第107話 敬意ある闘い
停電開始より45分経過。覚醒都市バイカルヴェイ北部。変電所付近。
そこでは、電力を『壊す側』と『直す側』の戦いが繰り広げられていた。
「「――――!!!」」
空中で閃光を迸らせるのは、広島と魔獣化したジーノ。
約40分。戦闘を続けているが、それでも決着がつかずにいた。
「……お主の実力に敬意を表する。よければ、名を聞かせてもらえぬか」
地面に着地した麒麟は、最大級の評価を下す。
行われていたのは、体術を主とした純粋な肉弾戦。
互いの得意とする土俵であり、特殊能力の要素は薄い。
意思の力は身体能力の向上に限定し、ひたすらに殴り合う。
――結果、勝負はつかず。
両者が向き合っていたのは、己の肉体の限界。
それを言葉に出さずとも理解し、高め合っていた。
その志。その性格。その在り方。その立ち居振る舞い。
それらを総合して、ジーノの内に宿る魔獣の琴線に触れる。
最終的に一人の人間として興味を持たれ、名を尋ねるに至った。
「はぁ、はぁ……ふぅ……。うちは、毛利広島。大日本帝国の隠密部隊『滅葬志士』における棟梁。帝国の四十七ある都道府県の内の一つ、『広島県』を守護し、裏社会の頭を張らせてもらっとるもんじゃ。あんたの名は?」
切らした息を整え、広島は快く会話に応じる。
彼女もまた、敵に対して興味を抱き、心を開いた。
似通った感情ではあったが、麒麟とはベクトルが違う。
――成長への感謝。
頭打ち状態だった実力に、更に磨きがかかった。
想定よりも高いハードルが負荷を与え、変化を促した。
それは前提として、麒麟が強者だったからこそ得られた成果。
運と時機の要素が強く、出会いが早すぎても遅すぎても駄目だった。
――ただ広島は、感謝を表に出さない。
敵同士であることは変わらず、立場を弁える。
感謝を伝え合うことで、牙が抜けるのを恐れていた。
今までの戦闘の冒涜であり、これからの成長も阻害される。
黙るのが正しく、決着をつけるには不要なものだと判断していた。
「儂が宿る肉体の名はジーノ・ロマノフ。儂個人の名はボルド・ガンボルド。覚醒都市における初等教育課程のエリート組、『白金の道』に属し、元々は魔獣『麒麟』に適合したモンゴル出身の拳闘士。その実力を認め、本気で相手してやろう」
麒麟は名乗りを上げると、白いセンスが膨大に溢れ出す。
それらを頭部と両脚に纏い、凝縮させ、返事を待たずに言った。
「戦闘武踊――山羊の戯れ」
ボルドにおける必殺。生前における彼固有の技。
突進と共に、側頭部からは新たに二本の角が生える。
額の角も合わせれば、計三本の突起物を用い、猛進する。
いかな肉体系の広島であろうとも、防御を貫くレベルの一撃。
魔獣化の並外れた脚力から繰り出されており、回避するのは困難。
『変圧器』での攻防が入れ替わり、今度は広島の方が防御に回っていた。
「超原子拳!!!!」
相対する彼女は、得意の必殺。渾身の右拳で応じる。
単純な破壊力だけを追い求めた、なんの捻りもない能力。
しかし、シンプルであるがゆえに強力。系統との相性もいい。
振るうほどに精度が増す『熟練度』とも噛み合って、威力は増大。
ただの右ストレートでは片づけられないほどの、爆発力を秘めていた。
「正面突破とは、安直な――」
恐れることなく、麒麟は前へと進み続けていた。
周囲には守るべき変電用の施設はなく、道路が広がる。
機材運搬用に広げられた土地であり、居住区からは遠く離れる。
――その条件が、広島の心理的制限を外す。
「……………らぁぁぁああああッッ!!!!!」
三本の角が目前に迫る中、広島は右拳を地面に叩きつける。
数十メートルクラスの大穴が瞬時に形成され、足場が消え失せる。
「っっ!!!?」
地面がある前提で攻撃を試みた麒麟は、失速。
軌道修正は間に合わず、意図せぬ空中戦へと移行。
この展開を予想していた広島が、一足早く動き出した。
簡易結界で足場を作り、麒麟の懐に潜り込む形で言い放つ。
「……超原子二連拳!!!!!」
突き出すように放たれたのは、両の拳だった。
空手における両拳を前に打つ『双手突き』に近い。
だが、厳密には異なり、般若無道流は殺意が高かった。
胸と胴。それを抉るように打ち出し、拳には回転が加わる。
人体構造上の弱点が揃う正中線。それに沿うよう縦に拳が揃う。
合理的な殺意の拳であり、もたらされる効果は他にも存在していた。
――言霊のバフ。
超原子拳からの正当な派生形。二連撃目の必殺。
言葉と技の結びつきが更に強固となり、威力は増大。
『拳』『流派』『弱点』『連想』『肉体系』『熟練度』。
毛利広島を構成する要素と全てが噛み合い、連なりを見せる。
それは、点ではなく線。培われた経験とセンスが真価を発揮する。
「――――か、はっ!!!!」
超徹甲拳を阻んだ鱗の防御力、それを遥かに凌駕する一撃。
土壇場で編み出した連続技だったが、広島は奥義と確信していた。
「そのまま二度とこんでくれたら嬉しいんじゃけどのぉ」
そして、上空に吹き飛んだ強者に向け、彼女は誇らしげに告げていた。




