第1話 灰冠竜が討伐された後
灰冠竜グラウムは二日前に討伐された。
正式サービス開始から2年。
初めて確認された色付きの大型モンスター『灰冠竜グラウム』。
全ワールド連動の大規模討伐イベントは、すでに終わっていた。
参加登録者数は41万人を超えたらしい。
最終決戦フェーズでは、最大5,000人規模の戦場型インスタンスエリアがいくつも生成された。
その中で最速討伐を達成したのは第一戦場だった。
全戦場を通した最速の討伐完了判定――ワールド・ラストアタックを取ったのは、攻略組最大手クラン《Astra Regalia》――通称アスレガの精鋭アタッカーだった。
最速の討伐時間は3時間26分。
公式配信の同時接続は18万人を超え、撃破直後には掲示板が3回も落ちた。
――灰色の冠を持つ巨竜が最後の咆哮を上げ、空を割る光の中で崩れ落ちる。
その映像は、討伐から時間が経った今でも動画サイトの上位に張りついている。
ワールド・ラストアタックの瞬間だけを切り抜いた動画は何本も投稿され、攻略組の視点リプレイや考察動画まで、まだまだ増え続けていた。
ゲーム内の掲示板では、ワールド・ラストアタック報酬の性能や灰冠竜素材の製作物、最終フェーズのDPSランキング、最速討伐を指揮したアスレガのメンバーがいかに神だったかで、まだ盛り上がっていた。
そして今夜、0時を過ぎれば報酬交換期間も終わる。
俺のポイントではもう交換できる目玉報酬はない。普通なら、これ以上あの戦場へ行く意味はない。
それでも俺はログインし、灰冠竜の戦場跡へ向かっていた。
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VRMMO――《Chroma Realm Online》。通称CRO。
CROでは、5つの種族と初期職の中から一つずつ選んでキャラクターを作る。
初期職は前衛・中衛・後衛という3つの見習い職から選ぶ形式で、俺は種族の《中衛見習い》で始めた。
今は一次転職を終え、《ヒューム・スカウト》へ進んでいる。
スカウト系は短剣や弓、《探知》スキルや足跡追跡、簡単な罠解除を得意とする探索寄りの職だ。ソロで動きやすく、知らない場所を歩くのも楽しい。
ただ、火力で目立つ職ではない。
Lv50になれば二次職も見えてくるが、俺はまだレベル44であり、その手前にいる。
職業、種族、スキル、レベル、ステータス、モンスター、レイド、クラン、配信、掲示板、ランキング――。
このゲームには全てがある。
ゲーム内の俺の名前は――ザン。
本名は雨月残。
名前だけ聞くと、やたら強そうだとよく言われる。
だが、実際の俺は攻略組でも、有名配信者でも、検証勢でもなんでもない。
平日は大学の講義やバイトがある。
家では家事を手伝う日も多い。
だから大型イベントには、だいたい間に合わない。
ログインできる頃にはイベントのボスは最終フェーズに入っているか、もう倒されていることがほとんどだ。
途中参加はできても、たいていのイベントは早く入ったプレイヤーほど貢献度を稼ぎやすい。
途中から混ざってもランキングには届かず、限定素材も足りず、結局、交換所の目玉報酬には手が届かない程度のポイントしか残らない。
今回の大型イベントもそうだった。
灰冠竜グラウム討伐戦の最終フェーズには、どうにか途中参加できた。
けれど、俺が入ったインスタンスエリアは、すでに後半も後半だった。全体ゲージは残りわずかで、空には第一戦場が最速討伐を達成したというワールドアナウンスがすでに流れていた。
俺が撃った短剣スキルは、たぶん灰冠竜の翼の端に一度だけ当たった。
たったそれだけだ。
それでも、イベントへ参加したことで通常クリア報酬の一部はもらえた。
参加記念の素材も少しだけ入った。
でも、ランキングに届くわけもなかった。
当たり前だ。
俺はいつもイベントの本番ではなく、終わり際の熱だけを遠くから浴びているだけなのだから。
昔はそれが悔しかった。
みんなが「最終フェーズやばかった」「あそこで回復入れたヒーラー誰だ」「アスレガのタンク耐えすぎ」と騒いでいる横で、俺だけ後日にクリア動画や討伐動画を見て頷くことしかできない。
でも、いつからか……気持ちが少し変わっていた。
イベントが終わった後の会場が、何となく好きになっていた。
誰もいない戦場には、光を失いかけた転送門と半分だけ畳まれた補給天幕が残っている。
臨時拠点には杭だけが並び、回復薬の空瓶が補給箱のそばに転がっていた。
勝利BGMの止んだ灰色の丘陵は、報酬交換期間が終われば閉じるインスタンスエリアになる。
次のメンテナンスで通常フィールドへ戻される前の一時生成された戦場。
イベントの佳境では、いくつもの戦場で何万人ものプレイヤーが騒いでいた。
その熱の一部だった場所が急に作り物みたいに軽くなって、何事もなかったように片付けられていく。
イベントの熱が抜けた後の薄い静かな空間が、俺は好きだった。
これまでのイベントでは季節クエストや町の防衛戦くらいで、終わればすぐ通常マップに戻っていた。
イベント会場に兵士や係員が残ることも、ほとんどなかったと思う。
でも、今回のイベントは違った。
正式サービス開始から2年で初めて実施された、全ワールド連動の大型レイドイベント。
臨時拠点も、補給所も、転送門も、負傷兵の天幕も、これまでとは用意された規模が違った。
あの広いインスタンスエリアは、報酬交換が終わった後、本当に何も残さず消えるのだろうか。
このイベントはもちろん運営が用意したものだ。
灰冠竜も、第一戦場も、アスレガのワールド・ラストアタックも、すべてゲーム内に組まれた大型レイドイベントの一部だった。
でも、《Chroma Realm Online》は、ときどき変なところが細かい。
助けた町の住人がクエストに関わったプレイヤーにだけ違う挨拶をする。
守りきれなかった橋の前で、商人が別の道を選ぶ。
イベントが終わった後、酒場の噂話にほんの一行だけ知らない名前が混じる。
それが運営の用意した台詞なのか、ゲームの中で勝手につながったものなのか、俺には分からない。
ただ、分からないからこそ見てみたくなる。
たとえ作られたイベントだったとしても、終わった後の場所に残っているものまで、全部が嘘には見えなかった。
そんなことを考えながら、俺は灰冠竜の戦場跡へ向かった。
報酬のためじゃない。
攻略のためでもない。
ただ、終わった後の空気を吸いに行くだけだった。
――そのはずだった。
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