第23話 魔術士団
手の甲から手首まで、契約の紋章がすっと延びていく。
蔦のような柔らかな軌跡を描き、ボタニカル調の美しい文様が浮かび上がった。
「ありがとう、シグリード」
「あぁ」
左手を見直すと、青白い光が小さく舞っている。何度見ても綺麗で、少し誇らしい気持ちになる。
シグリードとの絆を象徴するその光が、自然と力を沸き立たせてくれた。
「だが、これ以上の魔力回路の拡張は基本的に厳禁だ。仮に伸ばす場合、数ヶ月先は必要だ」
「そうなの?」
「前回と今回だけでも、魔力量が倍になった。急激な魔力の拡張は身体に負担をかける」
「全然そんな風には感じないけれど……」
痛みも体の重さもなく、至って健康だ。そんなことを言われても、いまいち実感がない。
けれど最初のころに比べたら、魔力を使用できる量は大幅に増えたことが感覚としてわかる。
明確な数値を言い表せないけれど、基準にしている野球ボール大の光球は、二十個くらいまで作れそうだ。
前に回路を拡張しすぎると死に至ると聞かされた以上は、よく考えなきゃいけない。契約の紋章が、妙に重たく感じた。
それから今後の予定も共有しておこうと、用紙を手に私はシグリードに説明を始める。
式典全体の曲決めには時間がかかるため、当面の仕事は、魔術士団と新しい演出の開発をすることになった。
ざっくりとした予定では、魔法演出は四、五曲。テーマも決まっていないため、どの楽曲でも対応できる方法を考えておく必要がある。
「団長のレリオさんが、投影用の魔法陣は更に工夫できそうだって、息を巻いてたんだよね」
大がかりなプロジェクションマッピングのようなことができそうで、今から楽しみだ。
「だから、シグリードには引き続き、お知恵を拝借したく……」
おだてるように笑いかけると、彼はしょうがないといった顔で頷いた。
「話ぐらいは聞いてやる」
ほんの一瞬だけ、声の温度がわずかに上がって、胸が跳ねる。
名前を呼ぶようになってからは、以前よりも温かな空気を彼はまとうようになっていた。
風格や威厳は変わらずあるし、惚れ惚れするような美しさは健在だ。
けれど、時折見せる不意打ちの“情”みたいな部分には、思わずうちわを振りたくなる。キラキラのモールをつけて『ウインクして!』とか『圧倒的イケメン!』とか。
(……作ったら、秒で燃やされそう)
でも、だいぶフランクに話せるようになってきたことは、嬉しかった。
「ありがとう。シグリードと話せるの楽しいから」
私が熱っぽく語れば、ツッコミ代わりにため息をつき。
逆に魔法となれば、言葉は短くともあれこれと口に出す。
この時間を、彼はどう思っているのだろう。そんな風に思いながら満面の笑みを浮かべた。
すると、彼は珍しく大きく目を開けて――青い瞳がわずかに揺れ、私を凝視したまま固まる。
少しの沈黙。
なにか変なことを言っただろうか。
彼は椅子の座り心地が急に悪くなったかのように、わずかに身じろぎした。喉に何かがつかえたような、妙に腑に落ちない素振りを見せる。やがて、彼は低く唸るような声を絞り出した。
「……奇行は、ほどほどにな」
いつになく硬い表情に少し戸惑ってしまう。話していたとき、熱を入れすぎていたのかもしれない。
もしかしたら、親しくなれたと思っていたのは、私だけだったのかも。
視線を逸らしたままの態度が、少しだけ引っかかった。
(自重しよう)
反省しつつ、アイディアノートを広げる。
でも、こうして顔を合わせてくれることが、何よりの栄養剤なのだ。
演出方法を検討した私は、足取り軽く、次の目的地である魔術士団へと向かうことにした。
*
「こんにちは」
「いらっしゃい、ハルカちゃん」
レリオさんが出迎えてくれて、魔術士団の技術棟へ入る。
魔術士団は各地の魔法学校のエリートで構成されていて、貴族は少なく、実力主義の色が濃い。
そのため、相手の足を引っ張ったりするような、トゲトゲした場所だったら嫌だな、と思っていたけれど、現実は正反対だった。
廊下の奥から薬品の甘い匂いと熱された金属の香りが漂い、魔力の唸りが壁を伝ってくる。まるで小さな街のような賑わいに、心が弾んだ。魔術士寮と隣接したこの大きな建物の中では、常に新しい魔術や道具、薬品を開発・研究が行われているのだ。
そして、到着したのは補助・魔術具を専門とする第四班の部屋。光魔法は補助魔術に分類されるため、彼らと共に研究することになっている。アレクの演奏会のときには、かなりお世話になった。
「お、ハルカじゃん!」
「シルヴィオくん。今日から、またよろしくね」
声をかけてきたのは班長のシルヴィオ・マグリーニ。驚くことに、私より年下の十七歳だ。
学術研究都市アルフヘイムの魔術学校を飛び級で卒業した、まさに“ドルガスアの神童”と呼ばれる男の子。
赤茶色の跳ねた髪に赤銅色の燃えるような瞳と意志の強そうな顔立ち。出会った当初は、口の悪いリーダー格と言った雰囲気で、苦手意識を抱いた。けれど、一緒に過ごしていく内に、忖度しない真っ直ぐな性格で研究熱心なだけなのだと、煌めく瞳が教えてくれた。
「んで、新しい演出でも考えてきたのか?」
「シルヴィオ、そこまでにして。四班の皆も集まってー」
呼びかけると、奥の机や作業台からぞろぞろと班員たちが集まってくる。
手にガラス管を持ったままの人、油まみれの手袋を外している人、紙束を抱えたまま突進してくる人。
こうして、お世話になった面々を改めて見ると自由でクセが強い気がする。
「えっ、え、ハルカたそ?」
「もしかして、否、もしかしなくともですか、団長!」
テンションが高すぎて、すでに一人は机の上に立ち上がっている。
思わず吹き出しそうになるのをこらえつつ、私はレリオさんの言葉に耳を傾けた。
「はいはい、静かに。さて……彼女のお披露目式典が正式に決まった。もちろん魔法演出付きの演奏もある。つまり――我々の出番だ」
その瞬間、班員たちは一斉に声を上げ、作業室が小さな祝祭のような熱気に包まれた。
「ひゃっはぁ! マジっすか、団長!」
「やったーっ! 研究費はどれだけ出るんですかー!?」
「いよいよ、俺の右手に宿りし炎を解き放つときが来たか!」
炎魔術具担当のフラヴィオさんが、拳を高く突き上げる。
前の演奏会で活躍できなかったぶん、今度こそと気合いが入っているらしい。
「おい、それ! この前、天井焦がしただろ!」
「それは試作段階の話だ! 今度は煙も匂いも完全カットだ!」
「匂いカットは助かるけど……前回は三日くらい焦げ臭かったからね……」
我が事のようにはしゃぐ面々を見ると、ふいに自分もライブが決まったときのことを思い出してしまう。
歌い、踊り、キラキラ輝くアイドルたちをこの目で早く見たくて、身体の奥底から騒ぎ出したくなるんだ。
(世界は違えど、オタクの魂は一緒なんだよなぁ)
この通り、第四班は熱量もクセも強い……オタク気質な人ばかりだ。そのおかげで、話が通じやすいし、何より楽しい。
演出の中二病めいたネタにも即座に理解してくれて、再現方法まで提示してくれる。
そんなことを思っていたら、横からぼそっと声がした。
「……ところで、式典当日、薄明竜は飛びますか?」
質問したのは、小柄な女性魔術士。彼女の机の上には、金属製の竜の模型が鎮座している。
一瞬、私もそれはアリかもしれない、と思ったけれど、たぶんおそらく……いや、絶対、嫌がる。
気持ちはわかるけれど、と首を横に振ったら「残念」と肩を落とされた。
けれどその数分後には「じゃあ巨大な光竜はどうですか!」と別案をぶつけてきた。
「採用」
互いに破顔して笑いあう。
実現できるかどうかはわからないけれど、この熱量は本当に頼もしい。
打ち合わせは笑いと熱弁に満ち、あっという間に時間が過ぎた。
小さな光球を試作していたら、机の上で爆ぜて煙が上がり、全員で大慌てするというハプニングもあったけれど、誰も気にする様子はない。むしろ失敗談を笑い合い、そこから次の案が生まれていく。
「じゃあ、シルヴィオ。ハルカちゃんとやっていけそうかい?」
術式は初回こそレリオさんが指揮を取ったけれど、今後はシルヴィオくんたちと共に作っていくことになる。
「おう、半年後を楽しみにしてろよな。……あ、でもその前に、レーザー光の屈折角、試させてくれよ。水晶板なら安全だし」
「え、もう試作があるの……?」
「第四班は、いつでも実験中だからな」
彼が自信たっぷりに言い、私に力強く笑いかける。
レーザー、火柱、噴水、バルーン、立体映像――考えていけば、いくらでも浮かぶ。
こうして、私の魔法演出準備は、賑やかで快調な滑り出しとなった。
その足で、ミディーナたちのいる宮廷楽団にも顔を出した。
けれど、四重奏の皆以外とは接点が少なかったせいか、どこかよそよそしい空気に戸惑ってしまう。
ほんの少し冷たい風が、胸のなかを通り抜けていった。
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