第4話 第七補給隊名簿
翌日の夜。
俺は大学とバイトを終え、飯を食べて片づけを手伝ってからCROにログインした。
灰冠竜討伐戦のインスタンスエリアは、もう閉じられていた。
ただ、《失われし丘陵》には討伐戦の跡が一部だけ反映され、通常フィールドとして更新されているらしい。
そこには昨日まであった臨時拠点も、補給所も、報酬交換所もない。
けれど、焼け焦げた草地やえぐれた丘の斜面が残っているという報告を、ログイン前に公式掲示板で見かけていた。
非公式掲示板では、灰冠竜装備の強化素材が高すぎるとか、アスレガの次の配信予定とか、そんな話ばかりだった。
俺は王都中央広場の北側へ向かった。
灰冠竜討伐戦の戦勝碑が建ったと、公式のお知らせに出ていたからだ。
広場の人だかりは一段落していた。
それでも、新しく建った大きな石碑の前には、まだ何人かのプレイヤーが残っている。
石碑の中央にはこう刻まれていた。
―――――
《灰冠竜グラウム討伐戦 戦勝記録》
―――――
その下には、ワールド・ラストアタックを取ったプレイヤー名をはじめ、貢献度上位者や上位参加クランなどの名前が刻まれている。
―――――
最速討伐戦場:第一戦場
ワールド・ラストアタック:プレイヤー名 ※※※(Astra Regalia所属)
MVP(貢献度第一位):プレイヤー名 ※※※
貢献度上位クラン:〈Astra Regalia〉――ほか
…………
……
―――――
もちろん、参加者全員の名前が刻まれているわけではない。
「やっぱりアスレガすごいな」
「ワールドLA報酬の武器、見た?」
「見た見た。エフェクト派手すぎ、めっちゃかっこいい!」
石碑の近くにいるプレイヤーたちが楽しそうに話している。
その盛り上がりは、昨日の戦場跡とはまるで違っていた。
ここには勝った側の熱がまだちゃんと残っている。
俺は石碑の下の方へ視線を落としていく。
そして、息を止めた。
石碑の一番下。
ランキング上位の文字よりずっと小さく、ほとんど飾りみたいな位置に一文が刻まれていた。
――灰冠竜討伐戦において、補給路を守った第七補給隊の名をここに記す。
ロイ。
マーロ。
エダ。
ルッツ。
ノーラ。
セイル。
「……あった」
小さな声が漏れた。
昨日、焼けた丘陵で見つけた名前が、王都の石碑に残っている。
それだけだ。
ただ、それだけ。
経験値にもならない。装備にもならない。
誰かに自慢できるような報酬でもない。
けれど、石碑の下にその名前があるだけで、昨日の戦場跡が何もなかった場所ではなくなった気がした。
隣にいたプレイヤーが首を傾げる。
「ん? 何これ。補給隊……」
「え、そんなのあった?」
「NPC名じゃね?」
「灰冠竜イベで補給隊とか出たっけ」
数人が石碑の下を覗き込んでいた。
おそらく昨日のワールドアナウンスを聞いていないのだろう。
そのうち一人がスクリーンショットを撮っていた。
俺はそこから少し離れた。
心臓が何だか変な感じに鳴っている。
俺が昨日見つけた名前が王都の石碑に残っている。
そして今、知らない誰かがその名前を見ている。
あの補給兵の声も、焦げた認識票も、灰色の風も……ちゃんとどこかに残った。
俺はメニューを開いた。
アイテム欄の奥に《灰冠戦役・第七補給隊名簿》がある。
見ると、昨日見た時よりも説明文が少しだけ変わっていた。
―――――
《灰冠戦役・第七補給隊名簿》
種別:記録
レアリティ:ワールドユニーク
効果:関連記録の接続候補を表示する。
説明:灰冠竜グラウム討伐後、撤収フェーズで発見された補給隊名簿。
戦勝の光に隠れた名を、ここに残す。
備考:王都戦勝碑に記録済み。
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「……変わってる……?」
その下に、見覚えのない欄が増えていた。
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関連記録:
《ベルカ村・古い木橋》――未発見
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「……なんだ、これ?」
ベルカ村。
CROを始めた時、俺が最初に降り立ったはじまりの村だ。
薬草の採取を教えてくれた薬師のおばあさん。
初めての短剣を作ってくれた鍛冶屋。
レベル3の頃に狼から逃げ回った森。
村の外にあった古い橋も覚えている。
灰冠竜討伐戦の後日談クエストで手に入れた名簿なのに、どうしてヒュームの初期村につながるのかは分からない。
ただ、石碑の下に第七補給隊の名前が残った今、この表示をただの偶然とは思えなかった。
広場ではまだ、アスレガの話で盛り上がっている。
ワールド・ラストアタックの武器、クランの次の配信、灰冠竜素材の相場、どの装備を優先して作るか。
どれもCROの中では大事な話で、たぶん今この広場にいるほとんどのプレイヤーにとってはそちらの方が正しい。
でも、俺のインベントリの奥では例の名簿が静かに光っていた。




