第13話 メンテ明けのベルカ村
今日はバイトがなかったため、家へ帰ったのは夕方ごろだった。
CROにログインすると、アップデート後ということもあってか、ベルカ村は昨日よりも人が多かった。
最初に広場の案内板が見えた。
昨日までは質素な板が一枚立っているだけだった場所に、矢印つきの道案内板が増えている。
初心者向けの表示としてはかなり分かりやすい。
俺がCROを始めた頃にこれがあれば、最初の数十分を迷わずに済んだかもしれない。
広場にはヒューム以外のプレイヤーもけっこういた。
ビーストフォークの猫耳女性プレイヤーが井戸の前でスクリーンショットを撮り、エルフの男女二人組が案内板を見ながら何か話している。
初期装備のヒュームが村長の家とは逆方向へ歩きかけて、すぐに案内板の矢印を見て戻ってきた。
昨日と同じ村なのにやはり変わっている。
便利になったのは間違いない。
便利になった分だけ、昔の迷いやすさは消えていく。
俺はメニューを開き、昨夜のログを確認した。
―――――
《後日談クエスト》
報告書の空白――完了
獲得経験値:7
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経験値の数字を見るたびに少し笑ってしまう。
第七補給隊の名簿を見つけた時もそうだったが、《後日談クエスト》はそもそも経験値を稼ぐためのものではないのだろう。
橋の下の荷札や折れた道しるべ、壊れかけた小屋、そして報告書の控え。
それらを辿って、マーロが荷を受け取り、前へ送り出していた場所までは行けた。
でも、続きはそこで止まってしまっている。
―――――
未開示記録:《第二中継点》
必要な条件を満たしていません。
―――――
名簿はこの先の記録を開かなかった。
――必要な条件を満たしていません。
レベルなのか職業なのか、あるいは別の記録なのか。それはまだ分からない状態だ。
だから、今日はまずベルカ村に戻ってきた。
《後日談クエスト》――報告書の空白を終えた状態で、マーサにもう一度話しかけてみる。
薬草師マーサは薬草畑へ続く道の手前にいた。
案内表示が増えたことで、初心者プレイヤーがまっすぐ彼女のところへ来られるようになっている。マーサは昨日と同じように薬草の束を木箱へ移していた。
「こんにちは、マーサさん」
俺が声をかけると、マーサが顔を上げた。
「おや。昨日の旅人さんですね」
「古い木橋の下を見てきたんです」
「そうですか……あの橋は昔からよく荷が揺れる場所でした。急ぐときほど危ない場所ですからねえ」
マーサは特に驚いたようには見えなかった。薬草束をゆっくりと紐で結びながら続ける。
「昨日たどり着いた小屋で、マーロという名前が報告書に残っているのを見つけました」
その名前を出した瞬間、マーサの手がわずかに止まった。
でも、すぐにまた薬草を結び直す。
ゆっくりとした手つきだった。
「マーロは……昔から人が困っているのを見つけるのが早い子でした」
マーサは一度見上げてから、再び薬草を束にし始めた。
「自分の分を後にしても、先に誰かの荷を持つような子でね。大人になってもそういうところは変わりませんでした」
マーサは小さくうなずいた。
「きっと、よく見ていたのでしょうね。何が残っていて、何を先へ渡せるのか。あの子はそういうことを放っておけない子でしたから」
俺は昨日見つけた報告書の控えを思い出す。
―――――
薬草束:二十箱
包帯:十五箱
水袋:二十袋
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あの橋で崩れた荷はもちろんベルカ村便のすべてではない。
報告書によれば、小屋にはそれ以外にも荷がたくさんあった。
マーロはそれを数え、足りないものを確かめ、残った分を前へ送ろうとしていたのだろう。
あの戦いで少しでも誰かを生かすために――。
「マーロは薬草のことをよく知っていたんですか」
「そうですね。この村で育った子なら、良い薬草の色くらいは自然に覚えます」
マーサは薬草畑の方へ目を向けた。
懐かしむような目だった。
「荷を送り出していた小屋の先には……まだ進めませんでした」
「……旅人さん。道はそこを歩くだけでは戻りません」
マーサは薬草束の紐を締め直してからこちらを見た。
「送る人や受け取る人、直す人。それから、覚えている人も必要です」
「覚えている人……?」
「ええ。それは人だけとは限りませんけれど」
そこでマーサは小さく笑った。
「たとえば古い木は人よりもずっと昔から、そこにありますからね」
マーサはそれ以上は話さず、薬草畑の向こうをまた眺めていた。
俺は名簿を開いてみたが、表示は変わっていなかった。
―――――
未開示記録:《第二中継点》
必要な条件を満たしていません。
―――――
やはり今の時点ではここから動かないようだ。
新しい《後日談クエスト》が出るわけでもない。
これまでのように、関連記録が増えることもなかった。
今の俺にできるのはここで考え込むことではないのだろう。
「ありがとうございました。また何かあったら話に来てもいいですか」
「ええ。いつでもどうぞ。旅人さんも足元には気をつけて」
俺はその場から離れ、広場へと戻った。
ベルカ村は昨日より賑やかだったが、村そのものが別物になったわけではない。
道案内が増え、初心者が迷いにくくなり、見た目が少し整っただけだ。
でも、その少しの変化だけで昨日までの村とは違って見えた。
それならもう一つのリニューアルがあった初期村はどうなっているのだろうか。
昨夜の掲示板で名前が出ていたエルフの初期村――シルヴェイル村の名を思い出す。
綺麗な水路と豊かな緑。
スクリーンショットだけで時間がなくなる場所と言われている村。
実のところ、俺はCROを始めて以来、ヒューム以外の初期村には行ったことがなかった。
ベルカ村で名簿が動かないなら、少し別の場所を見てもいいだろう。
こういうのは今しかできない寄り道だ。
そんなことを思っていたとき、フレンドチャットが届いた。
送り主はミナトだった。
ミナトは以前から狩りに行く時によく声をかけてくれるフレンドだ。
―――――
ミナト:狩り行くぞ
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いつもの調子で少し笑った。
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ザン:その前に、シルヴェイル村を見てくる
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すぐに返事が来る。
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ミナト:え、なんで?
ザン:リニューアル対象だったし、そもそもまだ行ったことがないから。
ミナト:お前、寄り道の理由を見つけるのだけは早いよな。まあいいけど。終わったら声かけろよ。盾出すから
―――――
ミナトらしい返事だった。
VRMMOの遊び方として見れば、今やるべきことは狩りだ。
レベルを上げ、装備を直し、次の狩場へ行く。
ミナトはいつもその現実的な線へ、俺を引っ張ってくれる良い友達だ。
でも、今はもう少しだけ寄り道をしたい気分だった。
―――――
ザン:助かる。見てきたら連絡する
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俺はチャットを閉じた。
狩りをして、レベルを上げて、装備を整える。
それもCROを遊ぶためには必要なことだ。
でも、リニューアルで少し姿を変えた村を歩き、昨日まで知らなかった場所へ向かうことも、俺にとってはこのゲームを続ける大きな理由だった。
灰冠竜の戦場から始まった記録は、ベルカ村の古い橋から壊れかけた小屋へと繋がっていた。
ただ、今はまだその先が見えない。
だからこそ、見えている場所へ行ってみよう。
たしか種族ごとの初期村へ向かう転送門は、王都の転送広場に集まっていたはずだ。
ベルカ村の転送門から王都へ移る。
その途端、王都の喧騒が一気に耳に入ってきた。
そこから、俺は行き先を選び直し、エルフの初期村である《シルヴェイル村》へ移動した。




