第6話 広がる音
晴れた空に響き渡る、清涼な調べ。
そんなヴァイオリンの音に引き寄せられて、石畳の広場の方へ向かう。
竜の塔のすぐそば、南側にあるその場所には、小さな石造りの舞台があった。半円の背を石柱が囲み、さらに低木が緑を添える。椅子を並べれば、ささやかなコンサートが開けそうな広さだ。
――そして、その舞台上で、軽やかにヴァイオリンを奏でる女性がいた。
その音色は、跳ねるように小刻みに弾み、やわらかな旋律が流れたかと思えば、すぐさまアップテンポな動きに変わる。
自然と片足がリズムを打ち出す。続いて指先が刻みだし、脳に音色を叩き込むように頭を振る。
歌詞がなくても、十分に私の体の中に溶け込んでいく。まるでカラオケの音源を聞いているようで、懐かしささえこみあげてきた。
高尚なイメージがあるヴァイオリンの音色だけど、彼女の旋律は不思議と耳馴染みがいい。
観客として、堂々と行っていいものか迷う。
一人で演奏しているところを見ると、練習中なのは明らかだ。時折、演奏が止まって、同じ個所から弾きなおしている。
周囲には隠れて聞けそうな場所もなく、こっそり聴くのも難しそうだ。
かといって、離れてしまえばせっかくの音色が霞んでしまう。
(うーん、どうしよう)
演奏の邪魔にならないといいな、そう思って、一番端の石柱の影にそっと身を寄せる。
たぶんバレてしまうかもしれないけれど、それでも好奇心には勝てなかった。
彼女の演奏は続く。
弦の艶やかな高音から歯切れのいい単音。ヴァイオリンといえば、クラシック。そう思っていたのを覆すような曲調に、ライブで聞いたバラード曲の生演奏を思い出した。オーケストラをバックに、彼らの切ない歌声が会場に響き、号泣したのを覚えている。
今、聞いているのはまさにそれだ。バラード以外にも、こんなポップな曲も合うとは、新しい発見だった。
すると、俄然、わかってくる。繰り返すメロディーとサビへと向かう高揚感。意図的な『外し』のリズム。
歌声がないのが本当に惜しい。
けれど、ずっと私を支えてくれた音楽との再会に、腕を振って飛び上がりたくなる。
今は一人だけの演奏だからちょっと物足りないけれど、これが十、二十と重なって、オーケストラになったら、どれだけすごいんだろう。
きっと、圧巻の舞台に違いない。どうして、この国の音楽を早く教えてくれなかったんだろう。そんな悔しさが胸をよぎる。
ヴァイオリンが高らかに鳴り、クライマックスを迎えると、スッと音が消えた。
彼女は、ゆっくりとヴァイオリンを下ろす。
「……そこにいるの、もしかして聖女様?」
「はっ、はひっ!」
やっぱり、バレていた。
観念して近づくと、彼女も舞台から優雅に降りてくる。
巻いた赤髪のポニーテールを整え、丁寧にお辞儀をしてから、にこりと微笑んだ。
その完璧な所作に、私もあわてて頭を下げる。
けれど、お嬢様然としたその姿に、どう対応していいかわからず、ぎこちないまま固まってしまう。
目の前に立った彼女は、スラリと背が高く、意志の強そうな瞳が輝いていた。
先ほどの演奏を反映するような、明るく陽気で芯のある雰囲気。
「ミディーナ・ベルトイアと申します。ドルガスア宮廷楽団、第二ヴァイオリンを担当しております。先ほどは、お聞き苦しい演奏を聖女様のお耳に入れてしまい、ご無礼を――」
「っ、そっ、そんなことないです!すごく、すっごく、素敵な演奏でした!」
聞き苦しいなんて、とんでもない。
細かく切り替わる音程は技術も求められるはずなのに、それを軽やかに弾きこなしつつ、情熱的な気持ちまでこもっていた。
まるで赤い花びらが舞い散る旋風のようだ。
キレのいい音と聴かせるような余韻、ソロだからこそ熱が伝わりやすい。
きっと、彼女ならアーティストと背中合わせで奏でても、引けを取らない演奏ができるだろう。
中央のスポットライトを浴びて、真っ赤なベルベットのドレスを着る。
そんな姿を想像しただけで、胸が高鳴りときめくようだ。
私と年が変わらない雰囲気なのに、こんなに堂々と演奏ができるなんて、本当にすごい。
そんなふうに思ったことをそのまま口にして、まくし立ててしまった。
(……し、しまったー!)
興奮気味に語ったあと、彼女を見れば、キョトンとした顔をしている。
けれど私の思いが伝わったのか、彼女は大輪の花のようにパッと笑顔を咲かせた。
「嬉しいっ! ありがとう! ……あっ、大変失礼しました。聖女様からこのようなお褒めのお言葉をいただけるなんて……」
「あの、そんな、かしこまらないでください! わ、私、そんなに大した人間じゃないし、聖女って言っても……名ばかりというか……。と、ともかく、もっと気さくに、話しかけてもらえたら……助かりますっ」
どこかロレッタさんよりも近しく感じられて、もう少し話してみたくなった。
クラスにいる、明るいリーダー格の女の子。だけど音楽の趣味が合う、そんな気がしたからだ。
「ですが、聖女様は王族と同列のご身分。そう気軽にお話しするのは、恐れ多く……」
やんわりと距離を置かれて、寂しくなる。せっかく、音楽をする人と巡り会えたというのに。
けれど、彼女の表情には、どこか“期待”するような眼差しが見え隠れしていた。
なにか打開策があるのかもしれない、と考えて思いつく。
「じゃ、じゃあ……聖女としてのお願いです。その……私の、話し相手になってください!」
ついで「……あわよくば、友達になってください」と付け加えた。
するとその言葉を聞いた彼女は、プルプルと身体を震わせると、小さくガッツポーズをとる。
そして言葉を噛みしめきったあと、パッと私の手を取って笑顔全開で大きく頷いた。
「聖女様のお願いなら仕方がありませんね!」
えへへっ、と嬉しそうに繋いだ手を振ってくれたから、どうやら正解だったらしい。
この“竜の聖女”という身分の価値が、いまいちよくわからないけれど、音楽をしている友達ができたのなら嬉しい。
「よろしくね、聖女様。で、さっそくだけど……お名前は?」
「佐伯晴歌です。あ、ハルカでいいよ」
「ハルカね。私はミディーナでいいよ。……あ~よかった。ようやく話しかけてくれた」
「えっ?」
その口ぶりに驚いて尋ねると、彼女は肩の力を抜いて笑いながら教えてくれた。
「実はね、うちの団でも話題だったの。最近、竜の塔の周りを女の子がうろうろしてるって。で、それが聖女様だってわかってね……独りぼっちでいるみたいだから、ちょっと心配してたんだよ」
“独りぼっちでうろうろ”という言葉が胸に刺さる。
ロレッタさんがいても、一人でいることの方が多かった分、目立っていたんだろう。
一応、門番の人たちには伝えていたし、気をつけて歩いていたつもりだったけれど――。
(やっぱり、少し無用心だったのかな)
「あ、出歩くのは全然問題ないよ。ただ……一人で寂しそうだなぁって。前の聖女様も引きこもりがちだったって聞いてたからさ。同じくらいの年の子なら、いつか話しかけようって思ってたの」
彼女の言葉に、胸がじんわりと温かくなる。
誰にも気づかれずにいると思っていたけれど、ちゃんと見てくれていた人がいた。
その優しさに、涙が出そうになる。
「……ありがとう」
私が泣き笑いになって伝えると、ミディーナはにっこり笑って、手をぎゅっと握ってくれた。
「ね、何から話そうか?」
その手のぬくもりが、心の奥までしみ込んでいくようだった。
私は、さっきの演奏のことから話し始める。
大好きな曲が、また一曲増えたような気がした。
2026.5
大幅修正のためいただいた感想とズレがあります。
ご了承ください。




