第7話 こんなことがあったよ
「ドルガスア国って、かなり音楽が盛んなんだね」
夕方。薄明竜に今日あったことを私は話し始めた。
ミディーナから聞いた話だと、この国の音楽文化価値は高く、国立ホールや貴族が作った小規模なホールまである。もちろん音楽学校もあるし、演奏者に対して貴族がパトロンまでしているくらいだ。
彼女が所属するドルガスア宮廷楽団は、学校の選りすぐりのエリートだけを集めた国立の楽団。そんな、プロ中のプロの演奏をタダで聞かせてもらったこと自体、恐れ多いのかもしれない。けれど、ミディーナは「ハルカが聞いてくれるなら、なんだって弾くよ」と笑ってくれた。
それで、せっかくだからと、ミディーナは楽団寮を案内してくれた。騎士や魔術士の人たちも、同じように寮に住み込みで生活している。ただ、団員によっては個別にパトロンがついている人もいて、貴族屋敷で生活している人もいる。
パトロンがつくと、住居支援や楽器の補助、個人練習室に演奏会まで開いてくれることもあるそうだ。ミディーナも憧れはあるみたいだけれど、住む場所はみんなと生活ができる楽団寮の方がいいと言ってた。私もせっかくできた新しい友達が、近くにいるのは嬉しい。
「それでね。寮に行ったら、すごく歓迎されてびっくりしちゃった。聖女様がこんなところに来るなんてーって」
“お飾り”だと言われていたから、権威はないと思っていた。ところが、周りは王族と変わらぬ扱いみたいで、楽団の人たちをかなり慌てさせてしまった。それからは、互いに探り合いながら話すことで、少しずつ態度を和らげていってくれた。
昼食をはさみ、彼らの演奏を聞かせてもらったり、少しだけ楽器に触れさせてもらったりと楽しい時間を過ごすことができた。
「……ほぉ」
薄明竜も外の話は新鮮なようで、興味深く聞いてくれた。
塔に戻った後、薄明竜に話しかけていいか悩んだけれど、何となく話題を共有しておきたかった。
最初、声をかけたときは無反応だったけれど「変身できないのかな」と小声で呟いたら、人型になって来てくれた。
プライドを刺激してしまったに違いない。
でも、絶世のイケメンを近くで堪能できるのは、ありがたいので素直に感謝しておいた。
「外界のことは興味なかったが……だいぶ変わったな」
三百年間、世間と断絶していたら、寝ているだけになってしまうのも無理はないはず。
この数日間、SNSに触れていないだけでも気が滅入りそうな私なんて、小さすぎる。
同じ孤独でも、全然、時の感覚が違うのだ。
「でね、不思議だったのが、私がよく聞いていたアイドルソングと曲調が似てたんだよね」
「昨日、お前が言っていた話か?」
「そうそう。ミディーナだったら、絶対、映えるだろうなぁ。身長高いし、美人だし。スポットライト浴びて、キラッキラなんだ」
想像するだけでも、うっとりする。
クラシックコンサートに行ったことはないけれど、彼女だったら頭上から降り注ぐ一本のライトだけでも、十分に輝ける。
「……繰り返し、お前がよく言ってる“ライト”というものはなんだ?」
薄明竜にツッコまれて、ふと気づく。ここでは『魔石』と呼ばれる石が動力源らしく、魔力を込めて術式を刻めば、半永久的に使用できるらしい。そのおかげで、水温の調節も可能だし、下水に流すこともできる。
その魔石が水道のモーター代わりをしているのだから、おそらく、電気という概念は存在しない。それなら、スポットライトと言われても想像がつかないに違いない。昨日、話に熱を入れすぎて説明を省いたのが悪かった。
「えーっとなんだろう、魔法、みたいなものかな。光ったり、水が飛んだり、炎も出たりするんだよ」
正確には特殊効果なんだけれど、レーザーライトの仕組みやスモークの焚き方なんて問われてもわからない。あんな風に彼らを更に輝かせるのだから、素人の私にしてみれば、魔法みたいなものだ。
昼間に聞かせてもらった楽団の演奏は、まさにそれに匹敵するものだった。曲自体が現代音楽調だからこそ、もっと手を加えてみたくなる。光を散らしたり、バルーンを浮かべたり。歌声はなくとも、心に響く輝けるものがあった。
「……魔法みたいなんだ。どうやって、あの空間を作るのか不思議だった」
「魔法を使ってみたいのか?」
「う、うん。憧れ、みたいなのもあるし」
異世界の“聖女”といったら、特別な力に目覚めたりするのだろうと思っていた。けれど、お飾りである以上は、そんな気配もなく、半ば諦めていた。薄明竜の封印が解けたのも、私の力じゃないようだし、原因もわからない。
でも――それでも、いいと思う。
拝みたくなるような規格外の美貌を持つ薄明竜と話せているだけでも、この世界に来た価値はある。
そんな薄明竜はじっと私を見つめて、何かを考えているようだ。切れ長の青い瞳に見つめられると、かなり落ち着かない。けれど、ポツリと「できそうか」と呟いた。
「ハルカ、両手を出してみろ」
「…………?」
言われた通りに差し出すと、大きな手が私の手のひらを包み込む。ガッシリと硬く、自分とは真逆すぎて指先が震えそうになる。
薄明竜は手の甲から手首、腕へと視線を這わせていく。その視線に、ますます鼓動が速まり、手汗が出そうで、思わず手を引きたくなった。けれど、彼は淡々と確認を続け、「左手の方がいいか」と右手を下ろし、左手の甲を親指で擦る。
思わず「ひっ」と小さく声をあげたのは、手に触れた以上のことだったからだ。
けれど、薄明竜は無言のまま、私の手を返したり触診を繰り返す。
今度は、薄明竜の両手が私の手をはさんだ。ドキドキする鼓動がさらに伝わってしまいそうなのに、彼は目を閉じたまま微動だにしない。長いまつげが影を作る。それだけなのに、息をするのも忘れそうだ。
手に伝わってきたのは彼の体温と、また別の熱だった。波打つような強弱があって、心臓の脈とは違う——何か大きな力が、送り込まれてくるようだった。
やがて、スッと目を開けると、薄明竜は頷いた。
「魔法を使うことに支障はなさそうだな」
その言葉に身体が震えた。
何もできないわけじゃない。
「……私、魔法が使えるの?」
「あぁ。やったことはないが、魔力回路を開けられるだろう」
――魔法が使える。
やっと『特別な力』に目覚めるようで、胸が高鳴った。
けれど彼の眼差しは、真摯なまま変わらない。
魔法を使うには、それなりの覚悟が必要だ。彼の眼差しが、静かにそう告げていた。
「回路の開け方だが……俺と契約する必要がある」
「契約……」
急に重たい言葉がのしかかり、嬉しい気持ちがしぼんでいく。何も取り柄がない人間が、そう簡単に魔法を使えるわけがなかった。
けれど、それでも使ってみたいという気持ちが勝る。それは、竜と話ができるだけじゃダメなような気がしたからだ。セルフプロデュース計画のこともある。もっとちゃんと『竜の聖女』として、出来ることを探したいし、なにより彼にふさわしくありたいと思う気持ちが、湧き上がる。
「私、薄明竜と契約する。魔法を使えるようにしてほしい」
声が震えそうになるけれど、ちゃんとハッキリと伝える。
契約の代償が何かはわからないけれど、ちゃんと背負って彼の前に立ちたかった。
こぶしをギュッと握って、足に力を入れる。
塔に響きわたった私の声に、一瞬、驚いた竜だったけれど、目を細めて私の言葉を受け取る。
やがて目を見開くと、しっかりと頷いて「契約しよう」と告げた。
2026.5
大幅修正のためいただいた感想とズレがあります。
ご了承ください。




