第4話 謁見
まず、城内に戻ったところで、休憩所として“聖女の部屋”へ案内された。
(……城にも聖女の部屋が用意されているなら、わざわざ塔に住む必要なんてないんじゃないのかな)
一瞬そんな考えが頭をよぎったけれど、竜のそばにいてこそ“聖女”という意味なのかもしれない。
私の部屋は、竜の塔へと続く扉のすぐ横にある階段を上がったところにあり、とてもわかりやすくて助かった。
案内された部屋は、先ほどの貴賓室に比べると落ち着いた内装で、クリーム色の壁紙に濃緑のカーテン。小さな暖炉がやわらかく灯っている。
お茶を楽しめるテーブルセットのほか、窓際には書斎机まで備えつけられていた。
「――――わぁっ」
思わず声が漏れたのは、部屋の奥に、お姫様が眠るような天蓋付きのベッドがあったからだ。
これはもう、テンションが上がらずにはいられない。
部屋をぐるりと見回してみると、洗面所にトイレ、小さいながらも猫足のバスタブまで完備されていた。
全体として、上質な落ち着いた“豪華なホテルルーム”といった印象だ。
(ここで、寝泊まりできたらいいのに……)
ふわふわのベッドに身を投げて、目を閉じ、また開けてみる。
けれど、景色は変わらなかった。
「……本当に、私が“聖女”なのかな」
まだどこかで夢を見ているような気がしてしまう。
けれど、五感ははっきりしているし、竜と対面したときの緊張感や、あのひんやりとした空気の感触は、まだ身体に残っていた。
けれど、竜は私の顔を見るなり、すぐに奥へ引っ込んでしまった。
胸がチクリと痛んで、私は自分の手の甲や腕、お腹のあたりを確かめてみる。
せめて紋章やアザのような、“それらしい印”でも浮かび上がっていれば……。
願ってみるけれど、どこにもそんなものはなかった。
ものは試しに、手のひらに力を込めてみる。
何か特別な力が集まってくる気配すらない。
(私だけにしかない“力”なんて……本当にあるのかな)
感じられないし、わからない。
正直に言って、現実味がなさすぎて、まだ夢のなかにいるようだった。
そんなセンチメンタルな気分に浸っていたのも束の間、控えめなノックの音が聞こえ、私は慌ててベッドから飛び起きた。
「どうぞ」と声をかけると、メイドさんたちが4人、部屋に入ってきた。
「国王陛下との謁見の時間が、予定より早まる見込みでございます。そのため、先にご支度を進めさせていただければと、参上いたしました」
挨拶をしてくれた人に続いて、色とりどりのドレスを抱えた人、小箱を持ったメイドが頭を下げる。
小箱は複数あって、おそらくアクセサリーや靴などの小物が詰まっているのだろう。
そして――――着替えは一瞬の出来事のようだった。
体型を気にする暇も与えられず、補正下着でしっかりと整えられ、ドレスを頭から被される。
化粧で顔を整えられ、髪型も軽くアレンジされて、あっという間に“謁見用”の姿が完成した。
まさに、プロの手仕事である。
用意されたドレスはとても可愛らしかった。
フレアスリーブの形で二の腕をやさしくカバーし、濃い水色の本体生地に、淡いチュールが重なる軽やかなデザイン。
立体的な小花がスカートに散りばめられていて、ふんわりと愛らしい印象を与えてくれる。
(……馬子にも衣装、かな)
そんなことを思いながら、とりあえず用意してもらったお茶を一口。
ようやく一息つくことができた。
メイドさんたちは、ドレスや小道具を整えてから「お呼びがあるまでお待ちくださいませ」と丁寧に一礼し、静かに部屋を後にした。
それからしばらくして、再び控えめなノックがあり、文官が現れて、私は謁見の間へと向かう。
けれど、謁見は思っていたよりも、あっさりと、そして短く、終わってしまった。
慣れない高いヒールを脱いで、フラットな靴に履き替える。
それから、これからの普段着になりそうなワンピースに袖を通し、ようやく深く息をついた。
ドルガスア竜王国の現国王――――コンスタンス王は、五十代ほどの男性で、重厚な雰囲気をたたえていた。
大木のようなどっしりとした安心感の中に、どこか華やかさを漂わせる、渋い大人の魅力をまとっている。
そのコンスタンス国王からは、「聖女として、竜を御することに期待している」と伝えられた。
何をどうすればいいのか、まだまったく分からないけれど、期待されている以上、応えなければと思った私は、「頑張ります」とだけ答えた。
すると国王は、少し驚いたような表情を見せたあと、「頼もしいな」と穏やかに笑った。
その笑顔を見たときは、むしろ私のほうが驚いてしまった。
――――どうやら、前の聖女は竜に怯えて決して近づこうとせず、ずっと元の世界に帰りたがっていたらしい。
コンスタンス国王は申し訳なさそうに目を細めたあと、ふと遠くを見るような表情を浮かべていた。
異なる世界から人を呼び寄せるという行為に、やはり葛藤があるのだろう。
そうして謁見は終わり、そのあとに宰相であるオークニーさんと、アンブローズおじいちゃんからの説明が始まった。
まずはオークニーさんが、聖女としての待遇について話してくれた。
1.基本的には、竜の塔での生活が原則。城内にも「聖女の部屋」はあるが、なるべく塔で過ごしてほしい。
2.食事は朝・昼・晩の三食。メイドまたは従僕が塔の部屋まで運び、衣服も同様に届けられる。
3.城内での移動は自由だが、城外への外出は禁止。
4.騎士団の詰所など、女性の立ち入りが禁じられている区域もあるため注意すること。
5.そのため、専属のメイドを一人つける。必要なことがあれば、まずはそのメイドを通じて伝えること。
以上が、聖女としての基本的な生活ルールだった。
そして、最後にとんでもない爆弾が落とされた。
「新たな聖女を召喚したことを、国内外に正式に発表する必要がございます。そのため、“お披露目式典”を予定しております」
「えっ、し、式典……ですか?」
思わず声が上ずってしまう。
国内外に発表、ということは……ものすごくたくさんの人が、私を“見にくる”ということ、なのでは。
「ご心配には及びません。式典の内容や作法などは、事前に丁寧にお教えいたしますし、基本的には聖女様には微笑んで手を振っていただくだけでも充分です」
オークニーさんは、まるで事務連絡のように、さらりとそう告げた。
(いやいやいや、無理無理! そもそも“大勢の前に立つ”って時点でアウトなんですけど!?)
いきなりハードルが高すぎる。
“頑張ります”なんて言ってしまった手前、『無理です』とは言えないし。
頭の中でぐるぐると悩み抜いた末、なんとか絞り出した言葉は――――
「……善処します」
だった。
「式典の準備はこちらでも整えてまいりますので、どうかご自身のお気持ちも、ゆっくり整えていただければ結構ですよ」
アンブローズおじいちゃんが見かねて、やさしくフォローを入れてくれる。
それでも不安は消えなかった。
けれど――時間は、止まってはくれない。
このお茶を飲み干したら、いよいよ、聖女としての本当の暮らしが始まる。
再び、“竜の塔”へ行く時が、すぐそこまで来ているのだから。