第24話 合同練習
半年後の式典まで、ちょうど折り返しの三ヶ月目。
両団が積み上げてきた成果を一つの形にしていく時が訪れた。
式典のテーマは『色彩』。
曲ごとにまったく異なるテイストを用意し、変幻自在な音と色でドルガスア国の力量を示す――。
そんな意図を込め、極彩色の夢のような空間を創り出す狙いだ。
魔術士団と私は、それに沿って多種多様な演出ラインナップを作り上げた。
元の世界で、見て、触れて、感じてきたものを出し尽くしたと自負できるくらい、バラエティー豊かなものになっている。
もちろん、改良すべき点もあるし、技術的に出来なかったものもある。けれど、四班の知識を総動員して、形作ってきた。
「――行くぜ、四班!」
「おう!」
シルヴィオくんの号令で、魔術士たちが事前に準備していた術式を展開し、魔石装置を手際よく設置していく。
今回の目玉は、何といってもプロジェクションマッピング風の投影魔術だ。
四重奏のときよりもさらに大きな天幕を用い、特製の塗料で術式を書き込んである。
「おぉ~!」
「これは……」
楽団の面々から、感嘆の声が次々と上がる。
鮮明な映像に加え、幕を二枚、三枚と重ねて立体感を生み、その世界に引き込む構造だ。
今は見ているだけだけど、これに音楽が付いたら、まさにIMAX級の迫力で没入感は段違い。たくさんの人に体験してほしいくらいの仕上がりになっている。
「次は炎と水の演出だな」
「とうとう……解き放つときが来た……! 俺、頑張った」
「あはは、本当だよー。ハルカちゃんが『炎も入れたい』って言わなきゃ、やらなかったんだから」
「炎の演出、ロック調の曲だとテンション爆上がりなんで!」
思わず私が力説してしまったのも、過去に見たライブで、小さな火柱が音に合わせて噴き上がる光景が忘れられなかったからだ。
そのとき最前列にいた子から「ぶわっと火が出た瞬間、こっちまで熱くてびっくりするよ!」と聞き、それ以来、一度は体験してみたかった演出でもあった。
見栄えは抜群で、火力も角度も演奏の妨げにならぬよう計算済み。もちろん、安全性にも万全の態勢を取っている。
「うわっ!」
「えっ……一瞬!? これを……入れる?」
噴水も同様に、客席や会場を濡らさぬよう魔石の装置で制御して、対策済みだ。
その他にも、さらに種類を増やした光の演出や、シルヴィオくん渾身のレーザーライトなど。次々と披露されていった。
そして今度は、バトンタッチで宮廷楽団が披露してくれるターン。
魔法で演出するのは、全部で四曲だ。
プロローグ曲は、静かで切ないイントロから始まる。
次は一転して、明るく跳ねるようなポップな音。
三曲目は重厚なロックテイスト。
そして締めくくりは、穏やかに心へ響く余韻を残すメロディソング。
初めて聞いた宮廷楽団のフルオーケストラ演奏。
どの曲も見事な演奏で、魔術士団の面々も、演出の構想そっちのけで聴き惚れていた。
私自身も四重奏以上の音圧にときめいていたけれど、なぜか物足りないような気がしていた。でも、これが彼らの答えだ、と言われたら、素人の私は頷くしかない。一糸乱れぬピッチ、冴えわたる弦の音、含みのある金管。どれもが一流なんだろう。
けれど、違和感がある。
音は完璧だと思う。途中で切れたり、変な間があったりしない。さすがプロだ。
団長のダーヴィットさんも、まだ課題はあるという空気を残しつつ、概ね満足げに見える。
けれど、前の演奏会の時はもっと視線を配りあっていたような気がする。四人だから視界に入っていたのかもしれないけれど、それでも、どこか距離がある。特に木管楽器のセルジオさんたちは、妙に居心地が悪そうに見えた。
でも、大人数のオーケストラでは、息を合わせるのも容易じゃない。ちぐはぐに見える視界をかき消した。
どこか冷たく感じるのも、きっとそれだけ真剣なんだろう。
四班の皆んなが和気あいあいとしているから、余計にそう感じるのかもしれない。
(……うん、気のせいだ)
プロである以上、これから更に磨いていくし、歩調を整えていくはずだ。
ただの思い過ごしかもしれない。
*
ひと通りの演出を見せ終えると、場の熱気はまだ冷めやらぬまま、次は意見を交わすために場所を移し替えた。
「お互い成果を見せ合ったわけだが――率直に言って、どうかね?」
休憩を挟み、別室での話し合いが始まった。
出席者は、ダーヴィットさんと各パートのリーダー、それに第四班の面々。
「オレとしては……これからどう合わせていくかが難しいかなーって思った。単純に魔術を足せばいいって話じゃないし」
シルヴィオくんの意見に四班のみんなも頷いた。
今までは単純に演出だけに特化して作っていたけれど、今度はタイミングを合わせる作業になってくる。
普通の魔術は、敵に向けて放ったり、防いだり。四班に至っては、基本的に道具を作ったりするので同時並行作業という経験がない。
「うむ。我々としても、その点が課題のように思う。曲に合わせて、どのような演出にするか……ロベルト、君はすでに演奏会に参加していたな。どう考える?」
指揮者の相棒とも言える、コンサートマスターのロベルトさんは、私に一瞬だけ視線を送り、それから答える。
「私の経験では、まず曲のイメージをしっかり伝え、その上で演出を構築する。そうしてきました」
そして、はっきりと私を見て「続きは君が」と促す。
なんで私に振るんだろう、と思いつつ、全員の視線が注がれて答えないわけにはいかなかった。
あのときは必死だったので、何をどうやったのかを言葉にするのが難しかった。
記憶をたどりながら、私は口を開いた。
「えっと……四重奏の一曲目はワルツ調だったので、舞踏会の情景が真っ先に浮かびました。そのままのイメージを踏襲しました」
室内の注目が一気に私に集まる。
しゃべるだけなのに、緊張は増すばかり。背中に汗がじわりと滲む。
「三曲目は、とても疾走感のある曲で……最初は――」
言葉が少し詰まりながらも、四重奏のときの経緯を説明する。
こうして人前で話すのは、大学のゼミ以来だ。あのときは課題の原稿があったけれど、今回は自分の体験を言葉にする分より難しさを感じる。だからだろうか、楽団のなかには怪訝そうな顔を浮かべる人もいた。
頭の中で整理しても、きちんと伝わっているのか自信が持てない。
「なるほど。では、同じ形式で進めてみましょうか。シルヴィオ、君は?」
「あぁ。四重奏のときもそのやり方で上手くいったんだろ? なら、大丈夫だろ」
――な、ハルカ。
シルヴィオくんが、太陽のように笑って私を安心させてくれる。
こうして、一曲目から具体的な打ち合わせが始まった。
さすがに一日では終わらず、日を改めて二曲目、三曲目と会議を重ねる。
その度に、宮廷楽団の人たちの間には軋みをあげるような違和感があった。今にも折れそうな、楽器からの悲鳴。
けれど、このときの私は、ほとんど魔術士団に張り付き、宮廷楽団の方へは顔を出すことすらなかった。
魔法演出をすると決めた以上、私が先導する立場だったのに、『楽しい』ばかりを優先していた。
私にとっては当たり前のライブ演出が、この国では『初めて』の試みになる。
紡がれてきた旋律は、楽譜用の国庫から取り出されたものだ。それに色を加える。それが、どれほど特別なことか、わかっていなかった。
ちゃんと周りを見ていれば、何かが変わっていたのかもしれない。
でも――あのとき、どうすればよかったのだろう。
キラキラと零れ落ちる星の砂。
それが、何に見えるのかは、人によって違う。
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