第16話 変わらない音
青白い星の粒が、静かに舞い落ちる。
薄明竜が私の左手をそっと包み込み、その大きな手から温かくも力強い魔力が流れ込んでくるのを感じた。
手の甲にじわりと、一瞬だけ火傷のような痛みが走る。
――けれど、それはすぐに引き、代わりに契約の紋章が浮かび上がった。私の手には、前よりも少しだけ大きくなった楕円と草木のような幾何学模様が絡んでいた。
「……ありがとう、薄明竜」
拡張された魔力回路を確かめるように、私は目を閉じて魔力を集中させる。
頭のなかでは、大きくなったコップに水が注ぎ込まれていくようだ。
「まさか、早々に拡張するとは、な」
彼は深くため息をついて眉間にシワを寄せる。
それでも、拒否してなかったのは、興味が二割で私の熱意に押されたのが八割といったところだ。
演奏会の打ち合わせから、三日過ぎた。
あれから、私への課題は山のように積み上がっていた。
本番までの時間は少ない。魔法演出のパターンを急ピッチで詰めなければならない。
今週は個人練習に集中し、来週からは四重奏チームと本格的に合流する予定。
彼らも各自で演奏の練習を進めつつ、時折顔を出しては、魔法に慣れる訓練をしてくれることになった。
ロベルトさんとエレナさんは、あの後も演出に対しては快く思っていない。
けれど、アレクシウス王子の鶴の一声で決まってしまったのだ。お得意の笑顔で「留学したからには新しいことを見せなきゃね」と。
実際にやるのは私なんだけど、と思いつつ、上からの命令に逆らえないのが組織というものだ。
「だが、お前がやりたいことはそれほど魔力を使うものなのか」
「最初の量だと足りないと思う。四人にそれぞれにスポットライト、って考えると四つ光球を作らなきゃいけないし、色とか変えたりすると、足りないなぁって」
実際に試してみたところ、野球ボール大の光球は最大で四個程度しかできなかった。
私というモーターに対して、電圧が低すぎるのだ。供給量は圧倒的なのに、今の回路では使える力が少なすぎる。だから、それを広げてもらうために、薄明竜に拡張を依頼することにしたのだ。
回路を拡張しすぎると最悪死に至る、という言葉を覚悟のうえで受け止め、お願いしたのは「演出したい」以外に他ならない。
それを聞いた薄明竜も「魔力回路が半身以上達した場合だけどな」と国を半壊させるほどの魔力量が備わったときだ、と意地悪く笑った。もしかしたら、試されたのかもしれない。
(そこまでの火力があったらドームを燃やしちゃうじゃん)
そんな破壊力は不要なので、当分は大丈夫そうだ。
ともかく、現状の魔力量なら、野球ボール大の光球を最大十個まで生成可能。
それより小さいサイズなら、さらに数を増やせる。
これで、足元や上からのライト、雪や雨のような演出も実現できそうだ。
あとは曲のイメージに合わせて、光の色や動きのパターンを考えなければいけない。
演奏の邪魔にならず、調和するようにしながら演出プランを練る。塔にいた間に作っていた演出ボードが、こんな形で役に立つとは思ってもみなかった。
「俺に相談することは、拡張だけなのか」
「あ、ううん。あとね、魔法の維持について聞きたくて」
わかりやすいように光球を一つ浮かべて、青、赤、黄色と、パッパッパと色を切り替える。
ここまでは順調にできるようになった。
けれど、二つ目、三つ目と同じようにすると、途端に弾けてしまう。
同時に複数の光球を動かして、それぞれの色も変えるということは想像以上に難しい作業だった。
舞台照明機材は、ボタン一つで自在に操れるもので、機械だからこそ組み合わせは無限大だ。それを私という“生身”がやるというのは、土台からして無茶がある。
なので、知恵を借りることにした。
「以前にも話したが、魔力の拡張はあくまで“量”の話だ。維持となると“質”になる。ゆえに魔術の領域になるな」
「えー……じゃあ、難しい?」
「紙とペンを貸せ」
そういって薄明竜は紙の上にサラサラと謎の文字を書き始めた。
パッと見た限り、解読できないものだったので、この国の文字ではなさそうだ。
「……こんなところか。ハルカ、これに手を乗せてやってみろ」
描かれていたのは、術式のようだった。円が二重、三重に重なり、記号がいくつも散りばめられている。
言われたとおりに手を置いて、先ほどと同じように一つから二つ、三つと光球を生み出す。
すると、不思議なことに意識しなくても光球はその形を“維持”していた。そして、試しに色をそれぞれ赤、青、黄色と三色に分けても割れることはない。
「すごい……」
さすがに、薄明竜が描いただけあって、どこか特別なものに見えた。
「これぐらいならできるが……お前がやろうとしていることは、魔術の問題だな。人間に聞け」
「どうして?」
「小賢しい知識は人間方があるからな」
面白くない、とため息をつく。
もしかしたら、塔に閉じ込められたことを差しているのかもしれない。珍しく拗ねるような雰囲気に少しだけ笑ってしまいそうになる。
そして、魔術に関しては、やはりアレクシウス王子に尋ねるべきだとわかった。彼を経由して、魔術士団に相談してみよう。
人見知りをしている場合じゃないことは、時間がないことが教えてくれる。
*
午後、ミディーナとマウロさんがいる練習室を訪ねた。ロベルトさんとエレナさんは、他の業務で忙しいらしい。宮廷楽団のメンバーは貴族出身者が多く、爵位持ちとなれば、それに伴う仕事も多いそうだ。
そして、ちょうどタイミングよく、アレクシウス王子が来てくれた。さっそく、魔術士団のことを聞いてみたらすぐに了解してくれる。
そのまま練習に少しだけ加わることになり、私の演出を確認してくれることになった。
演奏会は全部で六曲という大枠は決まっている。オープニングのファーストヴァイオリンはアレクシウス王子で、以降はロベルトさんにバトンタッチ。そして魔法で演出するのは、その内の三曲だ。
候補は絞られてはいるものの、演出との組み合わせを考えると、どれが適してるのかまでは判断できていなかった。
薄明竜お手製の術式があることで、出来ることは広がったけれど、音と光を合わせることの難しさは解消できていない。
魔法の演出になれるために、二人の演奏に合わせて光球をまとわせ揺り動かす。
けれど、それぞれのテンポや強弱に合わせると、光が微妙にズレていく。
マウロさんは音を長めに引っ張り、ミディーナはテンポ良く軽やかに弾くため、左右の光球はバラバラだ。
たった二人でも、これほど違うなんて。
(演出することって、こんなにも難しいことなんだ……)
観客側にいたときは、ただ“すごい”と思っていた。
でも今は、ほんの一歩足を踏み入れただけで、ライブを作ることの難しさに押しつぶされそうになる。
ライブドキュメンタリーで、アイドル達が苦悩しながら作り上げていく姿を何度も見てきた。
けれど、所詮、私は素人だ。彼らのように積み重ねも経験もない。気持ちだけじゃ、やっぱり追いつかない。
「あっ!」
バチン、と風船のように光が弾け飛ぶ。
その欠片の眩しさに、演奏が止まってしまった。
「ご、ごめんなさい……!」
思わず頭を下げると、二人は顔を見合わせて、小さく首を傾げた。
謝るほどではない、と言いたげだけど、やっぱり演奏の邪魔になってしまうのではないかと不安が膨れる。
ミディーナもマウロさんも、演出には賛成してくれているけれど、プロの演奏にアマチュアの演出をかけるなんて、失礼なような気がしてきた。
「……やめる?」
静寂を破ったのは、アレクシウス王子だった。
そうして、彼は穏やかに微笑みながらも「まだ引き返せるよ」と更に突きつけてくる。
それが優しさなのか、試されているのか、すぐにはわからなかった。
身体が強張り、息が止まる。
打ち合わせからまだ三日しか過ぎていない。全然なかったことにできる時間だ。
塔に戻って、薄明竜と話して、ミディーナと少し魔法で遊ぶ。そんな日々に戻ることだってできる。
「僕が君に頼んだのは、新しい世界が見えたからだ。この国をさらに輝かしいものにできる。――でもね、それ以上に君が眩しかったんだよ」
「……私が?」
日陰の存在のはずなのに、と疑うように見返せば、ミディーナもアレクシウス王子の意見に頷いていた。
「ドルガスアの民は『音楽』を深く愛していてね。だからこそ、妥協しない。そして、それは君も同じだと――僕は出会った瞬間に確信したんだよ。新しい形で、音楽を愛している子なんだ、とね。だからそこに、立場も経験も関係ないんだよ」
楽しい曲や悲しい曲。愛しさ、切なさ。
言葉にできない思いを表現してくれるのが、音楽だった。
私を支えてくれたアイドル達もまた、それを愛していたし、どれだけ苦しくても、ステージを離れることはしなかった。
契約の紋章が、あの日の覚悟を思い出させる。薄明竜にふさわしい人間になるために、やれることをやりたい。
「やります。音に、魔法を重ねてみせます」
薄明竜に、さらに力を貸してもらえるようになった。
もう、引きこもってなんかいられない。
けれど、私の光は音に馴染めないでいた。
――プロは誇り高く厳しいものだったからだ。




