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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! 〜愛しさゆえに光の演出(ステージ)を創り出す〜  作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

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第4話 薄明竜


 

 薄明竜が住む塔は、貴賓室から遠く離れた場所にあった。

 広い城内を抜け、庭園を横切る。

 その先に、ようやく巨大な塔が姿を現した。

 灯台ほどの高さをもつ円筒形で、小さな窓がいくつも並び、風が通り抜けるように造られている。


「ハルカ様。手前に見えますのが、今後のお住まいとなる場所でございます」


「えっ!?」


 アンブローズおじいちゃんが立ち止まって、手を向ける。

 塔の横には、小さな平屋のログハウスがくっついていた。

 竜の聖女なら、傍に住むのは当然かもしれない――でも、ちょっと予想外だ。


「お住まいについては、また後ほどご案内いたしますね」


「アンブローズ、説明など不要だ。前と変わらず使われることはない……所詮、異世界の女だ」


(それって、どういうこと?)


 ウィリオット王子の苛立ったような声に、戸惑ってしまう。

 その横顔はどこか諦観するような雰囲気だった。

 

「……ウィリオット様。ハルカ様は、違うかもしれませんぞ」


 アンブローズおじいちゃんが、ちらりと私に視線を投げかける。

 意図は読めなかったけれど、頷くしかない気がして、そっと首を縦に振った。


 塔の正面にある、大きな鉄扉の前にたどり着く。

 そこには門番の騎士が二人いて、それぞれ挨拶をしてくれた。

 若くて武骨な印象もあるけれど、真面目そうな人と柔和な笑みを浮かべた男性コンビだ。


「先にお伝えしておきます。こちらの扉は、王族または聖女の許可がなければ開かぬ仕組みとなっております」


 見上げるほどの扉は重厚で、騎士たちの警備も相まって、非常に厳重な印象を受ける。


「また、くれぐれも大声を出さぬようにご注意ください。格子の向こう――すぐそこに、薄明竜がおりますので」


「何かあれば我々が命をかけてお守りします」


 騎士たちは、帯刀した剣に手をかける。

 竜がいる。その事実だけで、空気が張りつめた。

 ドルガスアの守護竜とはいえ、三百年以上前は破壊の限りを尽くしていた存在だ。

 それにまだ、私は“聖女”になってから一時間も経っていない。

 竜を鎮めるどころか、自分に何ができるのかすら分からないままだ。だからこそ、できることなら、穏便に対面したいと願ってしまう。

 不安げな私の顔を見たからだろうか、こっそりと「ご安心ください。それほど獰猛ではございません」と門番が耳打ちしてくれた。

 びっくりする私に、小さく微笑む。

 

 ウィリオット王子が鍵を差し込むと、扉が重々しい音を立てて開錠された。

 門番たちが左右からゆっくりと扉を開ける。

 先頭のアンブローズおじいちゃんに続き、ウィリオット王子とその従者……と順に中へと入っていく。


(……広い)


 塔の中は、日が差し込むおかげでほどよく明るく、空気も澄んでいた。

 直径の半分ほどを、太く長い格子が横切っている。ゆうに高さ二十メートルを超えていそうな格子は、天井付近で折れ曲がり、壁へと突き刺さっていた。その姿はまるで、巨大な鳥籠だ。


 そして、その格子の向こう側に――薄明竜がいた。


「――――ッ!」


 その美しさに、思わず息を飲む。


 薄明竜という名の通り、夜明けと夕暮れの刹那にきらめくような、白銀の輝きをまとった竜。

 光を受けて表面が銀箔のように反射し、呼吸とともに幾重にも変化する。それは、彩度の異なる万華鏡をゆっくりと回しているようだった。

 まるで最高の職人が無駄なく、力強く、そして繊細に仕上げた彫刻のようで、先に聞いていた悪評が信じられないほど、優美な姿だ。

 スポットライトを浴びていなくても、その存在自体がまぶしく神秘的に見える。


 大きさは、博物館で見たティラノサウルスとほぼ同じくらいに思えた。蛇のように長い体ではなく、頭と胴体、尻尾とが明確に分かれている。

 人をひと飲みにできそうな大顎に、鋭く伸びた銀の角。どんなものでも薙ぎ払えそうな爪。

 その巨体にふさわしく、背中にはコウモリのような大きな翼がある。


 生まれて初めて目にするはずの“ドラゴン”なのに、不思議と恐怖はなかった。

 人間とは明らかに違う、ただそこにいるだけの強さが、こんなにも美しく神々しいからこそ――心が惹きつけられる。

 ファンタジーにおける“最強の存在”を、今この目で見て感じとれることが、純粋に嬉しかった。


(そっか、嬉しいんだ)


 この高揚感の正体は何だろうと思っていたけれど、ここに立って、ようやく理解した。


 ――私は、この竜のために呼ばれたんだ。


 どう言葉にしていいかわからない不思議な感情が、じわじわと胸に広がっていく。


「薄明竜様。このたび、新たにお呼びいたしました聖女様になります」


 アンブローズおじいちゃんが一歩前に出て、竜に向かってそう紹介する。


 竜はその声に反応して、グルル……と唸り声をあげ、巨体を揺らしながら、私たちの方へと少し近づいてきた。

 空気がざわつき、動いたことで生まれた風圧に頬が痺れる。


 まさか近寄ってくるとは思わず、私以外の全員が反射的に退いた。

 私自身もたじろいだが、足は動かない。

 門番たちが慌てて庇うように前に出たが、竜はそんなことを意に介さぬ様子で、青い瞳をこちらへと向けていた。


(……聖女を、探しているのかな?)


 気が付けば、足が勝手に前へと出ていた。


「はっ、ハルカ様!?」


 アンブローズおじいちゃんの驚く声が響いた。剣の柄を握る音も連なって聞こえる。

 それでも私は、驚く門番たちの脇をすり抜けて、竜の方へ歩いた。

 値踏みされているようで、肌がピリピリする。それでも、惹かれ焦がれてしまう。


 目の前に立った瞬間、空気の密度が変わる。心臓が縮み、ギュウと締め付けるように痛い。

 理解してもらえるかわからない。けれど、口を開いて震えながらも呼びかけたかった。


「はく、薄明竜……」


 塔の中に響く、私の声。


 バチッ、と視線が交わる。胸が跳ね上がり、息を呑む。

 その瞳は、深夜の海をそのまま切り出したかのような濃紺色。

 感情を映さず、純度の高い結晶そのものが、ただ静かに私を見据える。


「……っ、さえき……佐伯、晴歌です。よろしくお願いします」


 一礼して、微笑む。


 ――――上手く笑えているだろうか?


 通じなくてもいい。ただ「敵意はない」ということだけを伝えたかった。


 竜は少し目を見開き、数秒間、じっと私を観察した。

 猛獣が値踏みして、尾が小さく揺れる。

 やがて、関心を失ったように視線をそらし、ゆっくりと奥の方へと戻っていく。

 そしてそのまま、身体を丸めて動かなくなってしまった。


 返事はない。

 

 竜の声が頭の中に響く気配もなければ、何か特別な反応も感じられない。

 けれど、その静けさの中に、何かが生まれたような気がして、私は格子に手をかけようとした――そのとき。


「お前っ!」


 ウィリオット王子の、鋭い声が飛んできた。

 驚いて振り返ってみれば、全員が強張った顔をしている。


「えっ、あの……ダメ、でしたか?」


「……そうじゃない。普通は、もっと己の身を……守るべきだ」


 彼の苦渋に満ちた顔に、私はさらに戸惑ってしまう。

 その言葉の意味が理解できない。


「ハルカ様、一度、戻りましょう」


 アンブローズおじいちゃんが、穏やかに告げる。

 先ほどは私の行動を止めようとしていたのに、今その目に宿っているのは、何かを期待するような希望があった。


 門番たちが扉に手をかけ、ウィリオット王子や従者たちも静かに退出していく。

 私も続こうとして、振り返る。あの竜の姿を目に焼き付けたかったからだ。

 誰にも興味を示さない、孤高の美しさを秘めたその存在に――確かな「強さ」を私は感じていた。

 ハルカ様?と、声をかけられたので、急いであとを追って、塔の外へ出た。


 重い扉が閉じる音が響く。

 さっきまでの高揚感が静かに薄れて、冷たい風が吹き抜ける。

 まるで、胸のなかで大きな空洞がぽっかりと生まれたようだ。


 そこへ、控えめな色合いの服を着た文官がやってくる。アンブローズおじいちゃんに伝言を渡し、一礼して去った。


「ハルカ様、陛下との謁見の時間が取れました。ご挨拶をお願いしても、よろしいでしょうか」


「えっ、あ、はい……」


 後ろ髪を引かれるようにして、私は再び塔を振り返る。

 重く冷たい扉に閉ざされた部屋にいる竜。その姿に想いを馳せるだけで、息が詰まるような苦しさを覚える。


(まだ……もう少しだけ、彼の……傍に)


 微かに、いつもとは違う鼓動がトクトクと脈を打つ。

 初めて出会った瞬間から、薄明竜という存在に、心を奪われていた。

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― 新着の感想 ―
竜がテーマの一つなのが良いですね。 自分もご多分に漏れず竜が好きなので! それと文章力がとても高いですね。 緻密な情景描写なのに、読みやすいです。
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