものはかなり違うらしい。
俺も遺跡の外壁に残された傷や、赤砂の下から見つけた足跡の話をする。誰かが「似たの見た」と言えば、別の誰かが「こっちは違った」と返してくる。
答え合わせというより、旅行から帰ってきた連中が写真を見せ合っているのに近かった。
「そういえば、これ分かった人いる?」
パーティメンバーの一人がインベントリから何かを取り出した。
暗い灰色の板のような物体。
片側が緩く湾曲し、表面には細かな凹凸がある。
見た瞬間、覚えがあった。
「それ、俺も持ってます」




