第65話 取り締まり
自己像幻視体。クオリアが有する分身系の意思能力。
自分と同じ顔と能力を持つ者を二体まで生成可能となる。
燃費が良く、能力は劣化せず、本体と同じ考えを持っている。
能力を解けば、幻視体が見聞きした情報や経験を本体が吸収する。
一度生み出せさえすれば、センスは個々に依存し、維持コストは不要。
――それも、高度な操作は不要の『完全自律型』。
本体の集中力が乱されても、能力が解けることはまずない。
痛覚の共有はなく、距離に制限もなく、超長距離の運用が可能。
気絶や再起不能級の衝撃を受けて初めて、解除される可能性が出る。
――弱点らしい弱点はない。
強いて言うなら、本体が弱れば、生み出す幻視体も弱くなること。
負傷、病気、弱体系デバフが能力の精度に影響を及ぼすぐらいだった。
「これで全員の聴取は完了した。公平な立場の僕から判決を下させてもらうね」
幻視体を解き、二体分の情報を得たクオリアは話を切り出した。
砂漠地帯にいたのは、悪魔を除いて七名。実際に聴取したのは六名。
ダヴィデ、ミーナ、ソフィア、アンドレア、ラウラ。そして、修道女イブ。
一名欠けているのは、気絶中の人がいて、物理的に話を聞けなかったせいだ。
――焦点は、『意思衝突』に白教が関与したかどうか。
厳密に言うなら、白教と思わしき修道女イブが絡んでいたか。
他は目撃証言として扱い、様々な視点を踏まえ、状況を判断した。
意見に多少のバラつきはあったものの、行き着いた答えは一つだった。
「推定有罪。イブ・グノーシスを拘留し、白教立ち合いの元、異端審問を行う」
◇◇◇
悪魔クオリアが、私に下したのは『異端審問』という判決。
この場で罪が裁かれることはなく、裁判にかけられる形になる。
現行法に近い考え方で、警察が事件を捜査する過程とよく似ていた。
・事件発生。
↓
・警察の捜査開始。
↓
・任意同行または逮捕。
↓
・取調べ。
↓
・拘留。
↓
・検察官の起訴判断。←ここまで完了。
↓
・公判準備。
↓
・裁判開始。
↓
・審理。
↓
・判決。
ここまでが基本的な流れで、どの国でも近い手順になる。
それと照合するのなら、『検察官の起訴判断』まで完了してる。
後は起訴側と弁護側が証拠の準備をして、裁判開始と判決で終わり。
どちらも平等に発言権があり、中立の裁判官が罪を見定めることになる。
『異端審問』でも似たような手順が踏まれ、ここで裁かされることはないはず。
――めっちゃ真面目ですやん!
悪魔と言えば、善悪に関係なく『ヒャッハー』して殺すイメージ。
そのブランディングに損なう、公正公平な処置に少々困惑していた。
それも、『異端審問』という白教側の土俵に寄り添ってくれる懐の深さ。
――罪に対する意識が高すぎるんですけど!
予定とは違った展開に、心の叫びが漏れそうになる。
ただそれを口にするわけにも、暴れるわけにもいかない。
『異端審問』で不利に働く可能性があり、迂闊に動けなかった。
目標は『有罪』だけど、『推定』がつくせいで状況が複雑化してる。
――良くも悪くも、罪は『審問所』で判断される。
この場でどんな行動に出ようとも、意味をなさなかった。
正規の手順に則った上で、『有罪』を勝ち取らないといけない。
「はぁ……。仕方ないから、お縄につきますよっと」
私は色々と熟慮した上で、深いため息を零し、抵抗を諦める。
両手を前に突き出して、取り締まる側のクオリアに身を委ねていた。
「よろしい。賢明な判断をしてくれて、こちらとしては助かるよ」
すると彼は、簡易的な結界で手錠を生成し、私の両手にかけた。
鎖と縄の部分が紐状のセンスになっていて、リードの機能を果たす。
ひとまず一件落着。『意思衝突』の騒動は、『異端審問』に持ち越された。
――ただそれは、白教側の話。
背後にいる『当事者』たちは、剣呑な雰囲気を放つ。
停戦する理由がなくなり、すぐにでも再戦する気配を感じた。
「……あぁ、そうそう。君たちも証人として出頭してもらうからね。この場でのいざこざは、『異端審問』が終わった後にしてくれるかな? 何かするつもりなら、悪魔との全面戦争に発展するけど、それでもいいなら暴れていいよ」
それを見越して、クオリアは釘を刺していた。
最大級の脅しを添えて、本気で止めにかかっている。
彼らが素直に従うかどうかは、ハッキリ言って分からない。
そこまで関係は深くないし、知り合ったばかりの人が大半だった。
「素直に従ってやってもいいが、一つだけ条件がある」
話に応じたのは、聴取でダヴィデと名乗っていた盾男。
何様かは知らないけど、上から目線で意見を申し立てている。
優位に立つための見せかけか、優位に立てるだけの材料があるのか。
「内容次第だね。言うのはタダだ。遠慮なく言ってごらんよ」
クオリアは快く応じ、返事を心待ちにしていた。
声音と表情からスリルを楽しんでいるように見える。
――彼の判断次第では修羅場に直結する。
慎重に言葉を選ばないと、戦闘になるのは間違いない。
最悪の場合、この場の全員と種族を巻き込んだ戦争が始まる。
「……」
ごくりと息を呑んで、私は状況を見守った。
他人事じゃなく、悪い方に転がれば巻き込まれる。
生き残れる保証はなくなり、目標達成の難易度が上がる。
――全ての鍵を握るのはダヴィデ。
赤の他人とも言える男のモラルと判断に委ねられる。
胃がキリキリと痛みつつ、いつでも動けるよう臨戦態勢。
どちらに転んでもいいように待ち構えると、その時は訪れた。
「ここで気絶する男。ダンテ・アリギエーリは重要参考人だ。証人保護プログラムを適用しろ。もし、この人の身に何かがあれば、超常現象対策局『ブラックスワン』が人間界に滞在する悪魔に対し、全面戦争を仕掛けると思え」
ダヴィデが口にしたのは、組織を持ち出した全面戦争脅し返し。
予想通りか、予想外か。胸中は不明だけど、クオリアは笑っていた。




