第168話 解放に向けて
臓物庫と呼ばれる冷凍室には隠し扉が存在した。
特定のフックを引っ張ると床のハッチが開く仕組み。
古臭いように思えるけど、電力に依存せず、秘匿性は高い。
ここなら隈なく調べられる心配はないし、管理者も限定される。
居住区からも離れた位置にあるし、軍による警備体制も万全だった。
「ここが例の……」
防寒服は着ず、両手をこすり合わせるリーチェは語る。
薄っすらと体表面には銀色の光を纏い、寒さを和らげていた。
訪れた面々の大半も同様に、防寒着は着込まずセンスを纏っている。
「あぁ。本命は更に下だが、ここなら誰にも見つからない」
一方で防寒具を着込むジーナは、冷たく語る。
視線は足元のハッチに向き、発言には含みがあった。
彼の兄が都市のために監禁されていた件は、既に共有済み。
自分のためでもあったけど、悲劇を終わらせるためにここへ来た。
「ごめんだけど、ここから先は同行できない」
「軍の規則で地下施設に許可なく侵入できない決まりでね。外で待ってるよ」
下へ意識が向かう中、ターニャとオレグは難色を示す。
彼らは元々、『白龍ジーク』のことを聞かされていなかった。
知ったタイミングは同じはずだけど、軍の規則の方が大事みたい。
立場や言い分は理解できるけど、思考の柔軟さに欠ける気がしていた。
「もっともな理由ね。こんな大人数で押しかけても迷惑がかかるだけだろうし、無理強いはしない。『龍』の解放を生で見たい人だけ来たら」
とはいえ、同行を強制するほどの関係でもない。
彼らの立場を理解した上で、他の兵士にも判断を迫る。
軍の規則を破ってまで、見に来たくなるような一言を添えて。
「私は――」
「僕は同行させてもらう。処罰を受けたっていい」
アレクセイが何かを口にしかけるも、イゴールが先に答える。
狙い通りというべきか、あからさまな餌にまんまと食らいついてきた。
「理由は?」
「私情だ。歴史的な瞬間をこの目で見ておきたいと思ってね」
「軍の規則を破ってもいいの?」
「門前の攻防で人生観が変わった。死ぬ時に後悔はしたくないんでね」
「外に残る彼らが止めてきたとしたら?」
「その時はその時だ。ご意向を伺わせてもらってよろしいか? 上官殿」
意思確認も込めて質問し、イゴールは端的に理由を述べる。
そして、軍の序列が上のターニャとオレグにお伺いを立てていた。
「勝手にしたら? あんたは直属の部下じゃないし」
「見なかったことにしよう。上層部には上手いこと言っとくよ」
上官二人は黙認。規則破りに寛容な態度を示した。
残っている白軍は一人。一般兵アレクセイに視線が向く。
誰とも目を合わさず、口を閉ざし、困惑の表情を浮かべている。
しばらく沈黙の時間が続き、冷凍設備の寒さが身に堪えてきたところ。
「…………私も同行する。理由は聞いてくれるな」
眦を決したアレクセイは、至る結論を告げる。
これで、『白龍ジーク』の解放に同行するのは五名。
バグジー、ベクター、ジーナ、イゴール……アレクセイ。
余所者と覚醒都市民。絶妙なバランスで混合軍が結成された。
◇◇◇
ハッチにかけられた梯子を下り、見えたのは螺旋階段。
中央には透明な巨大円柱がそびえ立ち、底は見えてこない。
ジーナを先頭にして、同行する他五名は最下層を目指していく。
「…………」
アレクセイは、最後尾で階段を下っていた。
足取りは妙に重たく、気持ちは一向に進まない。
できることなら帰りたい。彼と居合わせたくはない。
それでも同行を決意したのは、当然ながら理由があった。
「どうした、気分でも悪いのか? 顔が真っ青だぞ?」
そこで声をかけてきたのは、イゴール曹長だった。
先ほどのやり取り以降、気にかけてくれているらしい。
直接的な面識はなかったが、面倒見がいい人なのは伝わる。
「お気遣い感謝します。中咽頭エリアでベズドナが現れて以降、ゴタゴタが続いているので、少し疲れが出たのやもしれません。……ですが、ご安心ください。これぐらいでへばるような鍛えられ方はしておりませんから」
歩幅と姿勢を整え、分列行進するように歩くペースを速める。
「そうか。無理はしてくれるなよ。万が一のことがあれば僕たちで……」
横で足並みを揃える曹長は、耳元でそっと囁いた。
余所者が暴走する可能性を考慮して、同行したらしい。
納得の理由だ。白軍としても都市民としても理解を示せる。
「ええ。余所者の好きにはさせません」
体のいい嘘をつき、階段を下り続ける。
揃った足音が響く中、鼓動は早くなる一方だった。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ東部。臓物庫地下。最下層。
螺旋階段は終わりを迎え、透明な円柱の底が見えてくる。
二つの角、四つの足、白い口髭、白い鱗に覆われている魔獣。
10メートル級の生物がいて、瞳を閉じ、静かな眠りについていた。
「これが『白龍ジーク』……。彼がいたおかげで覚醒都市は……」
リーチェは感想を口にして、透明な壁に手を触れる。
彼が犠牲になったおかげで『電力』と『水』が賄われる。
『白龍』の存在なくして、都市はここまで発展しなかったはず。
それを今日ここで終わらせる。歪んだ仕組みそのものを作り変える。
自然と手には力が入り、これからやることの重大さが今になって分かる。
見る前は他人事のように思えたけど、今はどうしても無関係に思えなかった。
「同情はいい。さっさとやってくれ」
湿っぽい空気が流れる中、ジーナは急かすように言った。
戻せるなら、一秒でも早く。その気持ちは痛いほどよく分かる。
「ええ。それもそうね」
リーチェは懐から黒縁の眼鏡を取り出し、両目に添える。
準備は万端で、能力を発動できる条件は全て満たされていた。
「――――」
そこに響いたのは、一発の銃声だった。
空気が一気に凍り付き、目線は一点に集まる。
凶行に及んだのは、小銃を上空に向けるアレクセイ。
「全員、両手を上げて腹ばいになれ。『白龍』を殺されたくなかったらな」
理由を明かされることはなく、低俗な脅し文句が告げられた。




