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トリニティポータル  作者: 木山碧人
第八章 世界の終末
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第93話 死の世界

挿絵(By みてみん)





 『不老不死』。死なないし、老いない状態のことを指す。


 空想上の悪役や権力者が追い求めそうな定番の目的だった。


 一度手にした権力を失いたくない。財や名誉を手放したくない。


 成した功績が大きい者ほど渇望し、死ぬ間際は特に強く願うだろう。


 ――いわば、欲望の終着駅ターミナル


 欲しいものを全て手に入れた上で、最後に願うものだ。


 間違っても、未来ある少年などが最初に願うものではない。


 寿命という可能性が多く残っている段階では、優先順位は低い。


 生まれたばかりの赤ん坊が、『不老不死』になりたいとは絶対考えん。


 根源的欲求を叶え、社会的欲求を満たし、その最果てに待ち受けるものだ。


 ――ただ、世界に終末が訪れた場合はどうか。


 仮にゾンビで溢れかえっている世界になったとしよう。


 医療崩壊。公共インフラの崩壊。国家の崩壊。法律の崩壊。


 物資は枯渇し、食糧危機が訪れて、人が大勢死んでいくだろう。


 お金なんてものに価値はなくなり、芸術を愉しむ豊かさは失われる。


 社会的欲求は満たせなくなり、根源的欲求を叶えることで精一杯の世界。


 ――そこで生き続ける意味はあるのか。


 『不老不死』を得たところで、成した財や功績は無意味化する。


 評価される社会そのものがなくなり、周りの人の死を見守るだけ。


 それを幸せだと思えるのは少数だろう。恵まれた時代を知れば尚更だ。


 俺の場合も例外ではなく、今の社会がある前提で成し遂げたい夢があった。


 ――しかし、世界は終末の瀬戸際に立たされている。


「………………」


 イザナミの周囲の時間は、確かに止まっていた。


 ツバキの両目に宿された『魔眼』によるものだろう。


 天然か養殖かは知る由もないが、状況から見れば確実だ。


 性質は『呪い』か『加護』のどちらかになるが、これは前者。


 対象に直接的な悪影響を及ぼしやすい『呪い』に該当するだろう。


 ――奇しくも俺の右目と似たタイプだ。


 能力の内容は違うが、分類的には共通している。


 細分化するなら、ツバキが『強制型』で俺は『任意型』。


 『時止め』が相手の許可なく発動したところから見て間違いない。


「さてさて、動けないなら一方的にボコさせてもらうよ!!」


 マルタは黒のワンピースのスカートを揺らし、海面を蹴る。


 無防備な隙を晒しているイザナミの方へと、一直線に進んでいる。


(魔眼は強力。状況は優勢。なのになんだ、この心地の悪さは……)


 海面に浮かぶ足がすくむ。体が前に進もうとしない。


 決して闘えないわけじゃない。根拠があるわけでもない。


 今まで培われた本能と直感が、『行くな』と警戒を促していた。


(あれは……)


 その時、目についたのは、イザナミ周辺の海の異変。


 青いはずのものが赤く染まり、ジワジワと広がっている。


 見るからに正常ではなく、とある自然の現象と類似していた。


「後退しろ、マルタ!! 突っ込めば、腐るぞ!!!」


 結論に行き着いたのとほぼ同時に、俺は口を動かした。


「……っ!!!!」


 拳を振るおうとしたマルタは急停止し、後退している。


 最悪の事態は免れたようだが、放った右拳は紫色に染まる。


 刹光狙いが仇となったな。センスの攻防力がないせいで腐った。


 恐らく、この闘いの中では右拳をまともに使うことはできんだろう。


「あらあらまぁまぁ、よく気付かれましたね。理由をお聞かせ願っても?」


 時間切れか、元から効果がなかったか、イザナミの時は動き出す。


 赤く染まる海面を指先でなぞり、口に含めて、妖艶に理由を尋ねていた。


「赤潮。海水中の微生物が大量発生した場合に生じる現象として用いられるが、諸説ある。工業汚染や何らかの外部的要因によって起きる場合もあり、海の性質が変化した場合でも起こり得る。本来、海水は弱アルカリ性で生物が生きやすい環境になっているが、お前の足元に広がっているのは、その真逆だ……」


 一つ一つ、事実と知識を基にして、俺は能力の考察を積み上げる。

 

 残すのは結論。イザナミは悦に浸ったような顔を作り、答えを待ち侘びる。


「能力は『酸』。お前の周囲には海水を汚染するほどの酸化が進んでいる。放射能汚染が可愛く思えるほどの、死の世界が広がっているだろう。逸話通りだなイザナミ。この調子で、世界中を腐乱させ、黄泉の国にでもするつもりか?」


 俺は期待に応えるように、淡々と結論を述べる。


 恐らく、指摘されたくないであろう話題も添えてやった。


「…………くふっ、ふふふっ、あはははははははははっ!!!」


 すると突然、イザナミは笑いだしていた。


 お気に召したのか、それとも、機嫌を損ねたのか。


 少なくとも、彼女の感情を引き出せたのは間違いないだろう。


「何が可笑しい」


 不愉快な音色をかき消すように、俺は尋ねた。


 意味が分からないまま、笑われ続けるのは耐えがたい。


 快か不快か、どちらでもいいが、何に反応したのか知りたかった。


「ごめんなさいね。あまりにも一生懸命生きようとしているから、つい」


 イザナミは笑い涙を指で拭い、その理由を語る。


 原因が判明した。こいつに人間的感情なんてものはない。


 生きるものを見下し、いずれ訪れる死に抗う姿を馬鹿にしている。


「……嘲笑か。死に誰よりも近いお前からすれば、滑稽に見えるかもしれんな」


 それは、敬意や尊重とは対極に位置する感情。


 こいつには恐らくだが、まともな目的は存在しない。


 今のように、物見遊山で人々が苦しむ姿を見にきただけだ。


 話し合うだけ無駄であり、生ある人間とは、一生相容れない存在。


「だが、人の生への欲求を舐めるなよ、腐り神。俺が直々に引導を渡してやる!」


 俺は右目の眼帯を外し、恐れることなく言い放つ。


 『不老不死』を実現するためには、必ず乗り越えるべき障害だ。

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