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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します!~輝くステージで世界を照らす~  作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

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第3話 変わるために


 私は、私の人生を――前の世界で生きてきた。

 アイドルライブのコンサートに行く予定もあったし、グッズの通販だって申し込み済みだ。

 大学にも通い、挨拶を交わす程度の知人もいた。家族からも、それなりに愛されていたんだ。


 突然、そんな私が消えたら……。

 母も、父も、悲しむなんて言葉では足りない。

 絶望するだろう。視界が真っ暗になるくらいに。


 でも――それは彼らも一緒だった。

 アンブローズおじいちゃんは切実に訴えて、すがるような目で私を見つめる。

 ウィリオット王子ですら“苦渋の選択”として、顔をしかめて焦燥感に駆られて落ち着かない様子だ。

 それほどまでに“竜の聖女”が必要なのだろう。

 けれどもし、「ノー」と告げたら、私は……この城を、追い出されるのだろうか。

 その疑問に対して、すぐに「それは無いのかもしれない」と感じられた。

 それは、あまりにも切々とした雰囲気が伝わってきたからだ。

 

 ゴクリと唾をのみ込んで、深く考え込む。

 何の取り柄もなく、人と話すことも苦手。

 自己アピールするなら、アイドルステージの設備に少し詳しいのと、SNSの情報収集くらいだ。

 全くもって、異世界で通用するスキルじゃない。

 

 それに“聖女”というくらいだ。もっと清らかで品があり、美しい女性が似つかわしいと思う。

 国を守護する竜のために呼ばれた人間が、単なるアイドルオタクで、なんだか申し訳なくなってきた。


「代わりに、王族と同等のご身分と待遇をご用意させていただきます。歴代の聖女様方にも、何不自由なくお過ごしいただいた実績もございますゆえ……どうか……」


 アンブローズおじいちゃんが、静かに、けれど切実な声で語りかけてくる。

 けれど、本当にそうとは思えなかった。

 いくらなんでも、見知らずの、ましてや異世界の女を祭り上げるなんて、到底、信じられない。


「不本意だが、あの竜の強大すぎる魔力は健在だ。もし契約が破られたり、制御が少しでも弱まれば、一瞬にしてこの国は終わる」


「っ、そんな!」


「だから、我々としても、お前は不可欠なんだ」


 ウィリオット王子が補足してくれたけれど、なおさら、責任が重すぎる。

 だからといって「貴女を竜の聖女として召喚しました。よろしくお願いします」と言われて「はい、わかりました」と簡単に受け入れられるはずがない。

 だって、今のところ聖女らしい力が、私自身感じられないからだ。

 

 彼らの話が正しければ、聖女としての責務を果たさないと、国が滅んでしまう。それは避けたいし、何より私の命だってかかっている。制御できなかった竜が大暴れして、ペシャンコになんかされたくない。

 けれど、なぜか腑に落ちてこないんだ。聖女の力もそうだし、待遇についてもそうだ。

 何かがこの状況を歪めている気がした。

 

 ウィリオット王子も、私のことを“不可欠”と言ったワリには、態度がおかしい。

 なぜなら、アンブローズおじいちゃんのような必死さがないんだ。

 なんていうか、頭では理解しているけれど、釈然としない。といった、雰囲気だ。

 彼は単に私のような地味な人間が気に入らないだけではない。この聖女制度そのものを、根底から憎んでいるような……そんな苛立ちが垣間見える。

 でも、国の王子が反対するわけにはいかない、そんな所作が足をゆするところからも見て取れた。


(どうすればいいんだろう……)


 こうしている間にも、時間は刻一刻と進み、止まることはない。

 とりあえず、ウィリオット王子の態度は、保留にしておこう。

 目下の課題は、それでも私が“聖女”にならなきゃいけないことだ。

 仮にもし、何か裏があったとしても、異世界の人間を勝手に呼びつけたんだ。それ相応の待遇や配慮くらいはしてほしいと思う。

 

(……やるしかない、のかな)


 それに、ほんの少しだけ、逆にこれは“チャンス”なんじゃないかと思えてきた。


 ずっと考えてきていた。

 一人でも強くしなやかに生きる女性になれたら、変われるんじゃないか、と。

 オタク友達が欲しいくせに、ネット弁慶で行動できない私。

 そんな自分が嫌いだった。

 

 でも、この世界に来た以上は、オタ活どころの話じゃない。

 全部、自分で何とかしなきゃいけないんだ。


 それが“聖女”というのなら、似つかわしい人間になれるように努力するっきゃない。

 これはセルフプロデュースだ。

 オーディションを勝ち抜いて、光り輝いてきたアイドルのように、聖女を目指してやるしかない。

 今のところ、具体的な内容が見えてこないけれど、ゆくゆくわかってくることなのだろう。

 そうじゃなきゃ、呼ばれた意味がない。

 

 こんな気持ちで、聖女の任を受け入れていいかどうかはわからない。

 けれど、拒否する権利なんて無いはずだ。呼ばれてしまった以上は、たぶん、ずっと、責任がついてまわる。

 だったら、前向きにとらえるしかない。


 アンブローズおじいちゃん、ウィリオット王子の視線が注がれる。

 それはまるで、審査員と同じだ。それぞれに抱えている想いは別だけど、私を聖女にしたいという点は同じだと思う。

 

 静まり返る空間のなか、私は胸に手を当てて、小さく頷いた。

 

「……何ができるか、わからないです。けど……力になれるなら……」


「ハルカ様!」


 アンブローズおじいちゃんが、嬉しそうに顔を輝かせて立ち上がる。

 その目は、ほんのりと潤んでいるようにも見えた。


 ウィリオット王子は、少し面食らったような顔をしていたけれど、すぐにまた、仏頂面に戻る。

 彼の眉間のシワは、一体どうすれば取れるんだろうか。

 

「それでは、ハルカ様。さっそく薄明竜のもとへ、参りましょう」


 アンブローズおじいちゃんが立ち上がり、柔らかな微笑みを向ける。


 そして、気づく。

 私が今から向かうのは、“かつて破壊の限りを尽くした竜”のもとであるという、紛れもない事実に。

 遅れてやってきた恐怖に、私は思わず口元をきつく引き結んだ。



 ふいに、遠くで低い唸り声が響いた。

 ――それはまるで、竜が名を呼ぶ者を待っているような音色だった。

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